清水エスパルスユース監督に就任した市川大祐は、最初のトレーニングで小さな違和感を覚えた。縄跳び、プロテインシェーカー、練習後のボールの数――。それは一見些細な準備の問題に過ぎない。しかし彼にとっては、「勝負強さ」の本質を映し出す光景だった。
最年少で日本代表に選出された彼にとっての「勝負強さ」とは、試合の一瞬で発揮されるものではなく、その一瞬を迎えるまでに積み上げた準備の総体だ。
後編では、ユース監督としての現在を掘り下げる。練習初日から感じたユースの選手に足りないもの、彼らに伝えたい「点はいつか線になる」という自身の体験談、そしてオーバートレーニング症候群に陥ったからこそ一番大事にしたい教訓。語られる言葉の端々からは、日本代表を経験した17歳が打った“点”が、45歳となったいま確かな“線”へとつながっていることが浮かび上がる。
勝負強さの根本は予測や準備、そして毎日の積み重ね
――監督としてのデビューはいかがでしたか?
「初日から色々とありました……」
――色々、という割には優しい顔ですからトラブルや事故ではなかったのですね。選手は何人でしょう?
「高1から高3まで41人です」
――監督デビューの日を教えてください。
「コーチによってもその日の練習メニューによっても、やるかやらないかの違いもちろんありますが、エスパルスでは練習の最初に縄跳びをします。たとえ縄跳びの練習がなくても……」
――準備していなくてはいけない。でも用意がなかったんですね。
「持っているだけではなくて、すぐに跳べるように縄跳びをちゃんとほどいておくか、きちんと束ねておくとか。練習の前にそういう準備をしておいてほしかったんです。どのクラブでも練習後のケアは大切にしていると思いますし、エスパルスユースでも練習後に必ずプロテインを補給します。プロテインはクラブの管理ですが、シェーカーは個人のもの。それも全員がちゃんと用意していたわけではなかったり、練習後のボールの数をカウントすると練習前と合わなかったり……」

――今、突如思い出しました。市川監督が日本代表の練習の最後に、いつもボールをネットに入れながら数えていた姿を遠くから見ていました。当時のキットマネジャーを手伝っていましたね。
「ハハハ、懐かしい。一番年下でしたから。でも上の皆さんもボールを最後にしまうってとても大事にしていらっしゃいましたね。年下だからやっといて!とは言われませんでした。練習を終えて明日への準備でもあるし、貴重品の管理でもあります。当時の用具担当の方々の真剣な姿に、ここにも大きな責任があるんだと教わりました」
――選手たちには何を伝えたのでしょう?
「選手のやる気やサッカーへの思いはとても強く伝わってきています。ただ、ピッチでボールを蹴る前にも予測や準備が必要なんだと理解してもらいたかった」
――レベルが上に行くほど、選手って準備マニアになるというか……万が一への予測や対応に凡人はそこまでやるか!?とあ然とします。
……
Profile
増島 みどり
1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年独立しスポーツライターに。98年フランスW杯日本代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞。「GK論」(講談社)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作多数。フランス大会から20年の18年、「6月の軌跡」の39人へのインタビューを再度行い「日本代表を生きる」(文芸春秋)を書いた。1988年ソウル大会から夏冬の五輪、W杯など数十カ国で取材を経験する。法政大スポーツ健康学部客員講師、スポーツコンプライアンス教育振興機構副代表も務める。Jリーグ30年の2023年6月、「キャプテン」を出版した。
