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カタールW杯の再現以上!森保ジャパンがブラジル戦大逆転&初勝利で示した成熟とは

2025.10.16

通算対戦成績が2分11敗のブラジル代表に2点を許した前半から一転、後半に3点を叩き込む大逆転劇で史上初勝利を収めた日本代表。「カタールW杯の再現」とも呼ばれているが、それだけではない成熟ぶりを『森保JAPAN戦術レポート 大国撃破へのシナリオとベスト8の壁に挑んだ記録』の著者、らいかーると氏と読み取ってみよう。

 3年ぶりの対戦が実現した日本対ブラジルは、もはや儀式感すら漂うキックオフから始まった。アウェイチームがGKウーゴ・ソウザまでパスを下げてロングボールで狙ったエリアは、右ウイングバックの堂安律が守るサイド。多少のスカウティングを匂わせる一方で、中村敬斗がウイングバックを務める左も空中戦に強いわけではないはずだが、以降のブラジルはあまり蹴ってこなかったため、その優先順位は謎に包まれたままとなった。

 自陣でのスローインから、CFの上田綺世がアンカーのカゼミロを背負って前進の起点となったポストプレーをきっかけに、さっそく敵陣へ攻め込む日本。過去13戦で未勝利の相手にも通用するのではないかという期待感が膨らんだが、そんなホームチームを包む一気呵成の雰囲気を断ち切るためにファウルをもらう、右ウイングのルイス・エンリケはサッカーをわかっている。再開するとブラジルがボールを保持し始め、日本がミドルプレッシングで構えるという構図がピッチに浮かび上がっていった。

ビニシウスとマルティネッリが入れ替わった理由

 最近の日本は撤退守備で守り切れる可能性を高めながらも、相手に襲いかかるハイプレッシングのほうが選手も活き活きしているように見えるくらい、ミドルプレッシングで危なっかしさが顔をのぞかせている。それをブラジル相手に試すということは、北中米W杯に向けた予行演習の色合いが強いのかもしれない。

 ブラジルのボール保持の配置は[4-1-2-3]。L.エンリケとガブリエル・マルティネッリの両ウイングがタッチラインを踏むくらいに横幅を確保していた。パウロ・エンリケとカルロス・アウグストのSBも同じレーンにいることが多く、少しばかりのノスタルジーを感じさせている。

 日本のプレッシングの配置は敵陣では[5-2-3]、自陣では[5-4-1]となる。パラグアイ戦と比較すると、シャドーの久保建英と南野拓実はサイドハーフのような守備意識をより強く持っていた。相手のファブリシオ・ブルーノとルーカス・ベラウドのCB同士のパス交換に上田が反応するシーンもあったが、主にカゼミロを背中で消す役割であった可能性が高い。

 ブラジルの初手は、ブルーノ・ギマランイスとルーカス・パケタのインサイドハーフを相手のブロックの内側と外側へ移動させながら、CFビニシウス・ジュニオールをダブルボランチの佐野海舟と鎌田大地の間に降ろす形。中央でボールを出し入れすることで日本の意識を内側に寄せてから、ベラウドのサイドチェンジで1対1を仕掛けていくL.エンリケが序盤の主役となった。

 ギマランイスが降りていけば鎌田が、パケタが降りていけば佐野がマンマークのようについていく約束事になっているのだろう。逆に彼らがライン間や最終ラインに顔を出してきたら、CBの渡辺剛や鈴木淳之介にマークを受け渡すように整理していた日本は、ブラジルのボール保持が不安定になればハイプレッシングに移行、自陣でボールを奪えばカウンターという狙いを見せる。その流れで相手のビルドアップ隊はすでに怪しい雰囲気を見せていたが前半はその弱みにつけこまず、むしろ日本が速攻で失ったボールをモノにしていくブラジルの切り替えの早さに四苦八苦の展開を強いられる。

 5分頃にはビニシウスが得意の左サイドに登場。マルティネッリが中央に颯爽と移動して誰かが空けたエリアには他の誰かが移動するルールに、ブラジルは淡々と従っていた。なお、マルティネッリのほうが裏へ飛び出す意識が強く、個性と移動の相性を試しているかのようでもある。パケタ、ギマランイス、ビニシウスで中央3レーンを共有するというよりは、マルティネッリ、ビニシウス、パケタで左大外レーンから中央レーンまでを共有するニュアンスとなっていったが、日本のように人への意識が強い守備に対して人の入れ替わりで勝負する対抗策は定跡でもある。

 時間の経過とともに、ブラジルのまったりとしたボールを保持に嫌気がさしてくる日本。前からプレッシングに行きたい雰囲気がプレーに表れてくるようになると、久保がベウルドにプレッシングをかけるが、その背後で空くアウグストにボールを届けるブラジルは正しかった。以降の日本は相手のゴールキック以外では、ハイプレッシングへの移行を選択しなくなっていく。

 ブラジルは左サイドのほうが選手の移動が活発に行われていた。アウグストが高い位置を取り、マルティネッリが内側に入ると、渡辺は解放されたパケタを守備の基準点とすることができなくなる仕組みに苦労。攻守の切り替えこそ早いブラジルだが、プレッシングではミドルで構えるというよりも自陣への撤退を選ぶ場面が多く、逆にボール保持時で余裕ができた日本が堂安から南野へのパスで一気にゴールへ迫ったシーンは、まさに練習通りだったのではないだろうか。

 17分過ぎから、ビニシウスが完全に左サイドを持ち場とするようになり、代わりにマルティネッリが中央へ居座るようになる。後者のほうが裏抜けの意識が強く回数も多いため、厄介なポジション交換となっているが、日本も21分に久保、堂安が立て続けにクロスを入れ、1分後には再び堂安のドリブル突破から繰り出したボールの軌道を、ニアの南野が変えてファーの上田が触っていく最初の決定機を迎えている。ブラジルの守備は枚数はそろっているけれど、ボールホルダーへの圧が少し足りていなかった。日本がハーフタイムに望みを残せた理由は、そんな相手の振る舞いにもあったのかもしれない。

ブラジルの現代風ポジションチェンジを支えたのは…

 24分にはとうとうP.エンリケが内側に現れる。ブラジルの右サイドはL.エンリケが大外を好んでいるようで、SBが出番を得るには中に入るしか選択肢がなかった。ただし、そこにはギマランイスがいる。彼が持ち場を離れたタイミングでP.エンリケが飛び込み始めることで、ゴールへの伏線を作っていった。そして彼らはそれを2分後に回収する。トランジションの末にボールを奪ったブラジルは、撤退完了でマークをそろえて迎え撃った日本のブロック外で2人組のパス交換から縦へのパスラインを作り、3人目のP.エンリケが一気に抜け出して先制点をこじ開けた。

……

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ブラジル代表戦術日本代表

Profile

らいかーると

昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』 (小学館)。

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