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エキティケ、ギェケレシュ、そしてシェシュコ。プレミアリーグで長身FWが再評価される3つの理由

2025.08.18

今夏のプレミアリーグの移籍市場の動きで目立っていたのは、ビッグクラブに次々と長身FWが加入していることだ。リバプールはウーゴ・エキティケ(190cm)、アーセナルはビクトル・ギェケレシュ(187cm)、マンチェスター・ユナイテッドはベンヤミン・シェシュコ(194cm)を獲得。マンチェスター・シティのアーリング・ホーランド(194cm)やニューカッスルのアレクサンデル・イサク(192cm)を加えれば、上位チームの大半に190cm近いFWが揃うことになる。果たして、プレミアリーグで長身FWが再評価される理由は何なのだろうか?――山口遼氏に考察してもらった。

 8月も中旬に差しかかり、続々と欧州の各国リーグが開幕している。プレミアリーグも15日に開幕したが、今夏の移籍市場はかなり活発だった印象がある。各ビッグクラブが相応の人数の入れ替えを行った、それも若手の放出だけでなくビッグネームが数多く動いた夏であり、またここからマーケットが閉まるまでに決まってくる移籍もあるだろう。

 中でも目を引くのが、各チームが9番のポジションを立て続けに獲得していることだ。アーリング・ホーランドという世界最高クラスのストライカーをすでに擁しているマンチェスター・シティを除けば、アーセナルがビクトル・ギェケレシュ、リバプールがウーゴ・エキティケ、チェルシーがジョアン・ペドロ、マンチェスター・ユナイテッドがベンヤミン・シェシュコと、ビッグ6の多くのチームが新たな9番を迎え入れている。

 特徴的なのは、ジョアン・ペドロを除けば全員がかなりの長身であることだろう。ギェケレシュは187cm、エキティケやシェシュコは190cmを超える。

 これだけのビッグクラブが一斉に大型の9番を獲得したとなると、それは単なる偶然ではなく何かしらの必然の論理が潜んでいるのではないかと勘繰ってしまうのは、「帰納的」かつ「ヒューリスティック」に論理を組み立てがちな人間の性というものとも言えなくもない。

 とはいえ、昨今のフットボールの潮流と照らし合わせて考えてみると、確かにあながち「ただの偶然」では片づけられない部分があるのも事実である。そこで本記事では、「プレミアリーグにおいてなぜ長身FWが再び評価されているのか?」という切り口から、現代フットボールの傾向や流れを考察してみよう。

そもそもなぜ長身9番は「必要なくなった」のか?

 そもそもの話になってしまうが、「長身FWが再評価されるようになった」というテーマが出てくるくらいなので、論理的には近年のフットボールを振り返った時に「長身FWが流行らなくなった」という前提があるはずである。

 考えてみれば確かに、ホーランドが加入する前のマンチェスター・シティはセルヒオ・アグエロ(173cm)とガブリエウ・ジェズス(175cm)で9番を回し、ベルナルド・シルバやフィル・フォデンなど小柄な中盤の選手をゼロトップで起用することも珍しくなかった。リバプールもロベルト・フィルミーノ(181cm)やディオゴ・ジョタ(178cm)が1トップを務めたが、とりわけ背が小さいわけでもないが別段大きくもなく、そのプレースタイルも古典的な9番とは大きく異なる。彼らはボックスの中での得点や体を張ってのポストプレーよりも、モハメド・サラーの得点能力を生かすアシストやスペースメイクの能力に長けていた。

 プレミアリーグは元来ロングボールが飛び交う非常にタフなリーグであり、ピーター・クラウチに代表されるような長身FWは評価されやすい土壌だったわけだが、これだけ目立った例が少なくなった理由には、この10年ほどで9番の選手に求められるタスクが大きく変化したことが挙げられるだろう。そしてこの変化は、明らかにリオネル・メッシの“ゼロトップ”を世界が目の当たりにしたこと、そしてその系譜を生み出した張本人であるペップ・グアルディオラがイングランドに「上陸」したことが関係しているのは間違いない。

 メッシの出現と活躍によって、フットボールの世界は「得点」というものの常識を変えざるを得なかった。

 できるだけゴールの近くに張りつき、しかし体の向きとしてはゴールに背を向けている従来の9番が得意なプレーよりも、アクションのスタート地点がゴールから多少遠かろうと、「前向き」で「スペースに侵入していく」ことの方が得点期待値が高いという事実が徐々に知られていくようになった。すなわち、「強靭な足腰や長い手足による後ろ向きのポストプレー」よりも、「侵入するためのスピードやアジリティ」、「狭いスペースを攻略するテクニックやアイディア(本来は10番的な能力)」が、「振り向きざまでも泥臭くゴールを射抜く職人的な嗅覚」よりも、「正確なキックを基本とするシュートレンジと精度」や「方向やタイミングをズラすシュートバリエーション」がより重要であると、広く知られるようになっていった。

 また、メッシ(そしてクリスティアーノ・ロナウド)はウイングのポイントゲッター化というトレンドも作り出した。先に挙げたサラーなどもまさにこの系譜だが、これにより9番のポジションに位置する選手は必ずしもチームの最多得点者である必要性がなくなっていき、その場合よりアシストや崩しにおける貢献度が求められるようにもなった。これは先に挙げたフィルミーノなどの他に、カリム・ベンゼマも代表的なこのタイプの先駆者である。

 ただし、メッシ以外が務めた(おそらくすべての)「ゼロトップ」はメッシが遂行してきた中の10番的なタスクのみを抽出したポジションであり、周囲の味方との関係性抜きには成立しない。ウイングや中盤に得点能力が高い選手がいない限りはチーム全体の得点力が不十分になりがちであり、機能性が高まらない傾向にあるのも示唆的であった。なぜなら、9番のポジションを空洞化させた結果としてチーム全体の得点力に頭打ち感が出たとしても、戦術的にはゼロトップを優先させた事例もあるということで、これはまさに「9番の位置に入る選手に期待されるタスク」がフットボール界全体として変化したという証左とも言えるからだ。

 こういった流れにより、9番に求められる能力やタスクは、より10番的なテクニカルかつ創造的なものに、あるいは11番的なスピードやカウンターにおける自己完結能力といったものに傾倒していった。これらをさらに統合すれば、メッシ以後の9番は「前向きで勝負できること」が必要条件になっていったということであり、「ゴール前に張りついて後ろ向きで勝負するような長身FW」はその戦術的重要性を失っていったというのが、今回のテーマの背景/前提である。

理由①アジリティやスピード、巧緻性を兼ね備えた長身FWの登場

 さて、冒頭でも述べた通り長身FWがこれだけ一斉に注目を浴びているということは、上記のような現代フットボールの前提が、25-26シーズンを迎えるにあたって突然大きく変わったということなのだろうか?

 答えはNOだ。

……

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Profile

山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd

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