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文化をプロデュースせよ。WOWOW社長・田中晃が語るスポーツ中継の過去、現在、未来

2020.10.19

コロナ禍でスタジアムに行けないファン・サポーターにとって、その重要度が高まるサッカー中継。5GやVRなど技術革新も進む中、放送局は何を考え、どのような行動を起こそうとしているのか。これまでトヨタカップやJリーグ、UEFAチャンピオンズリーグ、FIFAワールドカップなど多くのサッカー中継に携わり、2015年より株式会社WOWOW代表取締役社長を務める田中晃氏に話を聞いた。

「魂のパス」のような表現ではなく

――田中さんはこれまで日本テレビ、スカパー!、WOWOWと3社で多くのスポーツ中継に携われてきました。スカパー!やWOWOWではOTT事業にも取り組まれており、「地上波→衛星放送→インターネット」というスポーツ中継の変化の歴史を間近で見られてきた中で感じる変化についてまずは伺わせてください。

 「伝送路の変化がスポーツ中継制作の在り方まで変えたということはないと思います。ただ、中継内で提供できるデータ量や画質のクオリティは間違いなく上がっている。例えば、スカパー!のJリーグ中継では放送よりもJリーグオンデマンド(OTT)の方が優れていました。試合を観戦しながら他会場の途中経過がわかったり、選手交代で入ってきた選手名をクリックしたらプロフィールが表示されたり、ワンクリックでゴールシーンのリプレイも見ることができた。最終的には、スタジアム観戦後に立ち寄れる飲食店のデータとかJクラブの地域情報までわかるサービスにしたいと思っていました。まあ、そうなる前にスカパー!を離れてWOWOWの社長になったのですが(笑)」

――今年の年頭訓示でも、放送とOTT(配信)の両方を持っているWOWOWの優位性について言及されていました。

 「放送はチャンネル数の上限がありますが、OTTはその上限がないので同時刻開催の試合をすべて配信できます。もしくは、放送では次の番組がある関係で流せない試合後の記者会見をOTTでフォローする。こう話すとOTTだけあればいいように聞こえるかもしれませんが、全視聴者がOTTを楽しめる環境はまだ整っていません。画質的にも4K画質を部屋のTVで見たい試合もあるはずです。放送とOTTの複合体だからこそ、やれることは広がっていくと考えています」

――デバイスの進化もあり、スポーツ中継内で提供できる情報量が増える一方で、どこまで、どのように出すことが視聴者にとって最適なのかという課題もあります。以前、戸田和幸さんに話を伺った際「深夜の欧州サッカーを解説する際は専門性をなるべく出すようにしている」と仰っていたのですが、想定される視聴者層に応じて中継内容は変わりますか?

 「当然変わります。地上波でのサッカー日本代表中継に求められているものと、WOWOWのEURO中継に求められているものは違います。地上波で細かい戦術的なことばかり話していたらサッカークラブでプレーしている子供は喜ぶかもしれないけど、それを一緒に見ているお母さんはサッカーを嫌いになって一緒にスタジアムに行ってくれないかもしれません。視聴者が求めている“半歩先”をお見せして、そのコンテンツの理解を深めてもらう。EURO中継であれば最先端の戦術トレンドや変化をテーマとしてもいいかもしれません。メディアがフィロソフィをしっかり持って、それを体現することで日本のサッカー視聴者やファンの視点が高まって、サッカー文化の成長に繋がっていくはずです」

――田中さんは日本テレビ時代に箱根駅伝の中継を担当されていました。あのコンテンツは“物語性”が中継フィロソフィになっていると感じますが、そこは他社で別スポーツの中継に携わられた際も意識されていましたか?

 「すべてのスポーツの放送、すべてのスポーツの中継において、物語を見せる。それは信条にしてきました。ただ、そこを強調し過ぎると陳腐なものになってしまいます。『魂のパス』のようなくだらない装飾語で表現するのではなく、そのプレーヤーが試合やシーズンに懸ける想いを正しく伝える。だから、中継前の取材は絶対に必要です」

――スカパー!のJリーグ中継ではその事前取材をエルゴラッソさんが請け負われていました。

 「全クラブの番記者さんに細かく取材してもらって、最初は『選手の奥さんが熱を出して病院に入院した』なんて情報まで実況アナウンサーに伝えていました(笑)。スカパー!のJリーグ中継ではハーフタイムにホームクラブの情報を伝えるコーナーを設けていて、裏方さんの情報も伝えたいと思っていました。要は戦術とかオン・ザ・ピッチの情報も大切だけど、それ以外の物語や情報も含めてバランスを取ることが良い中継になると考えていました」

――情報のバランスという意味では、中継内の情報がホームクラブに偏ってしまう傾向にあったことについてはどのようにお考えでしょうか? ホームクラブの地元放送局が中継を制作するケースが多かったので仕方ない側面もありますが。

 「基本的には偏らない中継を目指していました……が、それ以上に各クラブの成長に貢献することを重視した時に、地上波を中心とした地方の放送局にJリーグ中継を担ってもらうことは重要でした。(中継を担う放送局の)番組で選手に出演してもらうとか、試合情報をニュースで扱ってもらう。それによってクラブ人気が高まっていく。Jリーグの放送権を買わせてもらっている会社として、クラブのへの貢献は一番の目標にしていましたからね。私たちの最終ゴールはスカパー!の加入者を増やすことではなく、Jリーグが盛り上がって、選手のギャラが増えて、選手のプレークオリティが上がって、日本代表が強くなって、FIFAワールドカップでベスト4になること。それは社内外の関係者に伝えていました」

EUROは1996年から6大会連続でWOWOWが放送しており、7大会目となるEURO2020は2021年6月開幕。WOWOWで全51試合生中継予定

放送局のコミュニティ運営

――ここからは未来についての話を伺わせてください。WOWOWは2020年8月の組織変更で「コミュニティプロデュース局」という部署を新設されています。WOWOWの場合、扱われているコンテンツは多岐にわたりますが、これはサッカーを含め、新規ファンを開拓するのではなく、既存加入者との関係性を深めるフェーズに入っているという理解で正しいですか?

 「その通りです。有料放送は広さのメディアではなく、深さのメディア。もちろん新規の加入者が増えていくことは望ましいことですが、それ以上に大切なのはWOWOWのサッカー中継を観てコンテンツを理解して、好きになって、加入者と私たちが一緒に何かにトライするような関係性を構築すること。例えば、クラウドファンディングを企画して日本サッカーの成長に貢献するような活動でもいい。WOWOWに加入していることで生活が楽しくなって、心が豊かになっていただきたいのです」

―選手やファンによる情報発信やコミュニティも増えている中で、放送局としてのオリジナリティや差別化はこれまで以上に意識されていますか?

 「放送局として文化をプロデュースする役割であることは明確に意識しています。スカパー!のJリーグしかり、WOWOWのEUROしかり、フィロソフィを持って中継するということ。(放送局は)ファンのコミュニティであり、クリエイターのプラットフォームとしての役割もあります。そして、その先に社会や文化への貢献があるわけです。それは個人の発信では難しいと思います」

――そういうフィロソフィを持った活動が評価されて、権利元と放送局が長期的な関係性を築けるのが理想ですね。

 「そうですね。(競合よりも)あまりにも安い放送権料だと選ばれませんけどね(笑)。ただ、権利を持っている時はその責任を果たす必要がある。放送権を独占せずに地上波にサブライセンスするとか、現地(試合会場)に新聞の記者さんを招待して記事にしてもらうとか、そうやってコンテンツの価値を高めることが結局、放送局の価値も高めることになりますから。長期的にみてWOWOWと一緒に取り組むことがその競技にとってもプラスなのだと権利元に思ってもらうことが大切なのです」

――今日はありがとうございました。最後に来年WOWOWで放送・配信予定のEUROの見どころについて教えてください。

 「4年に1度、ヨーロッパサッカーの戦術が変わる分岐点となる大会です。各国リーグやワールドカップ以上に鮮明だと思います。これまでの歴史を振り返っても面白いですよね。そういうことを制作チームには伝えてほしいと思います。そこに加えて、各国が持つドラマもしっかり描く。コロナ禍でなければ私も現地にも行くつもりだったのですが(笑)」

Akira TANAKA
田中 晃

1954年。長野県生まれ。早稲田大学卒業後、1979年に日本テレビ入社。箱根駅伝、世界陸上東京大会、トヨタカップ、プロ野球などあらゆるスポーツ中継に携わり、編成部長などを歴任。2005年にスカイパーフェクト・コミュニケーションズ(現スカパーJSAT)へ。Jリーグ全試合中継の実現やパラリンピックの中継に力を注いだ。スカパーJSAT株式会社取締役執行役員専務を務めたのち、2015年に株式会社WOWOW代表取締役社長に就任。現在、同社代表取締役社長執行役員。

Photo:Getty Images

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Profile

玉利 剛一

1984年生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリ開発等を担当。2018年より筑波大学大学院に所属し、スポーツ社会学を研究。修士号取得。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」管理人。footballista編集部。

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