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【THIS IS MY CLUB】胸に光る9つの星は背番号7とともに

2020.07.02

2005年12月3日、初タイトルとなるJリーグを制した日から今に至るまで9つのタイトルを獲得したガンバ大阪。そのすべてはこの選手とともにある。遠藤保仁。いつだってサポーターの夢は“ヤット”に託されてきた。2001年のガンバ大阪加入から今年で所属20年目、そして40歳という節目を迎えた今、どのような心境でJリーグ再開に挑むのか。

約4カ月の中断という未曾有の事態を経て、7月4日に再開するJ1リーグ。「DAZN  Jリーグ推進委員会」では「THIS IS MY CLUB – FOR RESTART WITH LOVE – 」と称し、スポーツ・サッカー専門の18メディアによる共同企画として、Jリーグ全56クラブ、総勢100人以上への取材を実施。ガンバ大阪からは遠藤保仁選手に中断期間の過ごし方、サポーター、大阪ダービー、そして今後のキャリアについて話を聞いた。

応援の迫力はパナスタになって増した

――この中断期間はどのように過ごされていましたか?

 「何か特別に意識して過ごしたということはないですね。休む時は休んで。動ける状況になれば動くという感じで」

――オフラインでのコミュニケーションが難しい状況を受けて、クラブや選手がSNSや動画を通じたサポーターとの交流に積極的に取り組んでいます。遠藤選手も中断期間中にいくつかの動画やオンラインイベントに出演されていましたが、いかがでしたか?

 「いろんなところに移動しなくて済むので楽ですね(笑)。もともとインスタなどのSNSは面倒なのでやるタイプではないですが、少しでも楽しんでもらえたら思って(出演しました)。今後も時代の流れとしてSNSを活用したイベントは多くなるとは思いますが、こういう状況下だからこそ人とは直接会って話すことが大事になってくる時代になるんじゃないか、と思います」

――遠藤選手とサポーターのコミュニケーションと言えば『ウー提案』(※「試合中、惜しいシーンがあった際、選手を促す意味で低音の『ウー』という声を出してみませんか」という呼びかけ)は外せません。2016年の提案から4年が過ぎましたが、ピッチレベルから浸透具合をどのように感じられていますか?

 「浸透してきたと思います。ホームはもちろん、アウェイでも聞こえるようになっているので。いいトライをしているので、もっと広まれば雰囲気のあるスタジアムになっていくんじゃないかと思いますね」

――声援など環境にプレーが影響されない印象のある遠藤選手からこの提案がされるのは、少し意外でもありました。

 「ミスをしたことは選手が一番わかっていて、ため息に近い『あ~』という声が聞こえると落ち込む選手もいると思ったので。ため息が聞こえず、『ウー』が響くスタジアムはチームにとってメリットでしかないと思っています」

――過去を振り返ると、遠藤選手のアクションやリアクションでサポーターが1つになった事例はいくつかあって、印象深いのは2006年、J1第34節のアウェイ・浦和レッズ戦。この試合は遠藤選手にとってウイルス性肝炎からの復帰戦で、ピッチ上ではクールな印象もある遠藤選手がサポーターへの声援に応えたことで応援のボルテージが一気に高まったことを覚えています。

 「病気前から熱い声援を送ってくれていましたし、特別(サポーターへの想いが)大きく変わったという訳ではないですけど、ありがとうという気持ちで。どんなスポーツでも同じですが、ファンやサポーターの方がいることは選手にとって大きな励みになりますし、本当にありがたいと思っています」

――そこから10年後の2016年。パナソニックスタジアムで行われた第12節のジュビロ磐田戦で、決勝ゴールを決められた際のゴール裏を煽るパフォーマンスも印象的でした。あの時はどのような心境だったのでしょうか?

 「当時は数試合くらい思うような成績があげられていなかったので、チームの状況を考えて流れを変えるためにはそうするしかないなと思って大げさにやった部分もあります」

――スタジアムの雰囲気や応援については、2003年に複数サポーターグループによる分裂応援から“統一応援”とされた歴史があります。2001年にガンバ大阪へ加入した遠藤選手は、経過を知る唯一の現役選手です。当時を振り返ってみていかがでしょうか?

 「同じクラブを応援するにあたって違うことをやっていたので、単純に仲良くすればいいのにとは思っていました。それがコミュニケーションを重ねて1つになることで応援の迫力は増したし、パナスタになってさらに加速したと感じています。クラブのためには絶対にいいことだと思うし、パナスタの雰囲気の良さはアウェイチームの選手も感じているはずなので」

――宮本恒靖監督も2018シーズン・ホーム最終節時の挨拶で、パナソニックスタジアムの雰囲気を「圧力」という言葉で評価されていました。

 「僕たちは多少なりともパナスタの雰囲気に慣れている部分があると思いますけど、相手が圧力を感じることによってモチベーションが高くなるとか、そういう試合を積み重ねることでガンバ大阪も成長していくので、良いサイクルで回り始めているのかなと思います。世界で言えばアンフィールド(リバプールのホームスタジアム)みたいになっていければ理想ですね」

パナソニックスタジアム完成後、応援の迫力は増したと遠藤選手は語る

ターニングポイントとなった2004年から2006年

――いよいよ「J1最多出場記録」樹立が目前ですが、現在の心境はいかがでしょうか

 「(いろんなメディアに)聞かれ過ぎて意識せざるを得ないですね(苦笑)」

――ガンバ大阪でのキャリアだけでも今年で20シーズン目。ここまで長く在籍できた理由は何でしょうか?

 「一番はガンバが強くなったということだと思います。魅力的なサッカーもしていましたし、外に行く必要がなかったので。京都(サンガ)から移籍してくる時、2~3年で強くなるだろうという予想の中で入ってきたので、自分の中では計算通りでもあります」

――ガンバに移籍された2001年当時は21歳。遠藤選手にとってどのような時期だったのでしょうか?

 「(移籍前年の2000年に開催された)シドニー(オリンピック)に出場できなかったことで個人的に『もっと頑張らなければいけない』と感じさせられた時期ですね。そこから先は世代別の代表もないし、A代表に入るしかないので。同じポジションには(ライバルとなる)選手がいっぱいいましたので、そういう選手と戦いながら上にいかなきゃいけないと強く思ったのは覚えています」

――そこから遠藤選手個人としても、ガンバ大阪としても上昇気流に乗る訳ですが、ガンバ大阪が強くなったターニングポイントはどこだと考えていますか?

 「西野(朗)監督が来て、当時FWにマグロンという体格の大きな選手がいたのですが、彼が抜けて(2004年に退団)からボールを下で繋ぐ意識が強くなった。そこがガンバの攻撃的なイメージを作り始めた第一歩ですね。その後、タイトルを獲って(2005年にJリーグ初優勝)追われる立場も経験できて……2004~2006年頃がクラブにとって大きな時期だったのではないかと思いますね」

――そうしたターニングポイントとなった時期を一緒に戦った選手たちが近年、様々な立場でクラブに帰還しています。宮本監督、山口ヘッドコーチ、松代GKコーチ、松波強化アカデミー部長明神ジュニアユースコーチ……OBがクラブに増えていることをどのように捉えられていますか?

 「非常に良いことだと思っています。僕がフロントの立場であっても、クラブのことをよく知るOBを連れてきたいと思うので、この流れは歓迎ですね。ただ、外部の視点も必要なので、すべてをOBで固めるのではなく、第三者的な方も連れてきてバランスを取ることも必要だとも思います」

――ガンバ大阪は今年、社長が小野忠史氏に代わり、クラブOBでもある和田昌裕氏が取締役に就任した他、アカデミー部門を統括する「アカデミー・ヘッド・オブ・コーチング」に横浜F・マリノスの育成部門で長年活躍されていた坪倉進弥氏を招へいするなど人事的に大きな変化があり、改革期にあるように思えます。選手の立場から何か感じられることはありますか?

 「(コロナ禍の影響で)長い間、会社の人たちと会っていなかったので、特に何かを感じるというのはないのですが、クラブとして変化というよりも進化をさせたいという意味でそのようなことが行われているのかなと。今年は特殊な状況にいるので、これを乗り越えた先に見えてくるものもあるかもしれませんし、今は目の前の状況を乗り切るためにみなさんが一生懸命戦ってくれていると思います」

2014年にはキャプテンとして3冠獲得にも貢献。同年のMVPにも選出

大阪ダービーの戦い方

――最後に、再開初戦となる大阪ダービーについて聞かせ下さい。無観客での開催は試合にどのような影響を与えると考えますか?

 「実際にはやってみなきゃわからないというのが本音ですが、僕が(日本)代表で一度(無観客試合を)経験した時は、お客さんが入っての試合とスピード感が違いました。ゆっくりプレーするところと、早くプレーするところの緩急が生まれづらいと思うので、そういう試合では常に先手を取るという意味で先制点が大きな意味を持つと思います」

――淡々と試合が進んでしまう可能性があるということでしょうか?

 「無観客だとホームもアウェイもまったく関係がなくなる。スタジアムでも練習場でやっているのとほぼ変わらない。波の少ない試合になりがちなので、選手個々のモチベーションとは関係なく、試合の雰囲気としてそうなってしまう可能性がある。そう考えると、試合の入り方も大切になってくるかもしれないですね」

――気温の影響はどうでしょうか? 直近の公式戦は2月で肌寒い時期でしたが、試合日は30℃近い状況下での開催の可能性もあります。

 「これも実際に公式戦をしてみないとわからない部分もありますが、最低限のコンティションまでは持ってこれています。あと、ボールを握る時間が試合に影響を与えるとは思っていて、残り20~30分くらいでジャブのように相手に効いてくる気もするので。早く攻めるところとボールを回すところのメリハリはしっかり判断すべきだと思いますね」

――大阪ダービーもJ1最多出場記録も遠藤選手にとって通過点だと思います。この先、選手としての野望があれば教えてください。

 「40歳になりましたけど、若い選手とボールを追いかけるのは楽しいですし、年齢はそんなに関係ないと思っているので。ただ、あまり先を見過ぎず、目の前の試合に出たいという気持ちを練習から出しまくってアピールしたいと思っています」

――サポーターは少しでも長く遠藤選手がガンバ大阪で活躍する姿を見続けたいと思っています。

 「これだけ長い間、ガンバにいるとは移籍当初は思っていなかったですけど、気持ち良くサッカーをさせてもらっていますし、時には迷惑をかけていることもあるとは思いますが、ガンバ大阪が日本の中でビッグクラブと言われるようになって、立派なスタジアムができて、本当に幸せだなと思っています。よりクラブを大きくしていくために会社の人たちと力を合わせつつ、選手はピッチで結果を出すことが一番だと思うので、頑張っていきたいですね」

――では、最後に今シーズン再開に向けてサポーターにメッセージをお願いします。

 「これだけ長い間、サッカーが中断するのは過去なかったことですが、会社の人も、選手も一生懸命クラブのために働いています。サポーターやファンの方には早くスタジアムで試合を観てもらいたいと思いますが、まずは健康第一で過ごしてください。選手たちのモチベーションは非常に高いので、お客さんがスタジアムに戻ってきた時にはエキサイティングな試合をお見せしたいと思います」

Photos: Getty Images

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ガンバ大阪遠藤保仁

Profile

玉利 剛一

1984年生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリ開発等を担当。2018年より筑波大学大学院に所属し、スポーツ社会学を研究。修士号取得。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」管理人。footballista編集部。