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自転車に補助輪はムダ。「コンテクスチュアルトレーニング」とは何か?

2020.04.04

筑波大学・谷川聡准教授インタビュー

サッカーでは戦術的ピリオダイゼーション、マネージメントではティール組織……。近年、各分野で「複雑系」をもとにした理論が注目を浴びており、オランダのスポーツ科学者フラン・ボッシュ氏が考案し本にまとめたトレーニング理論「コンテクスチュアルトレーニング」もその1つに数えられる。監訳を務めた110mハードル走の第一人者でもある筑波大学准教授の谷川聡氏に、陸上からサッカーまで競技の枠を越えて導入されつつある新アプローチの実践方法を聞いた。

ボッシュ独自の問題解決法

――まずは、著者のフラン・ボッシュさんと出会ったきっかけから教えていただけますか?

 「2014年の春に、当時エディ(・ジョーンズ)さん率いるラグビー日本代表が合宿をしていたんですけど、そこで指導していたボッシュのトレーニングの意図がわからないということで呼ばれたんです。行ってみると、陸上を指導していた人の教え方だとわかりました。でも、2人の選手がいたらそれぞれに合わせた教え方をするんですよ。人によっては左を注意させたり、上を注意させたりして、それぞれの選手に独自の問題解決を促していたんです。それがきっかけで彼と話していくうちに、当時は僕も指導で悩んでいたんですけど、彼の考え方が腑に落ちていって」


――悩んでいたというと?

 「いろんなことを知っているがばかりに、優先順位をつけるのが難しくて。現在のスポーツ界でも、お金があったり規模が大きなチームでは選手一人に対して何人も専門家がつく。そこで選手がケガをした場合、医者の診察、理学療法士のリハビリ、鍼灸師のマッサージ、ストレングスコーチのトレーニングが要素還元的にバラバラのコンセプトで進んでしまう。で、その選手はまたケガをして戻ってくるわけですよ。そこには、選手が復帰するまでの過程で選手を中心とした共通理解がないとダメなんです。それが欠落している」

ペップ・グアルディオラもバイエルンを率いていた2015年に、相次ぐケガ人を巡ってメディカルチームと対立。1977年からクラブに従事していたハンス・ビルヘルム・ミュラー・ボルファールト医師を含むメディカルスタッフ4名を辞任に追い込むことに

――サッカー界でも、かつてケガ人が続出したバイエルンでペップ・グアルディオラとメディカルチームが衝突したように、トレーニングの理論とメディカルの方法論に相違があって問題になることがありますね。

 「ボッシュはもともと解剖図を描くアーティストだったんですけど、それぞれの専門書が矛盾していることに気づいたんですよ。その矛盾を解消するために、彼は論文を集めて読んでいって、共通のコンセプトを作っていったわけです。それを彼は最初に走高跳の選手に実践していったんですけど、それがよかったみたいですね。走高跳は最も体に衝撃を与える種目なので。方向転換は4~5倍の力なんですけど、ハイジャンプは10倍ですから、50キロの人は500キロの力がかかる。それを繰り返しながらケガを防ぐことを考えると、パフォーマンスの向上とケガの予防は一致してくるわけです」

――でも、それを一致させるのは難しくないですか?

 「やり方次第です。例えば、子供が自転車を乗れるようになるには、(ケガを予防するために)補助輪をつけたらダメなんです。ランニングバイクの方が早く乗れるようになる。なぜなら、自転車を乗るコツは、進むことよりもバランスを取ることが優先だからです。だから教える場所も、上りではなく下りで教えるんですよ」

――言われてみると確かに。でも、親は子供にケガをさせたくないので、まず補助輪から慣れさせようとしがちですよね。

 「ところが補助輪をつけるとハンドルを逆に回すようになってしまって、外すと転んでしまうわけですよ。 子供は補助輪をつけていても最初こそ楽しいかもしれませんけど、スピードが出なかったり、曲がれなかったりして次第に楽しくなくなってしまう。だから、『父さんは(自転車を)持ってるぞ』って言いながら漕がせて、実は持ってないのがいいんですよ。それがコーチングです」

――同じくボッシュさんに影響を受けているスパルタ・ロッテルダムのフィジオセラピストの相良浩平さんから聞いたんですけど、動作の過程ではなく結果に意識を向けさせる「ナレッジ・オブ・リザルト」というフィードバックの仕方ですよね。「両足を地面から離して」とか「ハンドルを少し曲げて」とかバランスの取り方を手取り足取り教えるのではなく、「バランスが取れた」結果をまずは体験させる。……

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原口元気育成谷川聡

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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