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欧州サッカー最先端の筋トレ事情。大工が釘を打つ動作に極意がある

2018.09.20

相良浩平(スパルタ・ロッテルダム/フィジオセラピスト)インタビュー 前編


ハリルホジッチ監督が「デュエル」を強調したことが象徴的だが、現代サッカーで1対1の戦いを避けることはできない。世界の舞台で結果を残すためには「フィジカルを鍛えること」は大きなテーマだ。そこでオランダのスパルタ・ロッテルダムのフィジオセラピストで最新のトレーニング事情に精通している相良浩平氏に、今欧州の最先端では何が起こっていて日本はどうするべきかを聞いてみた。


スパルタでの仕事

今季はトップチームのリハビリとストレングストレーニングを担当


── まずは本題に入る前に、スパルタ・ロッテルダムでの相良さんの今の仕事内容を教えてください。

「2015年にこのクラブに加入した時、ケガ人の対応や予防をするフィジオセラピストが自分の役割でした。当時のチームは2部リーグにいて、そこからチームのピリオダイゼーション、個人のピリオダイゼーション、リハビリのピリオダイゼーションの枠組みを少しずつ担当するようになりました。そして、15-16シーズンからトップチームが本格的に筋力トレーニングを始めたんです。それは外部のストレングスコーチがやっていたんですけど、それと同じトレーニングをサテライトチームでも実施することになり、僕が担当することになったんです」


── 本来フィジカルコーチの仕事ですよね。

「そうですね。その頃、クラブにはフィジカルコーチがいなかったので、自分が担当するようになり、1部に昇格した時GPSのデータを分析するスタッフが加入しました。彼らはスポーツサイエンティストと言うんですけど、要するにデータ分析を行うんですね。例えば数値で疲労具合を測ったりする役目です。彼と一緒にGPSのデータを使いながら作業をするようになりました。そこから2年、3年と続ける中で、ある程度ケガのコントロールができるようになってきました。ケガ人が減ると他の仕事をする時間ができて、よりストレングストレーニングに時間を割けるようになりました。すでにサテライトの方に関してはストレングストレーニングの新しいアイディアは試しています」


── トップチームのフィジオセラピストをやりつつ、サテライトチームでストレングストレーニングを見ていたんですか?

「そうです。それで今季からトップチームのストレングストレーニングも見てくれないかと打診されました。今季はサテライトの仕事からは完全に手を引いて、トップチームのリハビリとストレングストレーニングを担当することになりました。もともとピリオダイゼーションのトレーニングを始めた時もそうなんですけど、ケガをしたらどうするかではなく、ケガをさせないための予防はどうしたらいいかをずっと考えていたんです」


── もともとケガをしていない選手からのアプローチだったんですね。

「はい。そのうちにケガをさせないことと、パフォーマンスを高めることは別々ではなく、一緒のことだと気づいたんです。コンディショントレーニングも、ストレングトレーニングも効率的な動きができることでパフォーマンスも上がるし、ケガも減るのがわかって興味が移っていきました」


「無意識」にアプローチする

大工さんが釘を打つ動作を分析してみたら、どれも正確なのに、腕の動きが全然違った


── 相良さんはトレーニング理論でエディ・ジャパンのコーチだったオランダ人のフランス・ボッシュの影響を受けたとうかがいました。

「一番大きいのは今までは選手をトレーニングする時、例えばスクワットをする際に膝の位置を変えなさい、あるいは背中をもう少し伸ばしてほしいとか、選手に自分の体をどう修正すれば良いか意識させながらトレーニングしていたんです。でもサッカーのプレーは無意識で行います。試合中の意識は自分の体に向いていないですよね?」


── そうですね。あそこのスペースが空いているからパスを出そうとか、違うことを考えていますね。

「それなのにそういった筋力トレーニングでは自分の体を意識させるフィードバックをさせていたんです。選手の頭の中では、試合中と筋力トレーニング中では違うことが起こっている。ナレッジ・オブ・パフォーマンスとナレッジ・オブ・リザルトという考え方があって、前者は自分の体を動かす過程に意識を向ける状態――これが従来の筋力トレーニングでやっていることですね。一方、後者は動いた結果どうなるかに意識が向いているんです。サッカーでは筋力トレーニングとサッカーのトレーニングが分離していて、どうしたら解決できるのかずっと考えていたんです。以前は膝をまっすぐにするという目的だったら、意識しながら何百回、何千回とトレーニングをしていくことで自動化していく。そうするうち無意識にできるようになると言われていました」


── 反復による自動化ですね。

「そうです。何千回も反復しないと、結果的に無意識でできるようにならない、と。でもそうではなくて、トレーニングをする最初から無意識の状態でできるようになるのを目指した方が無意識的にサッカーの中でもできるようになるし、習得までのスピードも圧倒的に速いんです。体に意識を向けてトレーニングするのではなくて、初めから意識を体の外に向けるということですね」


── 具体的にはどういうトレーニングなのでしょう?

「一例を挙げると、猫背で走る選手がいたとします。その選手に対して、背中を伸ばした姿勢で走ってほしいと思った場合、『背筋を伸ばして走れ』と言ったら、背筋を伸ばすのを意識しながら走るわけですね。そうではなくてバーベルとか、ボールでもいいんですけど、首の後ろで持って走らせたりするとします。そのままでも腕が後ろにいくので、背中が伸びた状態で走れるんです。さらに途中でそのバーベルを落とす時、猫背のまま走っていると自分の足に落ちてくる可能性がありますよね。なので『バーベルを離せ』って言ったら『背筋を伸ばして走れ』って言わなくても、勝手に背筋を伸ばして走れるようになるんです。要は無意識に弱点を改善する環境を作っていくんです」


── それでもある程度、反復は必要ですよね。

「ボッシュが言うには反復する必要はなくて1日のトレーニングの中で改善できると言うんです。状態にもよりますし、直したい動作の癖もありますけど、結局、体が直したい動作の方が良いと感じればそうなるものだと。その方が速く走れると感じれば自然とそうなるという理論です」


── かなり強烈な経験になるんでしょうね。

「シチュエーション・ベースド・ラーニングアプローチと言うんですが、そういうアプローチの仕方は最近流行り始めたものではなく、もともとあったものなんです。それは動きを改善する運動学からのアプローチなんですけど、それを筋トレに持ってきたわけです。彼はこのトレーニングについて筋トレとは言っていないんです」


── 確かに筋トレではないですね。動きの改善ですね。

「彼の言うストレングストレーニングとは、コーディネーショントレーニングに高い負荷をかけたものだという言い方をしています。僕も同意見です。体の動きのプロセスに対してではなく、動きが終わったポジションに対してのみコーティングする。『もっと高い視点で』『もっと伸ばしたところで』とか、そういう指摘をするんです」


── どのスポーツにも通用しそうな話ですね。

「面白かったのは、大工さんが釘を打つ動作がありますよね。何十回、何百回と打っているのを分析してみたら、どれも正確に釘を打っているのに、どの腕の動きも全然違った。だから終着点が大事で、その過程を緻密に操作する必要はないんです。ある一定の原則さえ守っていれば表面上の違いは関係ない。何が原則なのかを見つけるのが大事なんです」


── 確かにサッカーのシュートもそうかもしれないですね。

「いろいろな蹴り方がある中で、骨盤が安定している体勢がいろいろあって、足を外で振ったり、体勢は関係なく、結果その方向に飛べばいいんです。それを身につけるためにはゆっくりの動作でプロセスに集中するのではなく、試合と同じ強度で爆発的に行うことが大切です。単純な形から始めて爆発的に動けるようになったら、その動きを複雑にする。複雑な動きを爆発的に行うのは最初は難しいので、最初は単純な動きから始めます。以前からの筋力トレーニングは動き自体は単純で、重りを増やす形式でした。つまり、オーバーロード(過負荷)になっているものが重さなんです。本来サッカーの動きのオーバーロードは重さではなく、判断するスピードであったり、複雑な動きの中でも使えるコーディネーションの部分なんです」


── 動作のプロセスではなく試合と同じ強度での爆発的な動きを意識させるのも無意識へのアプローチですよね。この方向性は戦術トレーニングでも言われていて、全体的なトレーニングのトレンドが似ていると感じます。

「そう思います。戦術トレーニングでビルドアップのトレーニングをする時、起こりやすい状況をオーガナイズして行いますよね。コンディショントレーニングをする際も同じで、アクション間の回復時間を短くしようとして刺激を与えようと思ったら、11対11だとアクション間の時間が長くなってしまうので4対4、3対3に人数を減らせば、1人が起こすアクションの頻度が増えるので自動的にアクション間の回復時間にオーバーロードがかかる。選手が意識的にアクションを起こして回復時間を短くしているわけではなく、そういう環境をオーガナイズした結果そうなっているわけです。フランス・ボッシュも同じことを言っています。トレーニングのオーガナイズを変えることで、狙った現象を起こす、と」


── なるほど。まさにシチュエーションを与えて解決するシチュエーショントレーニングですね。

「それも試合の環境に近づけるというか、筋力トレーニングはジムでやるものなので、環境が違う。体が動くのは環境に反応して動くものなので、そもそも筋力トレーニングをサッカーの中で発揮させるのは不自然なんです。ジムでやっていることをピッチ上の11対11でやるためには、ギャップが大きいですよね。体は刺激を受けてレスポンスをするのを繰り返しているわけですが、受け取る刺激が従来の筋力トレーニングの中だとサッカーの中で行われる刺激とあまりにも違い過ぎてしまうのは根本的な欠点だと思います」


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後編へつづく

Photos: Getty Images

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Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。