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西野朗監督は2026年W杯を見据える 若きタイ代表躍動で評価高まる

2020.01.27

まさに戦前の下馬評を覆す快進撃だった。タイで開催されたAFC U−23選手権において、西野朗監督率いるタイU-23代表はグループステージを初めて突破。後に準優勝を果たすサウジアラビアに敗れ、1968年のメキシコ五輪以来の出場権獲得はならなかったものの、試合を重ねるごとに代表への注目、西野監督への評価は高まっていった。一方で結果次第では求心力に影響を与える可能性もあった。

攻撃的なサッカーでサポーターを魅了

 「こんな結果になるとは思ってもみなかった」。グループステージ初戦、バーレーンに5点を奪って大勝した試合後の会見場で、タイメディアが思わずもらした一言が、今回のタイUー23代表をめぐる状況を如実に表していた。

 大会への国内の注目はお世辞にも高いとは言えなかった。チケットの売れ行きは芳しくなく、開幕初日のタイ対バーレーン戦の公式入場者数は7,076人。周辺の渋滞が激しい平日の夜という理由もあったかもしれないが、4万5,000人とも言われるバンコクのラマチャンガラー競技場のキャパシティにしては寂しい数字だった。

 しかし、バーレーン戦でタイの攻撃陣が躍動。MFチャナティップ・ソングラシン(北海道コンサドーレ札幌)や昨年大分トリニータでプレーしたMFティティパン・プアンチャン(BGパトゥム・ユナイテッド)らを擁し、上位進出が期待された2016年大会でも成しえなかった同大会歴史的初勝利を飾った。これでサポーターの関心に一気に火が付いた。

 週末に行われた2試合目のオーストラリア戦は2万2, 352人の観客が押し寄せ、ベスト8進出の懸かった3試合目のイラク戦は、初戦と同じ平日夜の試合ながら倍近い1万5, 342人が詰めかけた。そして迎えたベスト8のサウジアラビア戦は、週末かつキャパシティがラチャマンガラー競技場の半分近いタマサートスタジアムということもあったが、チケットは発売と同時に完売状態となった。

 何よりサポーターを魅了したのはサッカーの内容だった。A代表にも定着している17歳のFWスパナット・ムエンタ(ブリーラム・ユナイテッド)、21歳のFWスパチョーク・サーラチャート(ブリーラム・ユナイテッド)、初戦で途中出場から2得点を叩き出したジャルンサック・ウォンゴン(サムットプラカーンシ・ティ)ら前線の選手のスピードとテクニックを活かした攻撃的なサッカー。時には意表を突くロングシュートやヒールパスも飛び出すなど、選手たちはアジアの強豪国相手に臆することなく伸び伸びとプレーした。取材に訪れた日本メディアからも賞賛の声が上がった。

 1対1で引き分けたイラク戦では、ロシアワールドカップのポーランド戦を彷彿とさせる先発7人入れ替えの大胆采配を見せ、メディア、サポーターを驚かせた。左サイドバックのDFティタトーン・アクソンシー(ポリス・テローFC)、MFソラウィット・パントン(ムアントン・ユナイテッド)ら新たに脚光を浴びる選手も登場した。SEAGamesからわずか1カ月でどうやって修正したのか。試合後の会見では、国内外のメディアから質問が出た。

 大会前、西野監督は「開催国枠で参加できることを謙虚に受け止めて挑まなければいけない」と話すなど、決して大きな目標は掲げなかった。グループステージを突破すれば対戦する可能性があった日本についても「まったく視野に入らない。(グループステージの)3試合に対するチャレンジしか考えていない」と答えていた。「チャレンジ」という表現をことあるごとに使い、選手には「リアクションの姿勢で戦うのではなく、とにかく積極的に自分たちが持っているものを出せ」と強調したという。その言葉をまさに選手たちが実践した。

快進撃を見せたU-23タイ代表

変わりつつあった西野監督への評価

 事前の大会への関心の低さには、これまでの経緯がある。昨年3月の予選に参加した際はインドネシア、ブルネイに連勝しながらも、ベトナムに0対4と圧倒され、各組2位の上位4チームにも入れず、タイは開催国でなければ本戦に出場することができなかった。さらに、当時の監督だったブラジル人のアレシャンドレ・ガマ氏は同年6月のシンガポール遠征を最後に、就任から1年を待たずに突如辞任を表明し、国内リーグのムアントン・ユナイテッドの監督に納まるという異例の事態に発展した。その後を受けたのが西野監督だった。

 ただ、西野監督は9月から始まったワールドカップ・アジア2次予選に掛かりきりとなる。10月にタイU-23代表が中国、ミャンマーと国内で親善試合をした時も、西野監督はA代表のワールドカップ予選を戦っており、タイ人コーチ陣がチームを率いた。11月末からフィリピンで行われたSEAGames(東南アジア競技大会、男子サッカーは22歳以下+オーバーエイジ2人まで可能)で、実質初めてU-23代表の指揮を取った。

 そのSEAamesでタイはグループステージ初戦をインドネシアに敗れると、ブルネイ、シンガポール、ラオスには連勝したものの、最終戦でベトナムと引き分けてベスト4進出を逃し、大会4連覇の夢がついえてしまった。人工芝のピッチでの中1日の試合など、日本で仕事をしてきた西野監督にとっても慣れない環境だったに違いない。それでも「選手はベストを尽くしてくれた。私のマネジメント力不足」と責任を一身に負った。

 就任直後の熱狂的な盛り上がりを経て、その頃から、タイメディアの西野監督への風向きが微妙に変わってきたのを感じた。折りしもA代表もアウェイ2連戦となった11月のワールドカップ予選でマレーシアに逆転負けを喫し、ベトナムにはPKを得ながらスコアレスドローに終わった。グループGの3位に後退し、3次予選進出に黄信号が点り始めていた。

 SEAGames帰国後の会見では、タイメディアから「サポーターからの意見」という前置きをしながらも、「選手交代が遅かったのでは、という批判があるが?」といった質問が出た。西野監督が12月6日のSEAGamesから帰国後、選手をすぐには再招集せず、「シーズンを終えた選手たちのダメージは皆さんが想像している以上」と、AFC U-23選手権直前の12月26日に合宿をスタートさせたことも、驚きをもって受け止められた。あげくにはどうやって内容を把握したのか、詳述は避けるが日本の週刊誌のウェブサイトに掲載された記事をパソコンで見せながら、日本メディアに「この話は本当なのか」と聞いてくるタイメディアもあった。

 タイサッカー協会は既に昨年11月の段階から、西野監督との契約を2年延長する意向を表明していた。ソムヨット・プンパンムアン会長も大会前、どんな結果でも契約延長に影響がない旨を発言。メディアでも“いざ五輪切符”“目指せ上位進出”といった言葉が踊ったことは、見た限り皆無だった。逆にメディアを賑わせていたのは、各地のスタジアムの改修が大会に間に合うかどうか、などの後ろ向きの話題だった。実際、当初開催地に選ばれていた北部チェンマイは、改修が間に合わないとしてブリーラムに変更された。

 ともあれ、今大会の結果次第では、西野監督の国内の求心力という点で影響があった可能性は大きかった。

今回の結果でタイ国内の求心力を維持した

2026年W杯見据え2年の契約延長

 そんな雰囲気は今回のU-23代表の躍進で一掃された。

 タイサッカー協会は西野朗監督と1月24日、正式に2年間の契約延長にサインした。従来通り、A代表とU-23代表の監督を兼任する。ソムヨット会長は、さらなる契約延長の意向も示している。あるタイメディアは「西野監督の攻撃的なサッカーはタイ人のプレースタイルと合っている」と評する。契約延長時の会見では、西野監督に「タイで指導者人生を終えるつもりは?」といった質問が出るまで、タイ人の心を再び掴んだ。

 タイは2026年のワールドカップ出場を目標に掲げている。出場枠も拡大され、大きなチャンスが訪れる。西野監督も「2年間で成果ということよりも、2026年に向けたアプローチになる」と話す。

 直近では3月にワールドカップ予選でインドネシアをホームで迎え撃つ。ベトナム、マレーシアに次ぐ3位につけ、残りは3試合。西野監督は3次予選進出に向け「ホームで2試合ある。可能性は十分にある」と前を向く。さらに年末には東南アジアNo.1を決めるAFFスズキカップ(東南アジアサッカー選手権)が控えている。「ステータスの高い大きな大会。期待も厚く、優勝を目標にしなければいけない」と意欲を見せる。

 結果的にベスト8に進出できたものの、長期の準備という点では頻繁なU-23代表の監督交代など、タイは母国開催という五輪出場千載一遇の機会を生かし切ることができたとは言い難い。また昨年、タイはAFC U-16、U-19選手権の予選で共に敗退という憂き目に遭っている。「2年間という期間をいただいたが、もっと速いテンポでサッカー界を変えていかなければいけない。代表は一朝一夕にチーム力を上げるのは難しい。育成年代の強化も図らなければいけない。A代表、U-23代表が平行して活動していく必要があると(協会に)伝えた」「選手の成長は日常にある。今大会のメンバーには今回、経験したスタンダードを忘れないでほしい」との西野監督の言葉通り、地道な積み重ね、底上げが必要になる。

 西野監督は「原石はある。でも磨かなければ光らない」と語る。悲願のワールドカップ出場へ向けて、タイサッカー界の本気度も問われている。

2026年ワールドカップを見据える西野朗監督

Photos: FA Thailand

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フットバリスタ西野朗

Profile

長沢 正博

1981年東京生まれ。大学時代、毎日新聞で学生記者を経験し、卒業後、ウェブ制作会社勤務などを経てフリーライターに。2012年からタイ・バンコク在住。日本語誌の編集に携わる傍ら、週末は主にサッカー観戦に費やしている。