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“12-0”から8年。勃興するタジキスタンサッカーの正体

2019.10.15

10月15日、日本代表がアウェイの地で対戦するタジキスタン代表。日本と相まみえるのは2011年以来、実に8年ぶり。現在のFIFAランキングは115位でアジアの中で22番目にとどまっているが、一方で今月26日に開幕するU-17ワールドカップに2度目の出場を果たしている。果たして、タジキスタンサッカーの“実力”はいかほどなのか。

8年前の来日時にアテンド兼通訳としてタジキスタンチームに帯同し、現在も同国のサッカー関係者と交流を持つ篠崎直也さんに、謎多きタジキスタンとサッカー界の今を詳らかにしてもらった。

 日本代表が前回タジキスタン代表と対戦したのはアルベルト・ザッケローニ監督時代の8年前、ブラジルW杯アジア3次予選だった。この時はシリアが2次予選で無資格選手を出場させて失格処分となり、その対戦相手だったタジキスタンが繰り上がりで参戦していた。

 思いがけない形でアジア王者への挑戦権を手にしたタジキスタンだったが、準備不足もあって大阪・長居スタジアムでのアウェイ戦は8-0、首都ドゥシャンベでは0-4といずれも大差で敗れ、その実力差をまざまざと見せつけられる結果に。当時代表を率いたアリムジョン・ラフィコフ監督は「今回はあくまでも勉強」「クリーンなプレーを心がけた。日本の選手にケガをさせたら申し訳ない」といったコメントを残し、その謙虚で誠実な姿勢が話題にもなった。

 当時の日本はグループ内で2敗を喫するなど決して好調とは言えなかったが、それでも2戦合計12-0で敗れたタジキスタンにとっては雲の上の存在だった。同国サッカー協会のファリドゥン・サリエフ広報担当は「あの頃と変わらず日本はアジアのナンバー1。その成長ぶりは尊敬するし、組織の規模は巨大だ。彼らの予算は我われの100倍以上なのだから」と日本との環境の違いを強調した。

2011年11月、アウェイでのタジキスタン戦でドリブルする香川真司
2011年11月11日のタジキスタン戦でドリブルを仕掛ける香川真司

大統領がサッカーに注力

 中央アジアに位置するタジキスタンは旧ソ連諸国の中で最も貧しい国である。国土の9割が山岳地帯のため移動が困難で、同地域のカザフスタンウズベキスタンのように豊富な地下資源を有する訳でもなく、際立った産業がない。さらにソ連崩壊直後から権力争いにより内戦が勃発。1997年に和平合意を迎える頃には国は疲弊し切っていて、この間サッカー界でも多くの人材が国外に流出し、代表チームは資金不足により国際大会への参加すら叶わなかった。

 経済状態はその後も安定はしていない。8年前の来日時に筆者はタジキスタン代表チームに同行する機会を得たが、その暮らしぶりは質素だった。プロサッカー選手の月給は国民の平均とさほど変わらない約400ドル(約4万3200円)、トップ選手であっても3000ドル(約32万4000円)ほどだという。それは現在も同様だ。1日だけショッピングモールに出かけた日があったが何かを買う訳でもなく歩き回るだけで、「ホテルのガウンを持ち帰ったら罪になるのか?」と冗談とも本気とも取れる眼差しで聞かれたことが印象に残っている。

 他の中央アジア諸国の例に漏れず、タジキスタンもまた1994年から25年にわたって国の舵取りを担うエモマリ・ラフモン大統領の強大な権力体制が続く。混沌とした国内情勢を取り仕切るその手腕は国民の支持を得ているが、一方で「結婚式、誕生日、卒業式などを派手に祝ってはいけない。倹約生活を」「民族衣装を着るべし」「髭は伸ばすな」といった独特な禁止令の数々が存在する。伝統的に格闘技が盛んなお国柄だが、正式なライセンスを持たない指導者たちが闇雲に喧嘩の方法を教え、過激派組織の温床になるとしてボクシングや総合格闘技は表向きには禁止。その代わりに「子供たちを育成する健全なスポーツ」として大統領が注力しているのがサッカーという訳だ。国の指導者の意向によって劇的に環境が変わるのは長所とも言えるだろう。

 日本に惨敗を喫した翌年の2012年1月、かつてサッカー選手だった経歴を持つ大統領の長男エモマリ・ルスタムが25歳の若さでタジキスタンサッカー協会会長に就任すると、大規模な改革が始まった。8年前の来日時に1人だけカジュアルな服装で、やたらと羽振りの良い若者がチームに帯同していたが、その人物こそがルスタムだった。当時のタジキスタンにとって遠征の最大の収穫は、彼が日本のサッカー環境を目の当たりにしたことだったのかもしれない。現在はドゥシャンベ市長も務めており、次期大統領就任が確実視されている大物政治家としての顔も持つルスタム会長は「国の未来は子供たちにある」とスローガンを掲げ、国内各地のインフラ整備を実施。サッカー放送局の開設や、国外からのコーチ招へいなども進み、上流階級だけではなく貧困層の子供たちにもチャンスが広がった。

タジキスタンのエモマリ・ラフモン大統領

強化の裏に日本との縁も

 こうしたサッカー環境の発展には、実は日本も深く関わっている。日本サッカー協会はアジア貢献活動の一環として資金援助を行い、公認指導者として2010〜14年に鈴木隣、2018〜19年に島田信幸を現地に派遣している。今年2月からは水島武蔵が新たにU-17代表にコーチとして加わった。特にパイオニアとなった鈴木コーチはスポーツダイレクターとしてセレクションの拡大やアカデミーの創設、国際大会の実施などに携わり、今日のタジキスタンサッカー界の土台作りに少なからぬ貢献をしている。

 FIFAや先進国からの援助を受けながら、各年代の代表チームは中央アジアや中東の大会を中心に試合を重ねて経験を積み、国際舞台においてその存在感を高めている。昨年のU-16アジア選手権では準優勝に輝き、今年のU-17W杯ブラジル大会への切符を獲得。国内ではこの快挙に凱旋フィーバーが巻き起こり、大統領が直々に「我が国のサッカー史における偉大な成果」と称えて報奨金を手渡した。

U-16アジア選手権準優勝後、国内に凱旋し歓待を受けるチームの面々(Photo: Tajikistan Football Federation)

 同国出身のスター選手で、現在はロシアで指導者として活動しているラシド・ラシモフ氏は「タジキスタンの問題は国内リーグの競争力の低さ」と指摘しているが、協会はその対策として各年代の代表を丸ごとプロのクラブチームに送り込むというユニークな強化プログラムを実施している。例えば、前述のU-17代表は「ロコモティフ・パミール」、U-19代表は「FCバルクチ」として普段は2部リーグを戦っている。傑出したタレントはいないが、年間を通じて同じメンバーでプレーすることにより深まっていくチームの連係がタジキスタンのストロングポイント。ちなみに今年のW杯でベスト8以上を狙う「黄金世代」のU-17代表は年上のチームを上回って現在首位を快走中だ。

 A代表の場合はより複数のクラブから選手が集められているが、それでも母体となるクラブは国内5連覇中の王者イスティクロル。今回のカタールW杯アジア2次予選は2連勝スタートで日本との対戦を迎えるが、ウスモン・トシェフ監督は「我われの間には強い信頼がある。問題があれば議論するし、良いところは褒め合う。こうした素晴らしい雰囲気が力を与えてくれる」とその団結力を好調の要因に挙げている。

「夢」の2026年を目指して

 メンバーの大半はイスラム教文化のタジク人のため、祈祷の時間や食事制限があり、交わされる言葉もタジク語が中心。だが、ウズベキスタン人のトシェフ監督やソ連時代に生まれたコーチ陣もいるため、チーム内ではウズベク語やロシア語も話される。文化面ではロシア離れが進んではいるが、サッカーの場合は今もロシアとの結びつきは強く、現在の代表チームのスポンサーはロシアの通信会社「メガフォン」。イスティクロルを土台としながらも、チームのキーマンとなるのはロコモティフ・モスクワやCSKAモスクワなどロシアのクラブチームで育ったGKルスタン・ヤティモフ、MFアミルベク・ユラボエフやパルビジョン・ウマルバエフ、アリシェル・ジャリロフといった高いレベルを知る選手たちだ。

 そしてチームのエースとして期待されているのがロシアで長いプレー経験を持ち、イスティクロルにも在籍していたFWマヌチェフル・ジャリロフ。10代から20代前半の新世代が多いタジキスタン代表の中で彼の高い技術と経験はチームに自信と落ち着きをもたらしている。

2015年9月のオーストラリア戦でアーロン・ムーイ(右)を追うジャリロフ。代表通算26試合15得点と高い決定力を誇っている

 国際的なスター選手に乏しいタジキスタンにとって最も必要なものはまさにこの自信だろう。現在ロシア代表でゼニトの主力となっているMFダレル・クジャエフは両親がタジキスタン生まれのため同国代表入りの可能性もあった。「光栄だが自分はロシア育ち」としてクジャエフは結局ロシア代表を選んだが、タジキスタンに縁がある選手の活躍は勇気を与えている。

 8年前、「日本相手に攻撃的にいくのは無謀」と守備的な選手をそろえたタジキスタン。選手たちに勝利への意欲はなく、試合前のもっぱらの関心は誰が香川真司や長友佑都といった有名選手とユニフォームを交換するかだった。

 時が経ち、タジキスタンには人工芝ではあるがまともなピッチが用意され、以前よりもサッカーに熱心な関心を寄せるサポーターたちが選手を後押しする。政府はサッカーの発展プログラムを「オルズ 2026」と名づけ、2026年のW杯出場を目標に掲げた。「オルズ」とはタジク語で「夢」を意味する。「夢」への足がかりとして、今回のタジキスタン代表は実現可能な使命として、本気で最終予選進出を狙っている。

2015年のW杯予選オーストラリア戦でスタジアムに押し寄せたサポーターたち。チームの強化に伴い、サッカー熱は着実に高まりを見せている


Photos: Getty Images

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Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。