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東大生コーチが実践する、戦術的ピリオダイゼーション講座

2019.08.22

部活動顧問医師サポーター。個性豊かなメンバーたちが交流を深め、日々サッカーについて幅広く学び合っているフットボリスタのオンラインサロンフットボリスタ・ラボ」。活動の目玉の一つとなっているのが、毎月様々なゲストを招いて開催しているリアルイベントだ。

今年5月のイベントではラボの一員であり、東大ア式蹴球部で学生コーチを務めている山口遼さんによる「トレーニング見学&解説会」を実施。彼が実践する「戦術的ピリオダイゼーション」を取り入れた練習メニューを実際に見て、さらにはそのトレーニングの意図を山口さん本人に解説してもらった。

今回は、山口さんがラボメンだけに特別に公開してくれたイベントのレポートをお届け。大学サッカーの現場で最先端の理論がどう実践されているのか、そのエッセンスを感じ取ってほしい。

 東京大学本郷地区キャンパスの中心にたたずむ御殿下グラウンド。このホームグラウンドで火曜日から土曜日にかけて週に5回トレーニングを行っているのは、東京都大学リーグ1部を戦う東大ア式蹴球部(サッカー部)だ。

 今回のイベントでは、彼らのトレーニングを見学するために16名のラボメンバーが東大に集結。東大生たちが汗を流す中、集中してノートを取ったり、立ち上がって食い入るように観察したりと、どのラボメンバーもトレーニングに興味津々だった。

 ラボメンバーの興味をそそるトレーニングを組み立てているのは、同部でヘッドコーチを務める東大生、山口遼さん。鹿島アントラーズのユースから進学した「異色のキャリアを持つ東大生」が選手から指導者へ転身したのはつい昨年のこと。いきなりチームを1部昇格へ導き、今年に入ってからは「ゲームモデル」に基づくチーム分析記事を寄稿するなど、「戦術的ピリオダイゼーション」を独学で研究してきた学生コーチとして多方面で活躍している新進気鋭の指導者だ。そんな弱冠23歳の新世代コーチがトレーニング終了後、「戦術的ピリオダイゼーション」の実践方法をラボメンバーに向けて丁寧に解説してくれた。

「負荷を管理するトレーニング理論」

 「うちのトレーニングのベースには『戦術的ピリオダイゼーション』があります」

 この言葉から始まった山口さんのトレーニング解説。「選手たちに刺激を与え続けるために、結果的に似通ることはあっても同じメニューを使うことはほとんどない」と明かした若き指導者は、日本でも注目を集めている欧州発のトレーニング理論「戦術的ピリオダイゼーション」に基づいて日々のトレーニングを組み立てている。

 「『ピリオダイゼーション』というのはもともとフィジカルトレーニングの用語で、 『身体的負荷』を管理するトレーニング理論でした」

 「『戦術的ピリオダイゼーション』では『身体的負荷』だけではなく、サッカーで発生する『心理的負荷』も管理します。1週間のトレーニングに変化をつけることで『身体的負荷』と『心理的負荷』を管理し、効率良く学習できるようにするんです」

 身体だけではなく頭も使ってプレーする競技であるがゆえに、サッカーでは「身体的負荷」だけではなく、集中・状況判断・意思決定などによる「心理的負荷」が発生する。それらを試合に向けた1週間の中で調整し、選手の学習を最適化させるのが戦術的ピリオダイゼーションの目的だ。東大ア式蹴球部は毎週日曜日にリーグ戦があるため、山口さんは日曜日に照準を合わせてこのように1週間のトレーニングサイクルを設定している。

火曜日:アクティブレスト(60分)

水曜日:特定のテンション(90分)
・少人数
・小スペース
・インテンシティ
・長いレスト

木曜日:特定の持久力(90分)
・大人数
・大スペース
・ゲームに近い状況
・長いプレー時間

金曜日:特定のスピード(75分)
・プレーの実行スピード
・プレーの正確性

土曜日:アクティベーション(60分)
・セットプレー
・心理的負荷が少ない定番メニュー

 このイベントが行われたのは、リーグ戦3日後の水曜日。選手の疲労を考慮して、山口さんは「テンション」を重視したトレーニングを行っていたという。

 「『心理的疲労』の方が『身体的疲労』より取れにくい。水曜日はまだ『心理的疲労』がかなり残っているんです」

 同じ疲労でも「心理的疲労」と「身体的疲労」では回復速度が異なることを解説してくれた山口さん。こうした理由から日曜日に試合がある場合、水曜日のトレーニングでは「人数」と「スペース」をはじめとするトレーニングの構成要素を調整し、心理的負荷を抑えながら身体的負荷を上げるのが戦術的ピリオダイゼーションでは一般的だ。

 「大人数では敵があっちからもこっちからも来る複雑な状況になるので、心理的負荷が高まってしまう。だから、いつもより『少人数』でシンプルなトレーニングを組んでいます」

 「ただ、肉体的にはかなり回復しているので『小スペース』にしています。スペースが大きいと、走る距離が長くなったり、走る方向が直線的になってしまうのでインテンシティが下がってしまう」

 こうした負荷の管理を踏まえ、山口さんはイベント当日のトレーニングの流れを以下のように構築していた。

・ウォームアップ(15分)
・ロンド(10 分)
・6対6+3(15分)

・崩し(15分)
・テーマを含んだゲーム(15分)

 ここで負荷の管理と同時に考えられているのは、戦術的ピリオダイゼーションの肝である「ゲームモデル」の存在だ。

 「うちのチームのゲームモデルではパスが主体となるので、水曜日にしては心理的負荷が高いトレーニングになっています。よりシンプルなゲームモデルなら2対2、3対3くらいの人数のトレーニングになっているはずです」

 ゲームモデルを考慮して水曜日でも心理的負荷が比較的高いトレーニングを構成していることを明かした山口さんだが、そこはトレーニングの構成要素の1つ、「時間」で負荷を調整している。

 「1回のセッションにかける『時間』を45~60秒とかなり短く設定して、集中的に最大出力で取り組んでもらうようにしています。代わりに休憩時間をかなり長くとって負荷を調整していますね」

「予習と復習」を可能にする

 「ゲームモデル」とは、かなり簡潔に言い換えてしまえば「チームとして目指すプレースタイル」。山口さんはペップ・グアルディオラ率いるマンチェスター・シティのようなサッカーを目指しており、このプレースタイルを実現するために局面ごとにプレー原則を細かく定めている。例えば、攻撃の局面の1つであるビルドアップでは「バランスを保ち、かつ相手のバランスを壊しながら、チームとして前進する」という主原則の下、「ボール周辺のロンド(相手の視線を動かす)」という準原則を設定。この準原則には山口さんのロンドへの徹底的なこだわりが表れている。

 「シティ、バイエルン、バルセロナのようにボール回しがうまいチームのロンドは他のチームとは違います。単に隣の人へパスを出すのではなく1、2人を飛ばすパスが多いんです」

 「飛ばすパスを用いると守備側は視線を動かさざるを得ないので、ボールと受け手を同一視野に入れることが難しくなります。そうやって相手の視線を動かし続けることで少しずつ相手の守備組織を崩していけるので、そこはシーズン当初から徹底して取り組んでいます」

 こうした準原則に基づいて「ロンド」や「6対6+3」のトレーニングを行った山口さんだが、前の試合で発見した課題に取り組む「復習」も欠かさない。

 「前節、ライン間で前を向いてボールを受けたのにすぐさまサイドへボールを流してしまう状況が頻発していたので、これを改善するためにライン間での1対1という状況を切り取ってサイドへのパスに制限を加えた『崩し』のトレーニングを組み立てたんです」

 崩しの局面の準原則として設定されている「裏へのランニングとスルーパス」と「ドリブルとワンツー」を促すために、こうして実際に試合で起きた状況を再現しながら選択肢を制限しているという山口さん。一方で、次のリーグ戦に向けた準備をするための「予習」もトレーニングに組み込んでいる。

 「次節の対戦相手の特徴は高いインテンシティ。[4-4-2]でハイプレスを仕掛けてくるチームですから、『6対6+3』でそこを意識させた上で『テーマを含んだゲーム』のトレーニングで『プレス回避』や『ビルドアップ』の確認をしました」

 山口さんが東大ア式蹴球部のトレーニングを例に示してくれたように、ゲームモデルはチームの指針を明確に示すと同時にトレーニングでの「予習と復習」を助けてくれる。日本で注目を集めながらも、複合的で難解な理論であるがゆえになかなか理解することが難しい「戦術的ピリオダイゼーション」。その実践方法を「負荷の管理」と「ゲームモデル」から、わかりやすく解説してくれた東大生コーチ、山口さん。解説終了後にはラボメンバーからの質問に一つひとつ丁寧に答えるなど新世代コーチの「言語化能力」の高さが際立ったイベントだった。

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山口遼戦術東大ア式蹴球部育成

Profile

足立 真俊

1996年、岐阜県出身。生まれもっての“人見知り”を克服するためにアメリカにあるウィスコンシン州立大学でコミュニケーション学を専攻。学業の傍らで趣味として始めた翻訳活動がきっかけとなり、翻訳を通じたサッカーに関する情報発信を模索中。2019年5月、結局“人見知り”のままfootballista編集部の一員に。