セルジュ・ニャブリ。最大の武器は「後出しジャンケン」にあり

バイエルンの右ウイング、23歳セルジュ・ニャブリの評価がうなぎ登りだ。
彼が注目を浴びるきっかけとなったのが、2016年のリオ五輪だ。それまでイングランドで思うような活躍ができなかったニャブリは、この大会で吹っ切れたかのように得点を量産。決勝でブラジルに敗れたものの6得点で大会得点王を獲得、ドイツの準優勝に大きく貢献した。勢いそのままに移籍先のブレーメンでもシーズン2ケタ得点を挙げ、とんとん拍子にバイエルン加入が決まった。
17-18シーズンは、ホッフェンハイムへローン移籍。ウイングを採用しないユリアン・ナーゲルスマン監督のシステムの下、慣れないインサイドMFや2トップの一角を務めることとなったものの、ここでも2ケタ得点を挙げる活躍を見せた。
ここ3シーズン、毎年別のチーム・監督の下でプレーしているニャブリは、その時々で与えられた役割に柔軟に対応してきた。彼の持つ柔軟性は、「与えられたタスクに対応する」だけではなく「状況に応じたプレーを選択する」という意味でも優れており、相手の出方に応じた「後出しジャンケン」は彼の最大の武器となっている。
現在のバイエルンの戦い方は、非常にシンプル。サイドを起点に少ない人数で攻撃を組み立て、抜け出したサイドアタッカーや中央に君臨するロベルト・レバンドフスキにボールを送り込んでゴールを奪うパターンがほとんどだ。そんなバイエルンを率いるニコ・コバチ監督の下でも、 ニャブリ はその特徴である柔軟性を遺憾なく発揮している。
武器を使い分ける「柔軟性」が最大の特徴
彼の武器は、爆発的なスピードだ。一瞬にして敵の背後を突く彼のスピードはディフェンダーに脅威を与える。ディフェンダーにとって最も怖いのは裏を取られることだ。裏を取られたら最短最速でゴールを陥れられてしまうため、最大限の注意を払う。
裏への抜け出しを警戒してラインを上げてこないディフェンダーに対しては、手前で受けてドリブル突破を仕掛ける。縦にも中にも進出できるスピードに乗った彼のドリブルを1 vs 1で止めるのは至難の業だ。
これらの武器を実装している時点で非常に危険なプレーヤーと言えるが、ニャブリの真に恐ろしいところは、これらの武器を使い分ける「柔軟性」である。多くの場合、ドリブル突破を武器にするウインガーは足下で受けるプレーを好む。逆に、裏へ抜けるスピードを武器にする選手は足下やライン間ではそれほど受けたがらない。

しかし、ニャブリはこの両方を武器にしているため、敵に2択を突き付けることができる。裏の警戒と、手前の警戒だ。裏を警戒すれば手前で受けてドリブルを開始。手前を警戒すれば一気に背後に侵入する。

さらにニャブリは、味方を使うプレーとしてハーフスペースに絞って受けるプレーもこなす。ハーフスペースに絞ることで、敵サイドバックに判断を強いる。SBが内側についてくれば、クロス精度の高いキミッヒが空いたスペースを駆け上がり、中央のエース・レバンドフスキに送り届ける。もしくはSB裏へのダイナミックな走り込みを得意とするレオン・ゴレツカが侵入し、ゴールを脅かす。
SBが内側についてこなければ、センターハーフとのマッチアップとなる可能性が高い。そうなればスピード面でのミスマッチが起こり、ニャブリの武器であるスピードがさらに際立つこととなる。
実は難しい、サッカー版「後出しジャンケン」
以上のように、敵の出方に応じて「後出しジャンケン」のように自分の繰り出す手を変えることができる。これが彼の最大の強みである。言葉にすれば非常にシンプルで簡単そうに思える。だが実際のサッカーではそう簡単にはいかない。
この後出しジャンケンを成立させるには「実装」、「認識」、「判断」の3ステップが必要となる。まずは「実装」、複数の強力な選択肢を備えている必要がある。サッカーにおいてグー、チョキ、パーの力関係は平等ではない。選手の能力に応じるからだ。
紙すら裁断できない鈍(なまくら)の刃もあれば、石をも裁断する名刀も存在する。複数の選択肢を備えること自体難しいが、それぞれの選択肢が敵の出し手より強力である必要もある。バイエルンのように、人数をかけずサイドから個人能力で破っていくようなチームであればなおさらだ。
複数の強力な選択肢を備えたうえで、次に必要なのは敵の打ち手を認識する力だ。自身をマークする選手、ボールホルダーの状態、周囲の敵・味方の配置およびスペース。これらを正確に認識し、次に自分が出す手を選択する。刻々と変化する戦況から、スピーディーに判断材料の収集を行なわなければならない。的確な認知を行なうための観察力、冷静さ、広い視野、予測が必要となる。
最終的には、収集した判断材料をもとに、どの出し手を選択するのかを「判断」する。仕上げとなるこの部分に綻びが生じれば、たとえ強力な選択肢を持っていようと苦しくなる。
ニャブリの場合、もともとスピードのある選手ではあったがプレー自体は一本調子、相手に対策されやすい選手でもあった。しかし「認識」と「判断」の部分の成長に伴い、エゴが除かれ、状況に応じたベストの選択ができるようになってきた。無駄の少ない、洗練されたプレーヤーへと進化してきているのだ。
今シーズンにおいては駆け引きの部分に成長が見られる。「最初はグー」ではなく、チョキやパーを見せることで相手にリアクションを促す。要するにこちらからアクションを起こして主導権を握るのだ。
主導権を握られて後手に回るディフェンダーからすれば、彼のスピードに対応するのはさらに難しくなる。
ニャブリは、アリエン・ロッベンのように「わかっていても止められない武器」があるわけではない。しかし「敵に的を絞らせない」という強みを生かし、それぞれの武器を引き立てている。この部分において、彼は現在ブンデスリーガナンバーワンのウイングと言えるだろう。

右ウイングとしての課題
彼の右ウイングとしての課題は、カットインからの左足シュートの精度だ。
彼の右足のシュートは、非常に鋭く強烈だ。左サイドでの起用の場合、右足でファーサイドに巻いたシュートも得意としており、リオ五輪ではこの形で得点を重ねている。2019年3月に行なわれたオランダ代表との試合では、現在世界トップクラスのディフェンダー、フィルジル・ファン・ダイクのマークを嘲笑うかのように見事な得点を挙げている。
しかし、バイエルンで与えられているポジションは右ウイング。その場合、カットインからシュートを放つためには左足を使うこととなる。彼の左足のシュートは鋭さこそ備わっているが、精度は幾分劣る。
上がってくるキミッヒを使ったり、ワンツーで背後に抜けだしたりと複数の選択肢を持つニャブリだからこそ目立ったアラとはなっていないが、ゴールという定量的な成果を挙げるうえで、今後の課題となるだろう。
セルジュ・ニャブリは、状況に応じて適切な出し手を選択する判断力・柔軟性に優れたプレーヤーだ。彼の持つ1枚1枚のカードは強力であり、だからこそ柔軟性が際立つ。
逆もまたしかり。彼は今後、バイエルンを、ドイツ代表を、ブンデスリーガを背負って立つウインガーとなる可能性を秘めている。だからこそ、バイエルン右ウイングの前任ロッベンをはじめとするスピード自慢の選手が悩まされた筋肉系のケガには十分注意してほしいところだ。

Photos: Bongarts/Getty Images
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Profile
とんとん
1993年生まれ、長野県在住。愛するクラブはボルシアMG。当時の監督ルシアン・ファブレのサッカーに魅了され戦術の奥深さの虜に。以降は海外の戦術文献を読み漁り知見を広げ、Twitter( @sabaku1132 )でアウトプット。最近開設した戦術分析ブログ~鳥の眼~では、ブンデスリーガや戦術的に強い特徴を持つチームを中心にマッチレビューや組織分析を行う、戦術分析ブロガー。