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ウィルシャーはなぜ無理した?辛い“ジャックと足首”物語

2019.05.07

“15カ月の離脱は辛かったけど、支えてくれた監督には感謝しかない”(アーセナル時代)

Jack Wilshere
ジャック・ウィルシャー

MF19|ウェストハム
1992.1.1(27歳) ENGLAND

 今季、ウィルシャーは「子供の頃から応援」してきたウェストハムで新たなスタートを切った。新天地では定位置を約束され、大好きなサッカーを楽しんでいるように思えた。しかし開幕4試合に出場した後、足首を痛めて長期離脱を余儀なくされた。約10年間のプロキャリアで、彼がリーグ戦30試合以上に出場できたのは1シーズンだけだ。童話にするにはあまりにも辛過ぎる“ジャックと足首”の物語は、なぜこんな状況になってしまったのか。

 考えられる1つ目の原因はプレースタイルだ。ウィルシャーは、中盤の中央でボールを受けると反転してドリブルを仕掛ける。サイドアタッカーと違って四方八方からタックルを受けることになる。加えて、失ったら危険な位置でもボールを運ぶため、ドリブルが大きくなっても諦めずに足を伸ばしてキープを試みる。小柄なので無理なプレーが増え、結果的に足首を痛めることになるのだ。

開幕直後に離脱すると、昨年12月に1度戦線へ戻ったものの1試合出場しただけで再離脱。4月に入りようやく復帰を果たした

 次に考えられる原因は治療法だ。昨年9月、ウィルシャーは「アーセナル時代に埋めた左足首のボルト」に違和感を覚えて手術を受けた。そして12月には、これまたアーセナル時代にボルトを埋めた右足首を痛めた。彼は毎年のように左右の足首、もしくは連結部の腓骨を痛め、数カ月単位の離脱を繰り返しているのだ。

 悪夢の始まりは2011年7月のことだった。19歳のウィルシャーは、プレシーズンマッチで右足に違和感を覚えた。クラブは当初、靱帯に異常がなかったため全治1週間の炎症と考えた。だがトレーニング再開後も痛みが消えず、詳しい検査を受けて、やっと右足首のストレス骨折と判明した。その後は保存治療を試みたが回復が見られず、初診から2か月後、ようやくボルトを埋める手術に踏み切ったのだ。

 この治療の遅れがどうしても気になる。そもそもウィルシャーは同年6月のイングランド代表戦で足首を蹴られて負傷していた。16歳の頃にも骨折している箇所だ。しかしクラブはすぐに治療をせず、1カ月間のバカンスを許したのである。ベンゲル監督(当時)は「19歳なら休めば治ることがある」と甘く見たようだ。結局プレシーズン中に悪化させ、15カ月も離脱することになった。

 もちろん治療の問題と断定することはできないが、アーセナルが若い彼に無理をさせたのも事実なのだ。ウィルシャーは復帰から半年後に再び痛みを訴えた。だがシーズン終盤、チームは恒例の4位争いに四苦八苦。ベンゲルは「本当に必要な時だけ」と限定しながらも、ウィルシャーを使い続けた。そしてウィルシャー本人もそれを喜んで受け入れた。「離脱中も支えてくれ、回復後はすぐにチームに戻してくれた」と監督に感謝したほどだ。

 早熟な才能の犠牲と言えば聞こえはいいが、本当にそこまで無理する必要があったのだろうか――。

Photos: Getty Images

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アーセナルウェストハムジャック・ウィルシャー

Profile

田島 大

埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。