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池田誠剛が語る、広島。「ここにいる選手たちを鍛え上げたい」

2018.08.15

【短期集中連載】広島を蘇らせる、城福浩のインテンシティ 第七回


2018年におけるJ1広島の躍進を支えた、池田誠剛フィジカルコーチのレポート。後編は、青山敏弘、パトリックというキープレーヤーを再生させ、リーグ随一の高いインテンシティを誇るチームに仕上げたコンディショニングについて伺った。


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劇的だった、青山敏弘の事例。

 水本やパトリックら「池田門下生」の中でも、青山敏弘の事例は劇的だった。

 走れない、動けない。2016年後半から続いた肉体の不調は、プレーの不調へと直結。2017年、チームの低迷に責任を感じ「何とかしたい」と思っても肉体が全く動かず、プレーも改善できなくて、メンタル的にも立て直しが利かない。ギリギリまで追い詰められ、自分がどんなプレーをしたのかすら、覚えていない状況に陥った。

 「アオは責任感が強いですからね。どんな状況でも先頭に立ち続けてきたことで、積もりに積もった疲労が身体を蝕んでいた。でも、アオが中心になってくれないと城福のサッカーも表現できない」

 青山の身体を見た時、池田コーチは「身体のパーツがズレている」と感じた。その事実自体は青山も自覚していて「変わりたい。良くなりたい」と強く願っていた。

 「本人の自覚が何よりの良薬なんです。いくらこちらからアプローチしても、選手が変わりたいと思ってくれないと、変化には時間がかかる。だからケガをした時は、選手をグレードアップさせたいと思っている指導者にとってはいいチャンスなんですよ。良くなりたい、回復したいと思っているから。今季で言えば、千葉(和彦)ちゃんなどがそうですね。アオは成功を収めてきた選手だから、なおさら変化には勇気がいる。でも、彼は変わりたいと言ってくれた。そこは大きい」

 青山の身体は全身が機能不全に陥っていた。筋肉量をつけ、パワーを増幅させる。そのトレーニングが正しいと信じてやってきた。筋肉を機能させるなんて、考えることもなかった。だが、その考え方のままでは、もはや立ちゆかなくなることも自覚していた。

 池田コーチの見立てを紹介しよう。

 「足首、膝、股関節、背中。全てがうまく流れていない。連動・連結していないんです。どこからどうほどいてあげればいいのか。ウチのメディカルからケガの既往歴を聞きつつ、いろんなことを考えた。

 今の時代の傾向として、筋肉量を強く求めてその機能性を考えないトレーニングが増えている。機能性を高めるよりも、まずはトルク、パワー。でも、筋力が弱いということは筋肉量の問題ではなく機能性の問題、動作が間違っていることが少なくないんです。関節をどう使うか、どういう姿勢で動作を行うか。そこを考え合わせて筋肉量をつける方法を実践するのであればいいんだけど、弱い→強化という短絡的な思考に陥ると難しくなる。ある日突然、ドカンと壊れてしまう可能性も高い。例をあげれば久保竜彦のような柔らかくて強くて豹のような身体ができれば、理想なんですけどね。

 自分で気づいてアクションを起こして、トレーニングをする。この流れが一番いいに決まっている。でもその『気づき』から誤った方向に動いてしまっている選手に対して方向を正し、舵を取ってやるのが指導者の仕事です。もちろん、その方向は同じになるわけがない。選手の特性を見抜き、いち早く修正する。そこにコミットしないといけないんです」

 青山の課題は足関節、膝、股関節といった地面に近い(それが故に機能障害を起こしやすい)関節のバランスをとること。そのためには特に姿勢を矯正しないといけない。右にも左にも偏らず、軸もブレないように。ただ、言葉では簡単に聞こえるが、道筋をつけるのは簡単ではない。

 たとえば自転車トレーニングである。競輪選手がよく行なう練習だが、3本のローラーの上に自転車を乗せ、選手が漕ぐことでバランスを保ちながら車輪を回転させる。今まで広島ではやったことのないメニューだ。このローラートレーニングによって、何が見えるのか。

 「自転車に乗ると身体は自然とバランスをとるようにするから、悪いところをかばうようにする。そのことによって、身体のことが見えてくるんです。たとえば背中の筋肉がきれいな波を打つように乗れるといいんですけど、アオの場合はそうではなかった。背中がガシッとなって動かないんです。どこかで筋肉が収縮している状況が続くと痛みのシグナルが出て運動をやめさせようとする。人間の肉体は、そういう感じにできているんです。

 アオの身体は、高度なセンサーがついている。異常があると自分で修正しようとしていく感覚を持っているんです。だからこそ、一つ一つの機能を修正してやると、どんどん変わってくる。背中が動き、左右差も是正された。僕の感覚とアオの認識も合っている。だからこそ、前にいけるんです」

 第1節、青山のスプリント回数はわずか4回。それが第3節の鹿島戦では9回。第4節磐田では12回。第13節の対神戸戦では17回と今季最多を数えた。昨年、二桁のスプリントを重ねた試合はほとんどなかっただけに、状態の向上は明白だ。だからこそ、日本代表復帰は本当に喜ばしいことだったし、膝の状態悪化による離脱が悔しい。ただ、青山は池田コーチに心酔、常に彼とコミュニケーションをとって指示を仰ぐ姿は、今も変わらない。

 「アオは予測能力も高い。だから、相手のパスコースを読み、そこにチャージするスプリント能力を90分間、100%できる身体にしてやりたい。まだまだ発展途上、まだまだ良くなる」


パトリックは、何よりも貪欲だった。

 もう1人、昨年とは全く違うコンディションを見せている選手がいる。言うまでもなく、パトリックである。昨年は、トレーニングすら満足にできなかった。1週間のトレーニングを満足にできたのは数えるほどしかなく、試合前日以外はクラブハウスで治療とジムワークに専念していた日々が続く。甲府やG大阪の時に見せていた走りに走り、戦いに闘うフィジカル・モンスターの姿はほとんど見られなかった。それでも4得点をあげてJ1残留に貢献した。

 「今年は本当のパトリックを取り戻す」

 強い決意をもってオフにトレーニングを積み重ねてきたパトリック。だが一方で前十字靱帯を断裂した右足の状況は決して楽観視できるものではなかった。

 池田コーチはまず、メディカルスタッフから昨年の状況をヒアリング。リハビリが十分ではなかったことを把握した。そしてパトリックが渇望する復活の意欲を確認すると、彼の気持ちを促進するようなトレーニングを組んだ。走り、筋トレ、サーキット。厳しい負荷のかかるメニューにパトリックは耐えた。

 「それも彼が、もっとパフォーマンスをあげたいという意欲が高かったから。何よりパトは貪欲でしたね。自分のレベルを上げたいという気持ちがこみ上げてこないと、簡単に状態をあげることはできない。本当に変わるためには、巨大な力が必要なんです。パトリックには、それがあった。だから、トレーニングを間違わない限り、状態は上がってくる。

 身体は脳、つまり心が司っているもの。そこを盤石にした選手が伸びていく。継続は力だし、やめずにコツコツと積み上げれば、トレーニングからとてつもない成果が得られるものなんです。全ては積み上げ。すぐに痩せるとか力がつくとか、そういううたい文句のトレーニングには、裏に何かがあるんですよ(苦笑)。

 メンタル面でのアプローチは、やるべきことを続けるために人間という土壌を耕すようなもの。それをやっていくには、まず選手を見る必要があるんです。その上で、いろんなアプローチを使って耕していく。時には褒め、時にはダメを出す。そういう観察力、洞察力のない指導者は壁にぶち当たるものです。

 あとパトリックについて言えば、僕も同じように前十字靱帯を断裂した経験があるんですよ。だから、リハビリの推移もそうだし、このトレーニングをすればこうなるということも、だいたいわかっている」

 2月1日、タイキャンプ2試合目のトレーニングマッチ、対パタヤ・ユナイテッド戦、32分でパトリックは交代する。ベンチ横で右膝をさすり、アイシング。もしかしたら。見ている側は戦慄した。またも、やってしまったのか、と。

 「あれは、想定内だったですね」

 池田コーチは余裕をもっていた。

 「パトリックがどこまて耐えられるか、ということを見ていた。膝に水がたまっていた状態の中で、それでもすごくやっていた。リミットはもっと上なのか、とこちらが感じたくらいで。その後、ムアントン戦でもプレーできていたし、自分たちの見立てが間違っていないと確信しましたね。自分の経験値とも合致していたし、想定していたレベルだったので。だからこそ、シーズンが始まった後のレベルアップも(プレシーズンから)予想できていた」

 ただ、チーム全体のコンディションについては、激しく厳しいトレーニングを続けても、どうしても開幕戦には間に合わない。城福監督と池田コーチは協議を繰り返し、現実を見据えた。


ベースができていれば、超回復は可能。

 「開幕戦の週もプレシーズンと同じトレーニングを続けよう」

 試合のためのコンディション調整などを考える余裕はなかった。今季はワールドカップのため6月の試合がなく、そのシワ寄せは開幕時の連戦となって現れた。15連戦。未曾有とも言える戦いの連続。カップ戦とのターンオーバーを実行しても、リーグ戦3連戦や5連戦という日程もあった。連戦中はトレーニングがどうしても調整中心になり、強度を高めることができない。だからこそ、どうしてもプレシーズンでベースをつくっておかねば戦えなくなる。

 「開幕戦が勝ち点10を懸けた試合だったら、何が何でも勝たないといけない。でも、勝っても他の試合と同様に3ポイント。シーズントータルで考えないといけない。ただ、そういう状況下でも開幕に勝って、その後の浦和・鹿島と連勝したことは本当に大きい。それは選手たちが去年の辛い思いを跳ね返そうと努力し、J1で戦えるという事実を喜びに変えて戦ってくれていること。そこがプラスに転じたのかもしれない」

 それにしても、15試合12勝1分2敗勝ち点37という数字は尋常ではない。特別に変わったことをやっているとは思えないし、華麗なパス回しや破壊力満点の攻撃を見せているわけでもない。最先端の戦術を用いているわけでもないから、いわゆる戦術クラスタたちの評価も仙台や横浜FMほどには取り立てて盛り上がらない。「守ってばかり」「支配率が低い」と取り沙汰されても15試合22得点(リーグ3位)という数字が批判を抑え込む。「パトリック頼み」という評判にしても、彼が得点しなかった試合が5勝1分2敗という成績を持ち出せば簡単に封じ込められる。

 「どうして広島は強いのか」
 「運がいい」

 そういうことを真面目に言う記者も決して少なくない。

 ただ、そういう人々であっても、インテンシティの高さ、球際の強さは否定できない。「靴一足分の寄せ」を実現できるのも、それが可能な肉体あってこそ。稲垣祥に代表されるように、1度いなされても食いつき、振られてもかわされても食い下がって最終的にはブロックしたりボールを奪うなどは、気持ちや魂だけではできない。無理の利く身体がないと、切れがつくれる肉体でないと。

 「1試合が終わった後の疲弊感は、他のチームと比較して少ないかなとは思いますね。トップスピードを繰り返す間欠的なプレーが1試合で何度、繰り返すことができるか。そこには総合的な身体能力が求められるんだけど、少なくともベーシックなところがしっかりとしていれば、疲労は回復してくるんです。ベースができていれば超回復(強度の強い運動から回復した時に身体が強くなっている状態)は可能ですし、コンディションは右肩上がりに上がってくる。

 プレシーズンからずっとこだわってやっているケツトレ(相撲の四股を踏む形から腰をしっかりと落とし、股を割るような形から様々な運動を行なう。やってみればわかるが、かなり厳しい)も、低姿勢からさらに身体を立て直して次の運動に向かうことをデザインして積み重ねてきたんです。

 もちろん、コンディションは千差万別で、試合によっても選手によっても違ってくる。たとえばサポーターのみなさんが選手の状態をチェックしようと思ったなら、その選手の得意なプレーがどれほど出ているか、そこを見てほしいですね。柏好文ならカットインからのシュート。そのリズムやタイミングがどうなのか。パトリックならランニングの加速やヘディングの高さ。そういうプレーの質や頻度を見てもらうと、選手が疲れているかどうかの秤になる。もちろん、チームとしての役割もあるから一概には言えないけれど、目安にはなると思います」

城福浩を男にする。ただそれだけの気持ち。

 横浜FMで栄光を手にし、韓国代表ではロンドン五輪銅メダルに貢献。ワールドカップのブラジル代表に帯同した経験も持ち、韓国サッカー界のレジェンド・洪明甫からも絶大な信頼を得ている日本のフィジカルコーチの先駆者。まだ「フィジカルコーチ」という役割が確立されていなかった頃から強い気持ちでこの分野を志し、ブラジル代表やミランなどでも研鑽を重ね、経験を積んだ男が今、広島にいる。

 「いつの日か城福が日本代表の監督になり、自分と一緒にやりたいと言ってくれるのであれば、日本代表のフィジカルコーチとしてサッカー界に何かを返したいというは気持ちはある。韓国代表での経験を、いずれ日本代表で活かすことができたら幸せですね」

 そんな言葉を聞いた時、これほどの指導者ならば日本代表で闘ってほしいと素直に思えた。チームの結果の50%以上はコンディションが左右する。それは「維持」だけでなく「向上」も含めて。短期間でそれができるフィジカルコーチは数少ないが、韓国でも広島でも池田誠剛はその力を見せ付けた。そんな実績者が、今、広島でのチャレンジを楽しんでいる。

 「かつて所属していた1990年代のジェフ市原(現千葉)に似て、広島には若い選手を育成してチームを育成しようという目標がある。昔に戻ったみたいな、懐かしさがあるんです。だからこそ、ここにいる選手たちを鍛え上げたい。若い選手も経験のある選手も。パフォーマンスが上がらない、壁にぶつかっている、身体が動かない。そういう選手たちにアプローチして、成長の実感を味わわせてやりたい。一人一人をじっくりと見てやりたいんです」

 城福浩を男にする。ただそれだけの気持ちで、池田誠剛は広島にやってきた。城福との友情なくして、彼はここにはいない。ただ、友情が仕事に役立つためには、互いがその能力をリスペクトしつつ、議論をかわし合いながらも、互いの仕事の領域や立場を明確にする姿勢が大切だ。西郷隆盛と大久保利通は、そこのラインの引き方が見事だったからこそ、共に明治維新の礎となれた。西南戦争は互いにとって残念であっただろうが、それでも幕末に見せた親友同士のコンビネーションは圧巻。そしてそれは、城福浩と池田誠剛のコンビでも言える。

 「フィジカルの領域は監督にとって目が届きにくいところ。そこで様々なインフォメーションをとり、監督のやりたいサッカーを具現化できる選手の状態に仕上げる。それが自分の仕事なんです。その仕事の中で、城福とはよく議論を闘わせていますよ。でも僕は彼を監督としてリスペクトしていますから。彼は指導者としてクオリティが高いし成功してほしい。そのためには僕だから言えること、僕でないと言えないこともあるし、逆もある。彼は監督として、僕はフィジカルコーチとして、ナンバー1になりたいですね」

 一度は共に挫折した親友同士が力を合わせ、やはり大きな挫折を経験したチームを立て直して、栄光を握る。そんなシナリオを書けば、今どきは映画にもドラマにもならない。「友情・努力・勝利」の少年ジャンプですら、ベタすぎて無理かもしれない。でも、そういう物語を広島で紡ごうとしている2人の男の戦いを間近で見ている。そんな現実を、誇りに思いたい。




【短期集中連載】広島を蘇らせる、城福浩のインテンシティ

第一回:城福浩の時計は、2016年7月23日で止まっていた(前編) …8/7
第二回:城福浩が語る、選手育成。「ポジションを奪うプロセスこそ、成長」(後編) …8/8
第三回:稲垣祥、「連続性」のモンスター。広島を動かす中盤のモーター …8/9
第四回:覚悟を決めた選手でないと、広島ではやれない。足立修(広島・強化部長) …8/10
第五回:GK林卓人(広島)。寡黙な男が語る、雄弁なプレーのすべて …8/13
第六回:池田誠剛は、城福浩を男にしたい。「正当な評価がされなければ、日本の未来はない」 …8/14
第七回:池田誠剛が語る、広島。「ここにいる選手たちを鍛え上げたい」 …8/15


Photos: SIGMACLUB
Edition: Daisuke Sawayama

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Jリーグサンフレッチェ広島池田誠剛

Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。