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クラブW杯を民間資本に売却?FIFAの壮大な2つの新大会構想

2018.06.11

CALCIOおもてうら

4月9日付の『ニューヨークタイムズ』紙が、「謎の投資家グループが250億ドルでFIFAにクラブW杯を含む2つのトーナメント共同開催をオファー」というスクープを配信、話題と憶測を呼んでいる。

 記事を書いたのは、FIFA回りをはじめとするフットボール・ポリティックス、フットボール・ビジネスに関しては世界でも指折りのエキスパートであるタリック・パンジャ。AP通信社、ブルームバーグを経て昨夏からNYTロンドン支局で活躍する敏腕記者で、FIFAスキャンダルや移籍市場関連(TPOなど)でも重要なスクープ記事をものにしている。

 その後の同紙や『フィナンシャル・タイムズ』などによる後追い報道も含めて見えてきたのは、おおよそ次のような事実だ。

FIFAが新大会の開催権を売り渡す?

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・投資家グループは今年初め、ジャンニ・インファンティーノ会長に対して、クラブワールドカップ(24チームに規模拡大・以下FCWCと略記)、グローバルネーションズリーグ(新設・以下GNLと略記)という2つの国際トーナメントの共同開催を提案、そのロイヤリティとして総額250億ドルをオファーした。
・インファンティーノ会長は、3月にボゴタで行われたFIFAカウンシルで、理事に対してこのオファーの内容について説明した。そこで明らかにされた2つのトーナメントの構想は以下の通り。
・FCWCは開催を4年に1回とし、実質的にコンフェデレーションズカップを置き換える。規模は現在の7チームから24チームに大幅拡大、そのうち少なくとも12枠はヨーロッパに与える。
・GNLは、今年9月にスタートするUEFAネーションズリーグのワールドワイド版と言うべき代表チームによるリーグ戦で、こちらは隔年開催。UEFAが昨年11月、FIFAに対して近い将来の創設を提言していた。
・投資家グループは、ロンドンに本拠を置く投資プラットフォーム「セントリカス」によって組織されており、アジア(中国、日本)、中東(サウジアラビア、UAE)、アメリカの資本が参加しているとされる。その中で唯一具体的な名前が出ているのが、日本のソフトバンク。
・投資家グループは60日以内の回答を求めており、それを受けたインファンティーノ会長は4月半ば、UEFAなど傘下の大陸連盟に対し5月初めにもこの問題について話し合うための緊急理事会を開催したいとするレターを送付した。
・UEFAとヨーロッパのメガクラブはこの構想に反対の立場だが、アジア、北米、南米の大陸連盟は好意的な立場を表明している。

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 この動きは、二重、三重の意味で「異例」のことだ。

 まず何よりも、FIFAが自らが主催するビッグトーナメントの開催権を第3者に「売り渡す」という事態は、過去にまったく例がない。

 FIFAにとってW杯をはじめとするビッグトーナメントは、最大の資金源である。4年に一度のW杯がもたらす放映権料収入は、それだけで4年単位の総売上高の70%以上を占めている。90年代末以降、コンフェデレーションズカップやFCWCという新たなトーナメントを設立したのも、W杯に続く新たな収入源を作り出すことがその大きな狙いの1つだった。ビッグトーナメントを主催しその放映権、スポンサー、チケットなどから収入を得るというのが、1990年代から現在までの20年間にFIFAの総収入を20倍にも膨れ上がらせてきたビジネスモデルだった。

 しかし今回のオファーは、投資家グループとFIFAが共同出資で運営団体を設立し、株式の51%をFIFAが保有、投資家グループはFCWC3回(+GNL4回)について総額で最低250億ドルをFIFAに保証するというもの。FIFAはトーナメントの開催権を事実上投資家グループに丸投げする形で売り渡し、それと引き替えに一定のロイヤリティを受け取るという、これまでとはまったく異なるビジネスモデルである。

 これは仕組みとしては、国際自動車連盟(FIA)主催でありながら、フォーミュラ・ワン・マネジメント(FOM)という別団体によって興業として運営されているF1グランプリと同じだ。FIFAは開催・運営方法やレギュレーションについて発言権や拒否権を持つだろうが、トーナメントのあり方としては「スポーツの論理」よりも「ビジネスの論理」がより優先される方向に向かうことは、容易に想像できる。投資家グループにとってこれはあくまで「ビジネス」であり、世界のトップクラブが一堂に会するビッグイベントから最大限の利益を生み出すことが最大の目的となるのは当然のことだ。

 例えば4年に1回の開催となるFCWCでは、出場24チームのうち少なくとも12枠をヨーロッパに割り振る構想だとされている。しかもその中には過去4シーズンのCLファイナリストが含まれるのだという。毎年少なからずメンバーが入れ替わるクラブサッカーにおいて、4年前の成績を元に出場権が決まるというのは、少なくとも「スポーツ的」な観点から見れば馬鹿げた話だ。しかし、毎年CLでベスト8、ベスト4に進出するメガクラブをもれなくすくい上げようとするならば、うまいやり方には違いない。

謎に包まれた「グローバルな投資家グループ」

 もう1つ異例なのは、開催の主体となるべき投資家グループの「不透明性」だ。報道の中でも『フィナンシャル・タイムズ』がソフトバンクとセントリカスの名前を出しているのを除くと、出資者は匿名であり、中国、サウジアラビア、UAE、アメリカという国籍が挙げられているだけだ(その意味でグローバル資本と呼ぶことはできるが)。ボゴタでのFIFAカウンシルでインファンティーノ会長が理事に対して行った説明自体、すべてが口頭によるもので資料は一切なく、投資家の正体についても守秘義務を盾に明かされなかった。

 FCWC、そして新たに創設するGNLのような世界的なビッグイベントを運営し、そこから巨額の利益を得る当事者が匿名だというのは、決して好ましいことではない。フェアプレーを旨とし、その社会性、公共性ゆえに様々な優遇措置を受けているサッカーというスポーツを代表するコンペティションに、アンフェアな手段で生み出された不透明なカネが流れ込んでくる可能性、そうした資金によるビジネスの舞台となる可能性を容認していいのか、という倫理的な問いかけはされて然るべきだ。

 実際3月のボゴタでFIFAカウンシルのメンバーは、出資者の正体が明らかでないことを理由に、インファンティーノの提案を受け入れそれを議論の対象とすること自体を拒否したとされている。インファンティーノはそれに対して当初、6月のW杯開幕直前にモスクワで行われる次回のカウンシルで議論し結論を出したいとしたが、水面下のネゴシエーションで何らかのメドが立ったのか、それともその逆なのか。

 昨年12月に上梓した『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』のエピローグに、筆者は次のように書いた。

 「この四半世紀に大きく進展したフットボールの産業化、そしてグローバリゼーションの波は“プラネット・フットボール”を大きく変容させてきた。オリンピックをもしのぐ世界最大のスポーツイベントとなったW杯は、その急速なビジネス化の過程でFIFAを腐敗させると同時に、政治・外交的な思惑が交錯する大国のパワーゲームの舞台ともなっている。CLに代表されるクラブサッカーにもその波は及び、欧州タイトルを争うメガクラブは今やグローバル資本の支えなしでは競争力を保てなくなりつつある。移籍市場が象徴するように、フットボール・ビジネスそのものが『利回りのいい投資案件』として、利益を生み出し吸い上げることを目的とする『第三者』に蚕食され始めてもいる。“プラネット・フットボール”が、国際的な政治・外交とグローバル経済の巨大な枠組みの中に取り込まれ、組み入れられてしまった今、この大きな流れを止めることはもはや不可能だろう。それが今後さらに加速していくのか、それとも緩やかになるのかも、現時点ではまだわからない」

 しかしこれを書いた時点でも、ほんの数カ月後に、FIFAのビッグトーナメントを丸ごと買い上げようという多国籍のグローバル資本が現れ、その正体すら公にされないまま、W杯を含む今後のビッグトーナメントのあり方を大きく左右する重大な意思決定を、これだけの短期間でFIFAに迫るなどという事態が起こるとは、まったく想像すらできなかった。もしかすると今われわれは、歴史的な転換点を目の前にしているのかもしれない。


Photos: Getty Images

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。