SPECIAL

JFAは「消極的な勝利至上主義」オーダーなき発注者が誤解を生む

2018.04.13

[W杯座談会 後編]西部謙司×河治良幸×浅野賀一


ハリルホジッチ解任の是々非々と彼のサッカーの是々非々は分けて考えるべきだろう。それらが混在した状況で議論してもまったく噛み合わないことになる。前者の議論はひとまず出尽くした感もあるので、ここではベルギー遠征の最中に「彼のサッカー」について議論した月刊フットボリスタ第56号掲載の座談会を特別公開する。この時点ではハリルホジッチ指揮でW杯に臨むことを想定していたが、問題の本質はまったく変わっていないので是非読んでほしい。


←前編へ

● ● ●


サッカー協会に求められるビジョン


西部
「前回大会について言えば、香川と本田を軸にしたチームがあって、それで2試合やったと。3試合目は大久保と青山を入れてまったく違うチームと言っていいほどになっている。評価の軸は1試合目2試合目と3試合目は実はそれぞれ違っていて、内容を見ないで一緒くたに『自分たちのサッカーはダメだった』という評価になってしまっているけど、技術委員会の人たちは1試合目、2試合目、3試合目は別物でそれぞれの評価をしてそれで次の代にどう繋げるかを考えなければいけなかったんだけど、結局まとめてしまった」


河治
「そうですね。結局ショートカウンターをしていかなければダメだと軸が対極の方へ行ってしまった」


西部
「そういうのは表面的な話で。デュエルが足りないとか、それは足りないかもしれない、縦に速い攻撃もなかったかもしれない。チャンスがあるのに生かせなかったのもあるかもしれない。でもそれよりも日本はどういうプレーをしてどういう攻撃をして、その結果どう守らなければいけないのか。またはその逆でどう守るためにどう攻めなければいけないか。それでどのくらいのレベルでどういう試合をするのか見通しがまったくない。そこにビジョンがなく、ビジョンがないから継続性もない。だから監督に全部お任せになってしまう。日本サッカー協会の方針っていうのは、消極的な勝利至上主義なんですよ。勝ってる限りは何でもいいというスタンスしかない。これをやってくれというリクエストもない。だから前の監督が失敗すると平気で真逆のサッカーが始まる」


浅野
「ハリルホジッチもサッカースタイルのリクエストはされていないですよね、おそらく」


西部
「ハリルホジッチとかその時々の監督はその任期の間に結果を出したいわけだから。何も言われなければ自分のやりたいように勝てそうなことをやりますよ」


浅野
「逆に今の戦力でW杯でグループステージ突破を目指すんだったら、今やっているブロックを作ってカウンターが1番合理的と判断をしているということですね」


河治
「それに選手が割と納得している。好きか嫌いかは抜きにして。例えば原口とか大迫とか欧州の中でそれをやってなんとかバイエルンやドルトムントに対抗しているチームの選手たちは」


西部
「おそらく納得している人と納得してない人が混在していて、香川とかあの辺の世代の人たちって『サッカーを楽しくやりましょう』っていう教えられ方でずっと来ているんじゃないかと思うんです。だけどハリルホジッチが監督をやっていたフランスの選手ってはっきり言って仕事でやっている奴が多い。『食ってくために絶対勝つ』っていう、ハングリー精神と言えばそれまでだけど『サッカーを楽しくとかそんなの関係ない』。そんなのはメッシがやれっていう。だからハリルホジッチ監督のやり方に、嫌々従っている人、疑問を持っている人、割り切ってやっている人がいるのかなと思います」


河治
「確かに現時点でのA代表がベスト16、ベスト8を目指そうと思ったらこういうサッカーをするというハリルホジッチのやり方と、育成年代で10年後を見据えて考えた時にどうするかは分けて考えるべきですよね」


西部
「そこは分けて考えていますが、とにかくビジョンがない。『俺たちはこれでやるよ』と決めます。そうすると他のものは排除するかもしれない。いろいろなサッカーがあり考え方がありますが、全部にいい顔はできないんですよ。技術委員会はまずそれを決めることです。そこが決まっていない。現状ではハリルホジッチのサッカーを肯定するしかない状況です。今は負けたら監督のせいにできます。やり方は全部監督に任せているので、実際責任はないわけです。結局、世間的には監督が悪かったという感じで話が終わって、じゃあ次の監督ですということでうやむやになってきた。最初に決めていないから反省ができない。総括しても表面的なところだけになります」


浅野
「ハリルホジッチとしてはボールを持ってもフィニッシュが決まらないじゃないか、前に行ったら守れないじゃないか、というところであのサッカーになってるということですよね」


西部
「だってホームでシンガポールに0-0で、その後UAEに負けているわけじゃん。ボールを持って」


浅野
「同じ展開で負けましたね」


西部
「こんな生産性の低いサッカーをやっていては無理だと思うのはむしろ自然です。それはさっきも言ったけど終点が決まってないから。ずっとボールは持てます、ボールは持てるけどどうやってゴールを決めればいいのかがないから、ただボールを持っているだけなので逆襲されやすい」


浅野
「それは監督の責任もあるんじゃないですか?」


西部
「だから、オーダーがないから監督はそのサッカーで生産性を上げなければならない義理はないわけ。ある意味、ハリルホジッチの方向転換は的確であり同時に安易です。ハリルホジッチは得点へのアドバイスはしていますが、そんなの1つ2つ入れたところですぐに効果が出るわけがない。ボールを保持して点を取るということに関しては、諦めたと言っていいんじゃないでしょうか」


浅野
「河治さんも言っていましたけど、日本のミクロな崩しの良さを出したいですよね。ポジションを崩して狭いエリアをコンビネーションで抜けるのは良さでもあると思うんですけど、そこでボールを失った時の守備バランスの悪さは裏表の弱点としてある」


河治
「ハリルホジッチのチームはサイドからクロスを入れた時に、ちゃんと3人ぐらい入っている。ザッケローニの残り1年ぐらいでいうと結構人数をかけて攻めている割には誰も選手が入り込んでないとか結構あって。秩序というところでいうとハリルホジッチの方がシステマティックな攻撃ができていて、守備に戻りやすいんですよね」


浅野
「ハリルホジッチはポゼッションを否定する演説をしたり、デュエルを重視する演説をしたりしましたけど、あの意図というのは?」


西部
「諦めたことへの言い訳と、そうでないサッカーもあるよということでしょうか。マリ戦を見ていてもポゼッションをすべて否定していないのはわかると思いますよ。マリ戦は[4-2-3-1]でやって宇佐美と森岡と大島を使ってどうやって守備するのかというと、まずは押し込むってことなんですよ。押し込んで前向きにプレスしていかないとあのメンツだと守備にならないはずなんで、そんなに縦に急いでないですよ。それをセネガル戦で頭からやるかというと個人的にはやらないと思うんだけど、ただ流れによっては想定している戦い方の1つだと思う」


浅野
「要するにハリルホジッチは堅守速攻だけのサッカーとか、ブロックを作って縦に速いサッカーだけをやろうとしているだけじゃなくて、すべてのケースを想定して準備していると。そこは前回の課題でもありましたしね」


西部
「それは当然。ベースとしては堅守速攻の縦に速いサッカーなんだろうけど試合の流れによっては変えなければいけませんから。そもそもハリルホジッチという監督は勝てば何でもいい人なの。堅守速攻だろうがポゼッションだろうが、本当はどっちでもいいんだよ」


「本田問題」の背景にある大きな溝


浅野
「その国に向いたサッカーをするのとW杯で勝ち進むのは別のことだと思うんですが、その前提の上でE-1だったり、最近の日本代表戦を見ていて、Jリーグの中から平均して良い選手を選んでハリルホジッチのサッカーをいきなりやるとダメなわけじゃないですか」


河治
「まるでダメですね。でもその中でE-1には意味があって、ハリルホジッチは試合中ほとんど指示を出していないんです。最終予選のオーストラリア戦はテクニカルエリアで一挙手一投足に指示していたのに、完全にベンチでふんぞりかえって見ている。そこでサンプルを収集して4、5人ものになりそうな選手を見つけられた。それで世論は敵に回してしまいましたが」


西部
「ファンがうんざりするのも無理はないと思うよ。なぜかというと、これから見るであろうサッカーはハリルホジッチのサッカーなんです。対戦相手を分析しないで素の状態で試合をやったらどうなるか。問題なのはハリルホジッチのチームに日本サッカーの平均的な選手を当てはめると弱いこと。最終的に最後の3週間で整えて戦える形にして臨むにしても、1番大事なのはチームの力の7割8割を占めるのは素の状態での力。マリ戦、ウクライナ戦で見せたものです。その部分に何を上乗せしていくのか。現在のチームは、監督が後で上乗せしやすいようにベースを作ったので、ベース自体が下がってしまっている。これに上乗せはするのでしょうが、いわば自作自演です」


浅野
「ただ1個だけフォローしてあげたいのが、育成年代からああいうサッカーをやってないんですよね」


西部
「そうそう。素の状態で良いものを出すには選手に合ったやり方をしていかないと力は出ません」


河治
「だから結局、ザッケローニのメンバー固定と逆のように見えて、ハリルホジッチのサッカーの中で機能させられる人間は限られているんですよね」


浅野
「そんなにいない。原口とか大迫は良いんですよね」


河治
「本田や香川にこの期間だけやってくれと言って3、4試合やるだけなら、彼らはできるかもしれない。基本的にはそうなんですよね。現時点のメンバーリストは35人と言っているけど、正直35人もいないんじゃないかな」


浅野
「逆に言えば、ハリルホジッチはJリーグのインテンシティの低いサッカーは何なんだと思っているでしょうね」


河治
「それは間違いないです」


西部
「今の代表チームにラモス瑠偉がいたら『こんなのやってられるか』って辞めているんじゃないかな(笑)。98年のフランス代表はそういう存在のカントナを排除しておいてデシャンとかブランとかデサイーとか中心になる選手を後ろの選手にしておいてまとめた。カントナがいたらジャケ監督は守備ベースのチームはできなかったと思う」


浅野
「本田との関係もそんなところがあるのかもしれませんね」


西部
「ハリルホジッチは本田と話した方が良いんじゃないですかね」


浅野
「結構監督と反対のこと言ってますからね」


西部
「本田の意見も取り込むつもりなら話し合った方がいい。そうでないなら監督は2人いらないわけで。選手の意見をまったく聞かないタイプの監督もいますが、ハリルホジッチはそうでもない気もするので」


河治
「本田が言うにはハリルホジッチの戦い方そのものはわかるんだけど、自分は30回も縦にスプリントできる選手じゃないからと言っていますよね」


西部
「それは監督もわかっていると思いますよ。チームとしての今のやり方はこうだからということで監督のリクエストがあるでしょうから。選手はそれにできる範囲で合わせるしかない。それ以外の本田の力をどう使うか、使う気があるのか。使う気がないなら『じゃあ、俺じゃないでしょ』という判断が本田にあっても不思議ではない」


マーケットインとプロダクトアウト


河治
「仮にハリルホジッチで結果が出せたとして、その後の日本サッカーがこういうサッカーをしようとはならないだろうと思う。相手の対策をしっかりやっていこうというのは教訓として得るかもしれないにしても、ハリルホジッチのサッカーが日本のサッカーになることは多分ないでしょう」


浅野
「ハリルホジッチのサッカーで結果が出る可能性もあると思うんです。じゃあ、その後日本はどうするのかも重要な問題ですよね」


河治
「基本的には代表選手は欧州でプレーしているのが現状ですよね。だから欧州サッカーのトレンドはより強くなっていくと思います。その上で、横浜F・マリノスだったりベガルタ仙台だったり、柏レイソルだったり、全体のスペースを考えながらサッカーができているチームも現れ始めている」


浅野
「ハリルみたいなやり方をするチームがJリーグにも出てくるかも?」


西部
「考え方としては名古屋グランパス社長の小西(工己)さんが言っていたのですが、車を作る時にマーケットインとプロダクトアウトという2つの考え方があって、マーケットインは市場を調査して売れそうな車を作る、いわゆるトレンドに迎合する形。もう1つプロダクトアウトっていうのは今市場にまったく需要がないんだけれども、自分たちが必要だと思うもの、あるいは自分たちが面白いと思うものを自分主導で作り、それを市場に問う。プロダクトアウトには作り手側の傲慢さは否めない部分もある。W杯でベスト16に入りたいならマーケットインでいいと思います。けれどもベスト4を目指すならプロダクトアウトじゃないと難しい。世界のトレンドを追う際に、いろんなトレンドのどれに合わせるかは別として、そこにマーケットインにするのか、それともプロダクトアウトにしてオリジナルなものをプラスしてぶつけていくのか。どこまで行きたいかで選択は変わってくると思う」


浅野
「今のハリルホジッチのやり方はマーケットインですよね」


西部
「完全にマーケットイン。しかもグループステージ限定ぐらいのという感じですね。W杯のコロンビア、セネガル、ポーランドという市場限定の(笑)」


浅野
「超マーケットイン(笑)。ただ、それが成功すれば大きいですからね」


西部
「それで抜ければハリルホジッチは次の対戦相手を見てそれに合ったことを考えるから、超マーケットインです」


浅野
「それで間違っていないかなという気もするし、ちょっと物足りないかなというところもあるし、難しいところです」


西部
「それでいけるのは運が良くてもベスト8まで、それ以上は相手を驚かせるものがないと難しいですよ」


浅野
「風間さんはそれを目指しているんでしょうね、名古屋は」


西部
「風間さんは完全にプロダクトアウト型ですね。協会のスタンスとして自分たちのやりたいサッカーをやってもグループステージを突破できないという現実を目の前にした時にそれでも良いと思うのか、それでは駄目だと思うか。逆に日本のサッカーはそういう状態ではないと、1回1回ベスト16にまず入ることが大事なので、そのためのサッカーをするというのも1つの見解。いずれにしてもビジョンは必要です」


浅野
「その上で最後の質問ですけど、日本にとって次のロシアW杯の意味、日本は次のW杯で何を見せるべきかお二人はどう思いますか?」


西部
「ロシアで見せるのは、少し皮肉を込めて言えばハリルホジッチのサッカー。それを見せないとベスト16には到達できないでしょう。今からバラバラのことをやっていたら無理だよ。ハリルホジッチがこの方針でいくと決めたら、そこに力を結集する以外にない」


浅野
「そのハリルホジッチの方針というのは相手によってやり方を変えるサッカーですよね」


西部
「相手によって、しかも時間帯によって、点差によって選手を代えて戦術も変える。それにアジャストできることが大事」


浅野
「それは一定の形じゃなくて前からのプレスもあるし、ミドルゾーンでのブロックもあるし」


西部
「前からのプレスもあるし、もっとベタ引きになれっていう時もあるし、もっと具体的には『あのアンカーを潰すために井手口をトップ下にします』とかそういうのもあると思う。それを『よし』ってやれないとダメ、中途半端なことをやるのが一番良くない」


浅野
「それをやり切った時に結果がついてくるかもしれないということですね」


西部
「今回はやり切らないと難しいと思います」


河治
「大迫はマリ戦の後に面白いこと言っていて、結局、自分があそこで決められなかったこと、そして前半のアディショナルタイムでPKを与えたことがこの試合を決めてしまった、と。ハリルホジッチの戦い方がコロンビア戦である程度ハマったとする。それでもW杯の中でチャンスは2、3回、もしかしたら1、2回かもしれない、そこをFWが決めるかどうか。そしてハマっている中でもきてしまったシュートを川島が止める、CBが体を張ることができるかどうか。前回のアルジェリアの4試合でも危ないところを守備陣のエムボリが防いでエースのスリマニが決めたりとかしている。結局、その結果に評価がついてくる。ここまで来たら選手たちはハリルホジッチを信頼して、プラス自分たちが結果を出すところに対しては役割を本当にしっかりまっとうして、決めるべきところを決めて、止めるべきところを止めるのをやれるかどうかが、最終的なチームの評価になる」


西部
「河治さんの意見に付け加えると、ハリルホジッチの言う通りにプレーしてもサッカーはプレーできない。監督の言う通りに全部ができるわけがないんです。そこの部分は選手が判断しなければなりません。相手を見ながらやらなければいけないことは絶対にあります。日本の選手は実はそこが弱いところなんだけど、相手が予想と違うことをしてきた場合、例えばハリルホジッチの当初の作戦は『前から行け』だとしても、それを試合中に変える必要もあるかもしれない。そこで変えること自体を監督は否定しないと思う。それで結果が良い方向に動くのであれば。そこはやらなければいけないところだと思います」


■座談者プロフィール


Kenji NISHIBE
西部謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテⅣ 欧州サッカーを進化させるペップ革命』(小社刊)が発売中。


Yoshiyuki KAWAJI
河治良幸

サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』で手がけた選手カードは7,000枚を超える。著書は『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(小社刊)など多数。Jリーグから欧州リーグ、代表戦まで、プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。


Gaichi ASANO
浅野賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

Photos: Getty Images

footballista MEMBERSHIP

TAG

FIFAワールドカップヴァイッド・ハリルホジッチ日本代表

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

RANKING