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【鼎談】竹内達也×らいかーると×片野道郎:似て非なる日伊育成――同じ「フィジカル重視」で“逆の結果”になった理由

2026.05.11

特集『イタリア代表はなぜ、弱くなったのか』の感想として「イタリア育成停滞の理由と日本の現状はかなり似ているのではないか?」という声を多くいただいた。そこで日本の育成年代を取材してきた竹内達也記者と、U-12(4種)年代を20年以上指導してきたらいかーると氏を招いて、日本とイタリアの育成の共通点と違いについて議論してみた。

初回では、ともに育成改革の中で「フィジカル重視」に舵を切りながら、なぜここまで異なる成果にたどり着いたのかを考察する。イタリアは画一化とタレント不足に苦しみ、日本は多様性と底上げを実現した――その分岐点はどこにあったのか。日伊の分析と現場、それぞれの視点から3人が育成の構造と文化、そして“見えにくい差”を読み解く。

「似ているのに違う」日伊育成の分岐点

片野「今回、『イタリア代表はなぜ、弱くなったのか』という特集で、イタリアの育成の問題点に焦点を当てる形で3人のエキスパートにインタビューをしたわけですが、それに竹内さんが『日本の状況とも似たところがある』とXで反応してくださったんですよね。

 それがとても興味深かったので、それならぜひ一度そこを掘り下げられればと思い、この座談会が実現した次第です。ぼくがテーブルの上に出したイタリアの現状と、竹内さん、らいかーるとさんがご覧になっている日本の現状を突き合わせた時に、どんな違いがあるんだろう、と。イタリアでは育成がうまく機能せず、傑出したタレントが生まれない状況が続いているのに対して、日本では同じように育成の均質化という問題がありながらも、全体が底上げされて、なおかつタイプの異なる選手が育ってきている。その違いはどこにあるのかに興味があって、お2人とお話しできればすごく学びがあるだろうなと楽しみにしております」

同じフィジカル重視で、なぜ“逆の現象”が起きる?

竹内「まず率直に言うと、インタビューの中に日本が選ばなかった道と選んだ道がそれぞれ散らばっていて、そこが面白いなと思いました。例えば、クラブが育てる選手が画一化しているとか、戦術を教える中でやりたい戦術が画一化してくることによって、求められる選手像が似通ってきて、昔風に言うと“金太郎飴的な選手”が生まれるという状況は日本でも言われてきましたし、実際日本でも直面しやすい問題としてあるかなと思います。

 それが一番象徴的に言われているのは吉武ジャパン(2009-2014のU-17代表)の頃ですよね。ただ、吉武ジャパンの志向性が悪かったというよりは、日本オリジナルのサッカーというか、日本で育ってくる良い選手を集めた結果、あるいは日本の指導者が望んでいる技術レベルの高い選手を集めていった結果、やっぱりどうしてもこういうパスをつなぐサッカーをやりたいよね、となってしまうのも事実です。あれで勝ったら日本らしくてかっこいい、みたいな感じもサッカーファンの間にもあったと思います。

 そこから2015年にJFAダイレクターに木村(浩吉)さんが就任して、やっぱりフィジカル強化といいますか、特にCBとFWは大型の選手を育てないといけないよね、という方向に舵を切った時期がありました。そこから内山(篤)監督と森山(佳郎)監督のU-20やU-17の代表チームで、明確に我慢しながらも大型CBを育てるようになった印象があります。特集の中では、イタリア人の平均身長が175cmなのに180cm超えのサッカー選手ばかり出しているのが問題視されていましたが、日本は逆にそれを意識的にやってきたことによって、日本のCBって意外と海外でも通用する選手多くない? という今があります。その点はその改革のおかげだと思います。だからイタリアとは見た目は一緒の方向性なんですが、日本は逆にフィジカルを重視することで、画一的、日本的、みたいなステレオタイプから脱却して、ちゃんと外に出ても通用する選手を輩出できるようになったのではないかと思います」

片野「フィジカル重視はイタリアと一緒ですが、イタリアはそれが選手の画一化を加速したのに対し、日本は逆に働いたのが興味深いですね」

竹内「ただ、アタッカーのところは正直危機感を持っています。今のA代表を見るとうまくいっているように思えますが、それに関して要素を分解すると、東京五輪というのが明確にあったと思います。東京五輪に向けて選手を輩出したい、東京五輪のために育てなきゃいけないとなって、個人で打開できるようなアタッカーに注目が集まっていたし、選手たちもそれを自覚するから、個人でいい選手になろうとするという流れや競争がありました。もう1つ、僕は久保建英の影響もすごく大きかったと思っています。海外で育った彼はある種の“異物”として存在していて、しかも東京五輪世代の97年生まれより年下の01年生まれで、『年下には負けてらんねーよ』的なムードが日本国内のアタッカーにすごく広がっていた時代がありました。そのあたりがうまくミックスされた結果として、今うまく行っていると言われている日本の現状につながっている部分はあるんじゃないかなと思います。今後も同じように優れたアタッカーを輩出し続けられるかには危機感があります。

 自分の中でそのように流れを整理していたので、イタリアと環境的には近いけれど、イタリアと違う部分があったとすれば、そういうミクロな視点なんじゃないかなと、1つの仮説として考えています」

「技術土壌×フィジカル上乗せ」という日本モデル

片野「日本の場合は、ベースの部分でみんな技術が高い、育成年代を通して技術を重視して育ててきているという環境があって、そこにフィジカルが上乗せされてきたので、トータルとしてバランスが取れたというところがあるのかなという気もします。イタリアの場合、それこそU-12くらいの段階から、技術よりも戦術というか、育成年代のチームが今勝つことを最優先して運営されているが当たり前になっているという話を聞くので、その辺の違いはあるのかもしれませんね」

竹内「根本的なところで、日本は社会環境がある程度均一というか、ベースが揃っているところがあって、それも関係しているんじゃないかという仮説も持っています。経済格差が少ない、一般的な識字率が高いというような統計があったりするのもそうだし、例えばU-12の指導者の平均レベルって、多分世界でも相当高いレベルにあると思うんです。そのコーチが教えたことを12歳までの子がちゃんと言葉として認識して頭に入るというようなベースの高さが土台としてあるからこそ、日本のサッカーが何とかなっているんだろうなという認識があります。教育レベルの高さが、サッカーにおいてもU-12年代の指導レベルの高さにつながっているのかな、という」

“海賊船”が象徴するイタリアの揺らぎ

片野「まさにその4種年代の指導者であるらいかーるとさんは、今回の特集についてどんな感想を持たれたのか、今の竹内さんの意見も含めてお聞きできればと思います」

らいかーると「僕が記事を読ませてもらって一番印象に残ったのは、マンチーニのイタリアは時代に逆行した海賊船のような存在だった、という部分でした。イタリア代表、僕は結構好きなんですよ。以前のEUROで、最後スペインにやられちゃったけど決勝まで行った大会がありましたよね。あのイタリアは海賊船だった、海賊船だった時に結果を出したというのは、すごく印象に残りました。プロのアカデミー育成出身の選手たちが全然ダメということはないんでしょうが、ストリート育ちの子たちの力があったから何とかなったんだという部分が強く印象に残っています。今ヨーロッパのトップレベルで活躍している選手たちも、ストリート育ちのような選手が増えてきている気がするので、時代の先取りじゃないですけど、ストリートの香りがするインシーニェやベラッティたちはやっぱり凄かったんだなと思って納得しました。

 もう1つ、アイデンティティの話もありました。イタリアはどういうサッカーをすべきで、我々は何者なんだ? というのはすごく印象に残っています。戦術的ピリオダイゼーション理論でも、プレーモデルを考える時に文化とか自分たちの持っているものをすごく考えなきゃならないって言うじゃないですか? それを踏まえると、イタリアだけではないんでしょうけど自分たちらしさよりも現代サッカーに寄り過ぎちゃったのかなと感じました。、今後はイタリアらしさに戻っていくのかな、というのを、記事を読んでいてすごく楽しみになりました。多くの代表チームが、グアルディオラ化したスペインにやられちゃったせいで呪いにかかっちゃったと思っているんですけど、ドイツにしてもイタリアにしても、その呪いから解かれて自分たちらしさを取り戻したら強くなるんだろうな、と」

片野「イタリアはよくよく考えると、EURO2012で準優勝した時もカッサーノとバロテッリの2トップでしたからね。海賊船だったからというところはすごくある」

らいかーると「あの時のイタリア代表はとても魅力的でした。そう考えると日本の育成なんてずっと海賊船みたいな気もするんですよね」

片野「それはどういう意味で?」

エリートだけに依存しない日本の育成構造

……

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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