3得点関与、衝撃ボレー、ロングスロー。福岡に現れた“多機能型ボランチ”前田快の可能性
【特集】百年構想リーグで台頭したU-21の新星#5
昇降格というプレッシャーから解放された百年構想リーグでは、勝敗だけでなく「成長」にも大きな価値が置かれる。若手にとって“試される場”であると同時に、“伸びるための舞台”でもある。本特集では、その環境の中で自らの才能をピッチ上で証明し始めたU-21の新星たちに光を当てる。
第4回は、アビスパ福岡に現れた“謎の練習生”――前田快。複数の武器を携え、一気に評価を引き寄せたボランチの現在地と、その可能性に迫る。
謎の練習生「ココロ」を追って
彼を見たのは2025年の8月19日、アビスパ福岡の雁ノ巣練習場だった。紅白戦でボランチの位置でプレーする見慣れない顔の彼は練習生だろうとの予測はついたものの正体はわからず。しかし、練習生の割にはプレー時間が長い。ちょうどケガ人が重なった時期で紅白戦のメンバー構成に苦慮していたからなのかもしれないが、アビスパ福岡の主軸である見木友哉と横並びで1本目、2本目をプレーした。
まず目を見張ったのは堂々としたプレー姿勢。紅白戦とはいえ、いやだからこそガツンと厳しめの守備圧力がかかる中でもボールを失うことなく前を向き、進み、的確で危険なパスを前線に通していた。当時指揮を執っていた金明輝監督から「ココロ、もっと前に行け!」「ココロ、はがせ!」と声が飛ぶ。練習生へのコーチングは珍しい。かなり評価されている証だと感じた。
練習終わりに柳田伸明強化部長(当時)をつかまえて聞いた。
「あの練習生は誰ですか?」
「秘密です」
「大学生ですか?」
「そう、神奈川大の選手」
短いやり取りで手にした情報はそれだけだった。
帰宅後、神奈川大サッカー部のホームページを開き選手名簿をながめる。顔写真はある。ただ雁ノ巣練習場では遠くからしか見ておらず「ココロ」の顔ははっきりとしない。頼りは「ココロ」という名前だが、名字やニックネームの可能性もある。4年生の欄で探すが「ココロ」は見つからず。3年生の欄にも「ココロ」はいない。時間がかかることを覚悟して顔写真を一人ずつクリックしてさらなる情報を探っていくと……見つけた! 前田快――「快」と書いて「ココロ」だった。
フロントを唸らせた“非公開案件”
それから半月後の9月初旬、アビスパ福岡から2027年新戦力としての加入内定のリリースが出た。8月の練習参加は内定決断のクラブと前田快自身の最終判断を下す場だったのだろう。あとで聞けば複数のJクラブが獲得に動いていたとのこと。柳田強化部長が情報を出したがらなかったわけも理解できた。3年生での加入内定。実力に相当惚れ込んだのだろう。内定のリリースが出た後に「楽しみな選手ですね」と振ると柳田強化部長は「でしょ」とニヤリとしたのだった。
次に前田快のプレー姿を見たのは2026年1月20日、宮崎キャンプ中に行われた東京Vとのトレーニングマッチだった。前田快は2本目の途中からピッチに立った。見木と2月にスロバン・ブラチスラバ(スロバキア)への期限付き移籍が決まる松岡大起のコンビに代わって今季新加入の奥野耕平とダブルボランチを組んだ。
2本目の終盤に前田快のパスから奥野が抜けだし2-2とする同点ゴールを決める。さらに2分後、前田陽輝の左ショートCKを受けて左サイドのポケットを取ると、柔らかい左足クロス。これをシャハブ・ザヘディが押し込んだ。
前田一翔、前田陽と「3人の前田」がピッチに立った3本目。左サイドで得たFKを前田快が蹴ると相手のオウンゴールを誘った。結果、前田快はJ1クラブを相手に3得点に絡む活躍を見せた。
“100かゼロ”のボールハント思考
わずかな時間で認識できた前田快の武器は、まずは物おじしないプレー姿勢。相手の強い圧力を受けてもブレない正確なボール技術。その技術があるからこそ常に顔を上げ広い視野を確保でき、そこから受け手のタイミングにズバッと合わせるパスの精度とセンス。そして、この宮崎キャンプで確認した別の武器が守備力だった。J1クラブの選手から何度もボールを奪った。とにかくボールを刈り取るための動きに躊躇がなかった。
東京Vとのトレーニングマッチ後に、そのあたりを前田快に聞くとこんな答え。
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Profile
島田 徹
島田徹(しまだ・とおる)/広告代理店勤務の後、1997年にベースボール・マガジン社に転職。サッカーマガジン編集部、ワールドサッカーマガジン編集部で2006年まで勤務した後、07年より福岡にてフリー活動を開始。サッカーマガジン時代に担当を務めたアビスパ福岡とギラヴァンツ北九州をメインに、ほぼサッカーの仕事だけで生きつなぐ。現在はエルゴラッソの福岡&北九州を担当。
