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“剛運”を味方につけるも届かなかった頂点…黒田ゼルビアのアジア戦記最終章

2026.05.06

初出場のACFチャンピオンズリーグエリートで決勝進出を果たすも、決勝で惜しくも涙を呑み初出場・初制覇の偉業を逃したFC町田ゼルビア。準々決勝から決勝までの3試合についてクラブを追い続ける郡司聡氏が選手たちの言葉も交えて振り返る。

 1点を追いかける展開は、時計の針が120+4分を指した頃、スタジアム中に敗戦を告げる試合終了のホイッスルが鳴り響いた。アジア初航海の冒険は無念の準優勝で終幕。延長前半の途中からピッチに立ち、クロスからのヘディングシュートで相手ゴールを脅かした望月ヘンリー海輝は、しばらくピッチに座り込んだまま立ち上がれずにいた。失意の表情を隠さない望月に近寄る黒田剛監督。指揮官は背番号6の奮闘を労うと、選手たちとともに町田サポーターの下へと歩みを進めた。激闘を終えた選手たち。さすがに敗戦の後では、その足取りも重かった。

 王手をかけていたAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)初出場・初優勝という金字塔の樹立。結果的に町田は決勝で1点も奪えず。延長前半のファイナルズ初失点で涙を呑んだが、アジアの公式大会初参戦で準優勝という結果は、評価が分かれる結末だろう。

 初出場で準優勝という結果は一見偉業に映るが、当の選手たちはアジアの頂にたどり着けなかった喪失感を隠さない。例えばチーム主将の昌子源は決勝で敗れた現実を前に、敗戦の怒りの矛先を自分自身に向けると、サウジアラビアから帰国後、気合いを入れ直すために黄金色の短髪に大変身。また「いつこういうチャレンジができるかわからないから、余計に結果が悔しい」とは前寛之の言葉だが、黒田ゼルビアが“世紀の大チャンス”を逃すのは、ACLEが初めてのことではない。

 時を遡ること、2024シーズン。町田はJ1初昇格・初優勝の可能性を最終節まで残していたが、シーズンラストマッチで鹿島アントラーズとのアウェイゲームに屈し、一度目の世紀の大チャンスを逃していた。“歴史は繰り返された”のか――。あらためて、サウジアラビアラウンドでの3試合に焦点を当てることで、表面化する視点もあるだろう。

“追い風”を背に、“幻のゴール”にも救われて

 西アジアの列強クラブとの対戦が待つサウジアラビアラウンドに臨むにあたって、町田には“追い風”が吹いていた。

……

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Profile

郡司 聡

編集者・ライター。広告代理店、編集プロダクション、エルゴラッソ編集部を経てフリーに。定点観測チームである浦和レッズとFC町田ゼルビアを中心に取材し、『エルゴラッソ』や『サッカーダイジェスト』などに寄稿。町田を中心としたWebマガジン『ゼルビアTimes』の編集長も務める。著書に『不屈のゼルビア』(スクワッド)。マイフェイバリットチームは1995年から96年途中までのベンゲル・グランパス。

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