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CL決勝初の5-0を生んだポジションチェンジをめぐる攻防。インテルを翻弄したパリSGの[3-1-6]を分析する

2025.06.03

5季ぶり2度目のファイナル進出となったパリ・サンジェルマンがインテル相手に5-0の完勝を収め、クラブ史上初めてビッグイアーを掲げた2024-25シーズンのCL決勝。衝撃の大差を生んだポジションチェンジをめぐる攻防と、新欧州王者の「ゼロトップ」では説明できない[3-1-6]を、らいかーると氏が分析する。

7分のゴールキックvsプレッシングが象徴する構図

 CL決勝という大一番の幕開けとしても異質すぎるキックオフが、パリSGの狙いを象徴していたのかもしれない。

 この試合開始を告げるセットプレーは一般的に一度ボールを下げた後、シンプルにサイドへとロングボールを蹴って空中戦が得意な選手を的にするデザインが、スタンダードに落ち着きつつある。しかし、キッカーでアンカーのビティーニャはいきなり左サイドの敵陣外に蹴り出して、インテルにあっさりとボールを明け渡してみせた。

 その裏にある作戦は、相手スローインでの再開時にボールサイドへ圧縮して周辺の受け手をほぼマンマークしていくというもの。インテルがリスクを冒さず遠投したこともあって、すぐにGKジャンルイジ・ドンナルンマまでボールが戻ってきたが、パリSGはプレッシングから試合に入ることを画策していたのではないだろうか。敵と正面から対峙する機会を早急に作ることによって、机上の計画と現実の肌感覚を一刻も早く照らし合わせたかったのかもしれない。しかしインテルは付き合わなかったため、パリSGはボール保持にあっさりと切り替える。基本布陣[4-3-3]で変幻自在な3センターの初手は、ビティーニャと左インサイドハーフのファビアン・ルイスが低い位置でポゼッションを安定させることだった。相手がいつもの[5-3-2]で自陣に構える形に移行すると、颯爽と前に上がっていくファビアン・ルイスの動きもまた、計画通りだったのだろう。

 インテルにも徐々にボール保持の出番が訪れていく。その相手を引きつけながら打開していくビルドアップを支えているのは、嚙み合わせを狂わせる独自のポジションチェンジ。特にボールを回しているうちにCBが1列上がり、気がつけば中盤が3バックを務めている光景は、他のチームではなかなか見られないはずだ。その対抗策としてパリSGが披露したのがハイプレスだった。基本的には人を基準とする中、3トップ中央で先鋒を担うウスマン・デンベレがパスラインを制限しながらGKヤン・ゾマーまで迫り続け、インテルにパスをつなぐ隙も、ポジションを変える隙も与えない。特にこだわりは感じなかったが、ゾマーの利き足である右足側からプレッシングに行ければ、同サイドで数少ないターゲットになれるウイングバックのデンゼル・ドゥムフリースへのロングボールも制限できるという、おまけもついていた。

 そして7分のインテルのゴールキックとパリSGのプレッシングという構図が、まさにこの一戦を象徴している。自陣深くでも相手を誘き出すためにボールを動かすインテルに対して、人を離さないパリSGの面々。数が合わなくなっても足を止めず追い続けるデンベレの献身性によって、相手の長所を封じていた。9分のビルドアップでも選択肢を制限される中で、インテルが光明を見つけた感があったのは2トップの左を担うマルクス・テュラムへの放り込み。ポストプレーから時間を作って、一気にチームを敵陣へと押し上げていた。困った時のロングボールの先に優位性があるかどうかは、逃げ場として大事なものである。「いざとなれば蹴ればいい」に甘えすぎてしまうこともあるが、保険があった方が心理的な優位に繋がりやすい。

 対するパリSGは、9分45秒にドンナルンマがボールを持って出しどころを探す場面があった。普段のインテルとは異なり、徐々に寄せる意識はあるようだが相手に余裕を持たせている。GKまでプレッシングに行くことは王道ではないが、だからこそ3バック中央のフランチェスコ・アチェルビとゾマーに目を光らせるデンベレの強襲は奇襲とも呼べるのだろう。そして11分に早くも先制点が生まれる。左ウイングのクビチャ・クバラツヘリアが大外からの質的優位を押しつけたところで、ファビアン・ルイスがつないだボールを受け取ったのは後方支援役のビティーニャ。鋭いスルーパスに右ウイングから左ポケットまで顔を出していたデジレ・ドゥエが抜け出し、あとはそのクロスを右SBアシュラフ・ハキミが押し込むだけだった。「ドゥエとハキミがなぜこの位置に!?」というのがパリSGの攻撃の特色と言えるだろう。

 インテルからすれば、ビティーニャへとパスが出た瞬間に3バックはDFラインを上げたものの、なぜかドゥムフリースとフェデリコ・ディマルコの両ウイングバックは後ろに残ったままで、オフサイドトラップは不発に終わっていた。CBはスペースを、ウイングバックは人を消すことを優先したように見えたので、判断基準がずれたのだろう。パリSGの複雑なポジションチェンジによって混乱状況にあったのかもしれない。

「ゼロトップ」では説明できないパリSGの[3-1-6]

 先行したパリSGはプレッシングの強度を落とすかと思われたが、直後もゾマーまで走るデンベレの姿が目撃されている。CBの縦移動にドゥエ、クバラツヘリアもついていくため、インテルはボール保持から優位性を持ってこれない状況が続いていくが、ドゥムフリースの強さを素直に利用したり、ドンナルンマまでプレッシングにいったりすることで、自らの時間を少しだけ増やすことに成功していく。パリSGとしても必要以上にリスクを冒す必要がないせいか、やる気満々のデンベレとは異なり、チームメイトはペースを徐々に落とす道を選んでいった。

 テュラムやドゥムフリースを反撃の糸口にできそうなインテルは、19分にロングスローの機会を得る。この流れで相手にコーナーキックを与えてはいけないと考えたであろう左CBウィリアム・パチョが根性で自らのこぼれ球をピッチに残すと、クバラツヘリアを起点とするカウンターが炸裂。デンベレが見事なクロスを送り、逆サイドでコントロールしたドゥエが右足を振り抜いたキックは、背を向けたディマルコに当たってゴールに吸い込まれた。

 一方のインテルはどうも巡り合わせが悪く、直後の22分のコーナーキックではゴール正面でアチェルビがヘディングシュートを放つも枠の外へ。ここからはパリSGがボールを支配する時間帯へ突入していった。その戦術はデンベレの「ゼロトップ」と言われているが、他の選手もポジションチェンジを多発させる関係で、その一言だけでは説明しきれない移動を繰り返している。普通のゼロトップならば周辺の選手が降りていくデンベレの代わりに飛び出すが、この入れ替わり役も多彩なところが特徴だ。

 そのボール保持の配置は数字で表すなら[3-1-6]が近い。

……

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CLインテルパリSG戦術

Profile

らいかーると

昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』 (小学館)。

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