
ハイプレスやマンツーマンのような守備戦術が進化する現代サッカーで、ボールとチームを自陣から敵陣へと前進させていくビルドアップを成功させるには、どんなポジショニングを取ればいいのか――その評価方法を数理モデルで提案する最新研究が2024年度スポーツデータサイエンスコンペティションのサッカー部門で発表され、優秀賞を受賞して注目を集めている。第一著者で東京大学ア式蹴球部テクニカルユニット所属の廣瀬貞雄氏に、理論と実践の双方向から解説してもらおう。
近年のサッカーにおいて、回数の多さ、再現性の高さ、そして攻撃側がある程度コントロール可能であるという点から、ビルドアップは試合の中で最も重要な局面の1つであると考えられている。各監督がそれぞれの特徴を持つ一方で、サッカーファンの間でも多くの議論がなされてきた。ビルドアップの議論の際に欠かせないポジショナルプレーという概念に代表されるように、サッカーの中でも特にビルドアップでは選手の配置が重要である。各選手が優位性のあるポジションを取れているか、ボールホルダーは優位性のある選手を選んでパスをできているかがビルドアップの成否を大きく左右する。
そこでこれまで定性的に語られることが多かったビルドアップの選手配置を定量的に評価することを目指したのが「ビルドアップ成功につながるオフボール選手のポジショニング評価」という研究だ。こうした定量的な分析が進めば、現場の指導者がチームの戦術構築や移籍市場で活用することでチームを強化するだけでなく、サッカーファンの楽しみ方の幅を広げることにもつながるだろう。
なお、本研究は2024年度スポーツデータサイエンスコンペティションのサッカー部門で発表し、優秀賞を獲得した。コンペティションのHPから詳細な報告書が見れるため、他の研究も含め興味がある方はぜひご確認いただきたい。
【最優秀賞&優秀賞ダブル受賞】
スポーツデータサイエンスコンペティションのサッカー部門において、UTokyo Football Lab.に所属する木下( @keigo_ashiki )が最優秀賞、廣瀬( @akka_hirose )と染谷( @agiats_football )が優秀賞を受賞しました!!
ダブル受賞は昨年のコンペに引き続き2年連続です。 pic.twitter.com/9DrnjF617o— UTokyo Football Lab. (@ut_football_lab) January 12, 2025
オフ・ザ・ボールとボールホルダーの判断を評価
筆者は現在、東京大学ア式蹴球部で戦術分析を行うスタッフとしてサッカーに関わっているように、サッカーを11人の群れとして観るのが好きである。その中でも、フィジカル能力ではなく、立ち位置やタイミングなどパズルのような要素が大きい、ビルドアップに大きな魅力を感じていた。そのため、ビルドアップに長けた選手を評価する指標を開発したいと思っていたが、選手の配置を定量的に評価する研究の中で、ビルドアップ時について研究したものはあまり存在しなかった。ビルドアップがただちに得点に結びつく局面ではないため、評価が難しいからだと考えられる。そのため、まずはビルドアップ成功の定義と、本研究[1]で対象とする局面を定める必要があると考えた。
本研究では、ビルドアップ成功を、「相手のフィールドプレーヤーの陣形の中心(相手の陣形の中心)よりも相手ゴール側にいる味方にパスを通すこと」と定義した。下図で、相手の陣形の中心よりも相手ゴール側とは、青い線よりも右側である。ここでオレンジの矢印のように、1本のパスでビルドアップ成功となるのが理想的ではあるが、そのようなパスコースは往々にして相手DFによって切られており、緑と紫の矢印のように、間で選手を中継してビルドアップ成功を目指すのが一般的である。この時重要となるのは、ピンクの円で囲った、間でボールを中継する選手の位置であり、東京大学ア式蹴球部では「手前を取る」という言葉で表現され、指導されている。

オレンジの矢印のように1本のパスで相手の陣形を超えるようなパスは先行研究が存在するため、今回の研究の対象外とした。一方、緑と紫の矢印のように、1本のパスではビルドアップ成功ではないが、連続する2本目のパスでビルドアップ成功を狙った局面は一般的な戦略であるにも関わらず、先行研究では評価できないため、本研究の対象としている(今後、緑の矢印のパスを1本目のパス、紫の矢印のパスを2本目のパスと呼ぶ)。すなわち、本研究の目標は、ビルドアップ成功につながるパスを中継する選手の位置の評価である。これにより、オフ・ザ・ボールを評価するだけでなく、ボールホルダーの判断も評価できるようになる。
「OBSO」をビルドアップに応用させた新モデル「BUOP」
サッカーは22人とボールが複雑に移動するため、モデル化することは容易ではない。そんな中、これまでは大きく分けて2種類のアプローチが採られてきた。数理モデルによるアプローチと、機械学習によるアプローチである。数理モデルによるアプローチは、複雑な現象を単純化する必要はあるが、適切にモデル化することができれば、入力と出力の関係性がわかりやすいため、結果の解釈が容易である。それに対して、機械学習によるアプローチは、サッカーの持つ複雑性をある程度そのまま学習させることができるというメリットを持つ一方、大量のデータが必要なことや、結果の解釈性が低いというデメリットを持つ。本研究では、現場での実践を見据えているため、数理モデルによるアプローチを採用した。……



Profile
廣瀬 貞雄
2004年生まれ。東京大学工学部機械情報工学科所属。東京大学ア式蹴球部(サッカー部)にてテクニカルスタッフを務める傍ら、UTokyo Football lab. にてサッカーの研究開発を行う。好きな選手はエンゴロ・カンテ。趣味はジャグリング。