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小倉幸成が抱いたヤングプレーヤー賞への違和感。海外志向の21歳が岡山で知った現実

2026.04.27

百年構想リーグで台頭したU-21の新星#1

昇降格というプレッシャーから解放された百年構想リーグでは、勝敗だけでなく「成長」にも大きな価値が置かれる。若手にとって“試される場”であると同時に、“伸びるための舞台”でもある。本特集では、その環境の中で自らの才能をピッチ上で証明し始めたU-21の新星たちに光を当てる。

第1回は、J1・3月度ヤングプレーヤー賞を受賞したファジアーノ岡山の小倉幸成。しかし、その評価を本人は素直に受け止めなかった。神戸戦での敗戦、そして自らのミス。順風満帆とはほど遠い日々の中で、21歳のMFは何を見つめ、何を変えようとしているのか。海外移籍を見据える逸材が追い続ける「理想との距離」。

ヤングプレーヤー賞と神戸戦の落差

 「あんまり納得はしなかったですね」

 J1 WESTにおける3月度の月間ヤングプレーヤー賞に選出されたことを知った時、小倉幸成が抱いた感情である。

 2025年1月末。シーズン移行に伴い開催される明治安田J1百年構想リーグの開幕が直前に迫った頃だった。法政大学に所属する小倉の、2027-28シーズンからファジアーノ岡山への加入内定が発表された。茨城県出身で、中学と高校を鹿島アントラーズの下部組織でプレー。“生粋の鹿島っ子”と言える経歴を持ち、U-20アジア杯、U-20W杯、U-23アジアカップに主力として出場してきた選手である。それにもかかわらず、大学3年生になる前という早いタイミングで、J1での2年目に臨む岡山をプロキャリアの出発点に選んだ。ロス五輪世代の逸材が下した決断は、日本サッカー界全体に驚きを持って伝えられた。

「海外から逆算した選択」という覚悟

 小倉が岡山に決めた理由は、非常にシンプルだ。どれだけ早く海外移籍できるか。

 「どこに行っても厳しいポジション争いはあると思うんですけど、早く海外に行きたいという自分の目標から逆算した結果、ビッグクラブに行くよりもしっかりと試合に出て結果を残すことが、若いうちは大事だなと。そういう考えで、このクラブに行き着きました」

 岡山から海外に行ける可能性を感じられたのは、2023年夏に高卒1年半のタイミングで佐野航大がオランダに羽ばたいた前例があったことに加え、世代別代表の盟友が2025シーズンに見せていた姿も影響している。

 「やっぱり(佐藤)龍之介の活躍がすごく大きかった。彼にも話を聞いてもらって。ビッグクラブで出ることも大事ですけど、やっぱりまずは試合に出ないと何も評価されないので。J1の舞台で試合経験を積むことが自分自身大事だと思いました」

 月間ヤングプレーヤー賞は、1カ月の中で最も印象的な活躍を残した若手選手に贈られるもので、受賞者は現在のJ1で売り出し中の選手と言い換えることもできるだろう。どれだけ早く海外に行けるかを最優先して岡山にやって来た小倉にとって、自分個人の名前が轟く本賞の受賞は願ったり叶ったりと考えるのが自然だ。

 選考委員会による総評には、「チームの心臓」、「今や岡山のピッチに欠かせない存在」と最大級の賛辞が並ぶ。現に3月は4試合中2試合に先発フル出場し、234分プレー。この数字は、チーム内のボランチでは宮本英治に次ぐ2番目に長い。第7節・セレッソ大阪戦では、[3-4-2-1]のダブルボランチの一角で先発すると、後半途中からはシステム変更に伴って[3-5-2(5-3-2)]のアンカー(ワンボランチ)でプレーしてチームの逆転勝利に貢献した。

PK、謝罪、そして焦燥

 しかし、受賞に対しては腑に落ちない様子だった。その知らせを聞いたのが、第9節・ヴィッセル神戸戦の翌日だったから。

 川崎製鉄(現JFEスチール)のサッカー部を母体に持つチーム同士の対戦は、岡山がホームで1-4と大敗を喫した。

 小倉は大卒2年目の藤井海和と一緒に先発し、[3-4-2-1]のダブルボランチを形成した。ボランチが手薄なチーム事情の中で若手コンビは奮起するも、扇原貴宏や井手口陽介といった百戦錬磨の相手ボランチに全くと言っていいほど歯が立たず。得意としているセカンドボール争いではことごとく上回れ、ビルドアップでは積極的にボールを引き取るも、前進するための効果的なプレーはできなかった。

扇原貴宏(中央)

 極めつけは63分だ。

……

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Profile

難波 拓未

2000年4月14日生まれ。岡山県岡山市出身。8歳の時に当時JFLのファジアーノ岡山に憧れて応援するようになり、高校3年生からサッカーメディアの仕事を志すなか、大学在学中の2022年にファジアーノ岡山の取材と撮影を開始。2024年からは同クラブのマッチデープログラムを担当し、現在は様々な媒体にも取材記事を寄稿している。東京のスポーツメディア会社に約2年勤務し、2026年からは地元の岡山でフリーランスとして活動。モットーは、「魂を込めて、クラブや選手の魅力を伝える」こと。

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