クラブの消滅危機、34歳での契約解除、そして「引退」の覚悟――。オーストラリアで確固たる地位を築いた今井智基のキャリアは、再び不確実な状況へと放り込まれた。それでも彼は、J1首位争いを演じるFC町田ゼルビアから声をかけられる。なぜ、あの異国での積み重ねは今も評価され続けているのか。“141試合”の裏側にあった本質が、静かに輪郭を現す。
クラブ消滅という非情な現実
「引退の覚悟もしていました」
オーストラリアで日本人最多出場記録を打ち立て、リーグ屈指のDFに成長した今井智基。Aリーグの日本人選手トップランナーとして、今後も記録を伸ばし続けるかに思えたが、その歩みはクラブの財政危機という衝撃のニュースとともに急停止を余儀なくされた。
「給料日が決まっていて、1週間ぐらい遅延するんですよ。みんな、『なんでまた払われていないの?』って言うじゃないですか。リーダーシップミーティングで、オーナーたちがどういう状況か説明してくれるんですけど、『口では何とでも言えるしな』と思いながら、薄々感づいていましたね。やばいのかなと……」
ウェスタン・ユナイテッドでの最後のシーズンとなったAリーグの24-25シーズン、当時副キャプテンを任されていた今井は、クラブの監督やキャプテン、中心選手、ゼネラルマネージャー(GM)らと2週間に1度のリーダーシップミーティングに参加し、そこでクラブの財政状況などについて説明を受けた。経営陣からの説明は「大丈夫」の一点張りだったが、連日の報道や関係者との話の中で、クラブの財政難について耳にしてしまう。
現地メディアの報道によると、ウェスタン・ユナイテッドは23-24シーズンに1100万オーストラリアドル(約11億円)の赤字を計上し、昨年夏時点の負債は5500万オーストラリアドル(約53億円)にまで膨らんでいたという。財政難の背景には、大きな収入が見込めるファンベースがない状況でリーグに参入した点に加え、コロナ禍での収入減少などがある。
最終的に、Aリーグはウェスタン・ユナイテッドがリーグへの参加に必要な条件を満たしていないと判断。同クラブはライセンスを剥奪され、25-26シーズンのAリーグ不参加が決まった。リーグ側は同シーズンの「条件付き休眠」と説明しているが、現在はアカデミーのみの活動となっている現状から、Aリーグ復帰の目途は立っていない。
「めちゃくちゃびっくりした」町田からのオファー
今井は昨年9月にウェスタン・ユナイテッドとの契約を解除。34歳という年齢、各国の夏の移籍市場が終了間際という状況も重なり、「引退」の二文字が頭に浮かんだ。
「去年(僕が)34歳で、そこから新しいチームを見つけるのは厳しいだろうなと。いくら自分ができると言っても、契約するチームがなければ、自分の一存だけでは決められない。年齢的にも全然若くないので、いざという時は、引退もゼロじゃないという覚悟はしていました」
ウェスタン・ユナイテッドと契約を解除した後も、今井はオーストラリアでチームメイトとともにトレーニングを続けていた。そうした中、今井に白羽の矢を立てたのが、岡村大八、菊池流帆ら主力CBの負傷離脱が相次いでいた町田だった。
「本当にめちゃくちゃびっくりしましたよ」
町田からオファーが届いた時の心境を振り返り、今井は破顔してそう答えた。引退を覚悟した34歳のベテランにとって、J1で優勝を争うチームからの誘いは、想像だにしない急展開だった。

「積み重ね」は見られている
しかし、驚きとともに込み上げてきた感情は、自らのキャリアに対する静かな肯定感だった。
……
Profile
白谷 遼
2025年度まで縄手猟名義で活動。サッカー専門媒体『エル・ゴラッソ』で東京ヴェルディを担当。これまで日本代表、Jリーグ、大学・高校サッカーなど、プロアマ問わず幅広く活動している。小学校の頃に見たパク・チソン、イ・ヨンピョの活躍に感銘を受けて韓国サッカーにハマった埼玉県民。韓国サッカーに深い造詣があり、興味の守備範囲は広い。
