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川島永嗣の欧州挑戦13年(前編):5大リーグで“やりたい”から“やれる”へ、日々つかんだ確信

2024.02.06

ヨーロッパ3カ国5クラブでプレーし、W杯を4度経験した川島永嗣が、ジュビロ磐田の背番号1としてJ1の舞台に帰ってきた。40歳のGKが母国で14年ぶりに迎える新シーズン開幕を前に、27歳でブリュッセルの空港に着いた瞬間に立ち会っていた小川由紀子さんが、それから13年間の欧州キャリアを当時の本人、コーチやチームメイトらの談話を交えて振り返る。
前編はリールセ、スタンダール・リエージュ(ベルギー)、ダンディー・ユナイテッド(スコットランド)と渡り、目標としていた5大リーグの一角、フランス・リーグ1にたどり着いた2010〜2017の奮戦記。

20107月、今では考えられない日本人フィーバー

 2010-11シーズンを皮切りに、欧州でのキャリアを切り開いたGK川島永嗣が、今年1月、ジュビロ磐田に入団。13年半ぶりにJリーグに復帰した。

 2010年夏のW杯南アフリカ大会で日本代表のゴールを守った後、目標としていた海外挑戦に踏み出した川島にとって、その第一歩となった地は、ベルギー1部リーグに昇格したばかりのクラブ、リールセSK。

 7月上旬、入団発表のためにベルギーを訪れた川島は、現地で大歓迎を受けた。ブリュッセルの空港ではクラブのCEOやスポーツディレクターが出迎え、総勢20社ほどの地元テレビ局やジャーナリストが彼の登場を待ち構えた。さらに、ブリュッセル在住の日本人も日の丸の国旗を掲げて歓迎ムードを盛り上げるなど、日本人選手の海外移籍が珍しくなくなった昨今では想像できないような光景が広がっていた。

ブリュッセルの空港でリールセのSD(左)、CEO(右)と(Photo: Yukiko Ogawa)

 当時の写真を見ると、川島は確かに若く、初々しさもあるのだが、今とそれほど変わっていないようにも見える。いかに彼が40歳を迎えた現在でも良好な身体状態を保っているかという証だろう。

 仲介人を通してリールセに川島のプロフィールが持ち込まれたのはW杯前のことで、クラブ側はその夏、積極的にGKを探していたわけではなかった。

 「しかしこの話が舞い込み、日本代表のGKを迎えられるなんて素晴らしい機会だ!ということになり、獲得に踏み切った。実際に練習に参加した後でコーチが決めることではあるが、彼には第1GKになってもらうつもりでオファーを出した。これまでに十分な数のビデオやプレーのハイライト映像を見て、彼の実力には確信を持っている」

 当時のスポーツディレクター、ヘルマン・ヘルピュットはそう語っている。

 そして川島も「オファーはたくさんあったが、目的を持ってこのクラブを選んだ。ベルギーリーグには、この先もっと上を目指そう、という大志を抱いた選手がたくさんいる。自分もステップアップのためにも、ここで頑張りたい」と野望を口にした。

 名古屋グランパス時代の監督だったオランダ人指揮官セフ・フェルホーセンが、川島について「人柄、能力ともに申し分ない」と太鼓判を押したことも獲得の決め手となった。

 初めて日本人選手を迎えるにあたり、クラブ側はカタコトの日本語と、英語、フラマン語(リールセ地方の公用語)を話す通訳を用意していたが、ベルギー到着翌日にクラブハウスで行われた入団発表会見では、川島は流暢な英語ですべての質問に自分で答え、外国人選手の加入時にありがちな「コミュニケーションの問題は?」といった疑念をシャットアウトしてみせた。

2010年7月7日の入団会見で。その後グラウンドで行われた記念撮影の合間にも地元記者の取材を受けていた(Photos: Yukiko Ogawa)

ベルギー、スコットランドでの奮闘と洗礼

 リールセではさっそく1年目から正GKとして奮闘。2年目には主将を任され、2季連続でチームの年間MVPにも選出されると、翌2012-13シーズンは同じベルギーの強豪スタンダール・リエージュに引き抜かれたのだった。

 本拠地スクレサン(スタッド・モーリス・デュフラン)の熱狂ぶりで知られるスタンダールにおいて、サポーターの信頼を得るのはどんな選手でも容易(たやす)いことではない。しかもベルギーの伝説的なGKであるミシェル・プロドームを輩出したこのクラブは、伝統的にGKの質が高いことで知られている。さらにクラブの象徴的存在であり、「スタンダール・リエージュ史上最高のGKの一人」とまで言われたシナン・ボラト(現ウェステルロー)が負傷したために迎えられたということで、川島にとっては逆風が吹き荒ぶ中に向かっていくような状況だった。

 その上、かつて日本でプレーした経験を持つ(マツダSC、1987-88)監督のロン・ヤンス(現ユトレヒト)が、シーズン始まってまもなく成績不振により解任。後任に選ばれたクラブOBのミルチェア・レドニク(現UTAアラド)は、着任と同時に「名声や巷での評判は一切関係なく、ここから全選手が同じ位置から一斉にスタートする」と宣言した。

 しかし川島は、頭角を現していた若手GKらを抑えてレギュラーの座をキープ。強豪アンデルレヒトとのクラシコに自身のエラーから失点して勝利を逃した後の試合では、サポーターから「ボラト」の名前をコールされるという屈辱を味わうこともあったが、40試合で18回とリーグでダントツ首位のクリーンシート数を記録して初年度を終えたのだった。……

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小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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