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閉塞状態のカルチョを変革する、アメリカ資本の経営戦略

2024.01.23

CALCIOおもてうら

2023年9月27日、ミランがサン・ドナート・ミラネーゼへの新スタジアム建設計画を正式発表した。サンシーロとは異なり立地が私有地である上、自治体も歓迎していることから実現への障害は少なく、計画通りに進めば、5年後の28-29シーズンにはミラノの中心街からメトロで20分弱という好立地に、7万人を収容する最新鋭のスタジアムが誕生することになる。

『フットボリスタ第99号』から転載。

 スタジアムの老朽化とその刷新(や新設)をめぐる様々な困難が、セリエAの国際競争力低下の主因の1つだというのは、ここ10年以上言われ続けてきたことだ。実際、新サンシーロ計画やパロッタ会長時代のローマ新スタジアム計画は、政治と行政が作り出す障害に阻まれる格好で頓挫を強いられた。しかしここにきてようやく、そうした停滞の空気が変わりつつある。

ミランの新スタジアム建設予定地であるサン・ドナート・ミラネーゼ

新スタジアム計画の“ある共通点”

 ミランと同様インテルも、市の南部に隣接する自治体ロッツァーノに候補地を絞って新スタジアム計画を進行中。アタランタはすでに3年前から段階的に旧スタジアムの大改築に取り組んでおり、北ゴール裏、バックスタンドに続いて現在は南ゴール裏の全面刷新(解体と新築)が進んでいる。ボローニャ、そして現在はセリエBに降格しているパルマも、それぞれスタジアムの全面改築計画を市当局との間で進めており、すでに最終計画案を提出済み。ボローニャは仮設スタジアムへの「一時避難」を経て2028年の完成が見込まれている。2020年にオーナーが替わったローマも、新たな立地への新スタジアム建設構想を進めている。

 ミラン、インテル、アタランタ、ボローニャ、パルマ、ローマ。この6クラブに共通するのは、オーナーが外国人だということ。しかもインテル(中国・蘇寧グループ)を除く5つはいずれも北米資本である。逆にイタリア資本のクラブでスタジアムの刷新・新設計画が具体的に進んでいるのはカリアリくらい。過去にはユベントス、ウディネーゼ、そして小規模ながらフロジノーネが既存スタジアムの大改修による現代化を終えているが、ナポリ、ラツィオ、トリノ、ベローナといった有力クラブは、現時点では具体的な構想すら持っていない。

 この違いから読み取れるのは、イタリア人オーナーと外国人(特に北米)オーナーとでは、クラブ経営のビジョンとそれに基づく投資の優先順位に明らかな違いがあるということ。イタリアサッカー低迷の原因の1つとして常に指摘されてきたのは、クラブオーナーがトップチームの目先の結果だけを求めて、戦力補強(移籍金と年俸)に資金を投じる一方で、スタジアムやトレーニングセンター、育成やスカウティングといったハード、ソフト両面のインフラ整備には投資を惜しむという、長期的視点に欠ける経営姿勢だった。その背景には、確実なリターンが見込めない先行投資には慎重になる家族経営的なマインドセットが染みついているという、イタリア固有の社会的、文化的事情がある。そこにさらに、サポーターやマスコミという最も近い顧客/ステークホルダーが、何よりも目先の結果を求めて圧力をかけ続けるという、もう1つの社会的、文化的事情も関わっている。……

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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