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「安く買って高く売る」メソッドに陰り。モンチSDの新天地アストンビラでの成否を占う

2023.06.27

6月16日にアストンビラの新スポーツディレクター就任が発表されたモンチ。前所属のセビージャを計21年間で、破産寸前の弱小チームからEL最多優勝の強豪クラブへと押し上げた敏腕として知られているが、2017年夏に引き抜かれたローマでは契約期間の半分にも満たない2年足らずで職を追われ、古巣に帰還する挫折も味わっている。自身2度目となる国外挑戦の行方を、『モンチ・メソッド』の訳者を務めた木村浩嗣氏に占ってもらった。

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 世界一のスポーツディレクター(SD)と呼ばれるラモン・ロドリゲス・ベルデホ、"モンチ“がセビージャからアストンビラへ移籍した。セビージャでは11のタイトル(EL7冠、コパ・デルレイ2冠、UEFAスーパーカップ1冠、スペインスーパーカップ1冠)に象徴されるスポーツ的成功と、安く買って戦力化し成長させて高く売る、という錬金術で莫大な経済的利益をもたらしたが、新天地でも成功できるのか?

 結論から言えば、「簡単ではない」と言わざるを得ない。その理由は次の3つである。

理由①今夏の市場では100%の力を出せない

 夏の移籍市場が閉まるまで2カ月ちょっと。本来なら監督とのすり合せが終了し、交渉の席につくだけのタイミングである。監督から必要な選手のプロフィールをヒアリングし、モンチが手持ちのリストからピックアップした10人ほどのビデオと資料を監督に渡し、それに目を通した監督と話し合って2、3人の最終候補を絞り込み済み、先方への打診も終わっている――そういう段階だ。

 今、アストンビラへ行くということは、それまでのプロセスは向こうのスポーツディレクション部門任せ、ということ。前任者はヨハン・ラングという人物のようだが、SDとしてどのくらい優秀なのか、彼の部下たちがスカウトとしてどの優れているのかは寡聞にして知らない。ただ、はっきりしているのはモンチが知らないスタッフの手による事前作業には一切ノータッチであるということだ。

 セビージャではリスト作りと絞り込みは次のように行われていた。7月から12月まではモンチを含めた16人が担当リーグごとに試合を見まくって毎週ごとにベスト11を選出しながら1500人ほどの大まかなリストを作成する。そこから1月から4月までかけて各ポジション11人から15人くらいにまで絞り込む。現地へ足を運び、試合を生で見て、身辺調査も行う。そうやって、モンチは選手たちのことを知り尽くすことになる。グラウンド内のパフォーマンスはもちろん、グラウンド外での素行、家族構成、新旧チームメイトの評判、移籍金の目安、希望年俸、将来のキャリアプラン……まですべて。

 選手獲得までのプロセスは長く、たくさんの人が関わるチームワークである。モンチだけが優秀でもスタッフがそうでなければ、移籍は成功しない。

 これは放出選手についても同様だ。

 モンチはチームに密着している。練習を見て、戦術ミーティングに立ち会い、遠征に同行し、ベンチやロッカールームに自由に出入りする。上司であるSDがベンチやロッカールームに顔を出すのを嫌う監督では、モンチの下では働けない。そういう日々の積み重ねで監督と選手を知り、両者の関係性やロッカールームの雰囲気を感じ取りながら、更迭や放出を決めていく。こちらのプロセスにもモンチは絡んでいない。

2022-23リーガ第13節、べティスとのセビージャダービー後にピッチへと足を運ぶモンチ

 そんな状況で正しい決断ができるのだろうか?

理由②周りがモンチの失策を許容できるか?

 「補強の失敗はない。パフォーマンスの失敗があるだけだ」というのがモンチの口癖だ。間違いなく必要な選手で獲得に誤りはなかったのにもかかわらず、その選手がパフォーマンスが発揮できないことがある、という意味である。ケガやプライベート面のトラブル(夫婦の不和、家族の新生活への不適応など)――はどんな敏腕SDでも予見できない。そしてそれらはパフォーマンスに決定的にネガティブな影響を与える。

 モンチはトラブルメイカーを絶対に獲らないし、過去の負傷歴は徹底的にチェックされる。獲得後も本人と家族が新天地に適応できるよう衣食住の世話係を付けるし、自分が相談役を買って出ることもある。加入前も加入後も万全を尽くすが、そこから先は運に任せるしかない。人事を尽くして天命を待つ。新戦力が成功するか否かには運・不運が嫌でも介入するのである。

 モンチが獲ってきて失敗した選手も少なくない。成功と失敗をトータルすれば、スポーツ面でも経済面でもプラスだからこそ、世界一のSDなのだが、周りはそれを忘れがちだ。……

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Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。

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