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シティの[5-3-2]対策を無効化したインテルの周到な準備と、流れを変えた“ストーンズの自由化”。CL決勝戦術分析【マンチェスターC 1-0 インテル】

2023.06.13

マンチェスター・シティがインテルを下し、悲願の初戴冠を遂げた2022-23シーズンのCL決勝。結果こそ下馬評通りとなったが、ピッチ上では非常に高度な戦術的駆け引きが繰り広げられた。ピッチ上で交錯した両者の思惑とその成否を、らいかーると氏が分析する。

 インテルのキックオフで試合が始まった。GKアンドレ・オナナまでボールを下げたインテルは、マンチェスター・シティのプレッシングの様子を観察したかったのだろう。アーリング・ホーランドを中心とする3トップのプレッシングを途中で自主的に止めたシティは、この試合のために準備していた[4-2-4]の外切りプレスを披露する。序盤だけはホーランドたちがオナナまでプレッシングに行く姿勢を見せることも策として考えられたが、それすらもリスクとグアルディオラは考えたのかもしれない。

 一方で、シティのゴールキックから始まるビルドアップに対して、インテルもこの試合のメインテーマを惜しげもなく披露する。シティが多少イレギュラーな感のある[3-4-3]の配置を見せる中、インテルは迷いもなくほぼマンマークで対抗した。

グアルディオラの仕掛けと読み切っていたシモーネ・インザーギの設計

 ボール保持時のシティはナタン・アケ、マヌエル・アカンジ、ルベン・ディアスで3バックを形成。ボール非保持局面では右SBを担うジョン・ストーンズがロドリの横ではなく右インサイドハーフに移動し、左インサイドハーフにはまさかのケビン・デ・ブルイネが入ってトップ下にイルカイ・ギュンドアンが配置されていた。デ・ブルイネとギュンドアンの位置は逆の方がいいのでは?と考えるところだが、インテルの[5-3-2]の泣きどころであるSBエリアからフリーでボールを運ぶ動きを得意としているデ・ブルイネの特性を活かしたかったのだろうと推察することはできる。

 シティの配置を多少のイレギュラー感があると書いたが、実際にはリーグ戦の最終節ブレントフォード戦で披露している。ブレントフォードが[5-3-2]を日常としている関係で、このCLファイナルに向けたリハーサルになったのだろう。シティの狙いは、配置のかみ合わせによってトップ下の選手をフリーにすること。ブレントフォード戦ではパーマーが見事にその役割を実行していた。この試合の前半7分11秒にルベン・ディアスからのパスをギュンドアンが受けた場面を、グアルディオラは再現性を持って繰り返したかった可能性が高い。

 ブレントフォード戦を見逃しているわけがないインテルのシモーネ・インザーギは、本来の守備タスクを少し修正することでグアルディオラの[5-3-2]対策を無効化する準備をしてきていた。グアルディオラの狙いがトップ下の選手をフリーマンとして活用することにあるならば、インテルのすべきプレーはフリーマンを試合から消してしまえばいい、となる。

 インテルの本来のプレッシングは、アンカーのマルセロ・ブロゾビッチが相手のアンカーまで出ていくことを特徴としている。2インサイドハーフ+アンカーというよりは、3センターで守備をしているイメージだ。このアンカー対アンカー+CFの立ち位置で相手のCBをピン留めすることで、トップ下が自由になるかみ合わせをグアルディオラは狙っていた。

 しかしこの試合のインテルは、ブロゾビッチをなるべくギュンドアンのそばに配置し、ロドリに対してはハカン・チャルハノールを出すようにしていた。左インサイドハーフのチャルハノールを中央に動かす代わりにラウタロ・マルティネスをアカンジにぶつけ、エディン・ジェコを中央のルベン・ディアスにぶつける。チャルハノールがロドリのマークにつけば、自然とボールはアケに集まるように誘導される。アケにボールが入ればニコロ・バレッラが2列目から飛び出してプレッシングをかけ、3列目からマッテオ・ダルミアンが飛び出してデ・ブルイネのマークに付く算段になっていた。加えて、5バックから4バックへのスライドはお手のもののインテルはホーランドに対してフランチェスコ・アチェルビとアレッサンドロ・バストーニをぶつけることができる設計になっており、ノルウェー代表FWへの放り込みには数的優位で対応することができる。

 とはいえ、どこかを手厚くすればどこかは薄くなるもの。インテルが捨て気味だったのがストーンズのエリアだ。ボールサイドではないインサイドハーフを捨てることで、他のエリアは自分たちが守りたいように守る狙いだったのだろう。シモーネ・インザーギの設計の肝はラウタロを左、チャルハノールをロドリ、バレッラを飛び出させる形にして、シティの攻撃をアケサイドに誘導することにあった。

 インテルのプレッシングの設計が逆回りになりアカンジサイドにボールを誘導することになると、デ・ブルイネがフリーになってしまう。仮にこの位置がギュンドアンだったとしても、デ・ブルイネやギュンドアンにボールを持たせるくらいならストーンズにボールを持たせた方がましという考えは、何を捨て、何を重視するのか“足りない毛布”とも言われるサッカーの特性を表しているのではないだろうか。なお、ストーンズにボールが入ればそばにいることが多いチャルハノールとラウタロができる限り早くプレッシングに出てくるので、完全にフリーというわけでもない。

 カウンターのことを考慮すると、ラウタロが左寄りに配置されていることの意味は大きい。シティの可変は、ストーンズが右SBからインサイドハーフに移動する負荷が最も大きい。本来の持ち場にストーンズが間に合わなければ、代わりにベルナルド・シルバが戻ることになる。守備に戻るベルナルド・シウバとフェデリコ・ディマルコのマッチアップにインテルが勝機を見出しても問題はないだろう。ただこの場合、アカンジに右SBのサポートに入られると厳しいのだが、ラウタロでアカンジを固定すれば問題ないという計算になっている。

 インテルの緻密なプレッシングの前に、シティはボールは持てど踊らず状態となった。ホーランドも元気がなければ、ロドリもボールに絡む回数が少ない。エデルソンは謎なミスを連発し、自由になれない3バックもリスクを冒す気配はなかった。ボールを循環させていく中で、時どきインテルの守備組織をバラすことに成功していたが、バラすまでのコストが尋常ではなかった。平たく言えば、インテルのプレッシングに苦しんでいた序盤戦と言っていいだろう。

シティの[4-2-4]プレッシングによる誘導

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UEFAチャンピオンズリーグインテルマンチェスター・シティ

Profile

らいかーると

昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。

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