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エコロジカル・アプローチは、なぜ誤解されるのか?トレーニング理論の新たなパラダイム

2023.04.07

短期集中連載「私とエコロジカル・アプローチ」第3回

好評発売中の『エコロジカル・アプローチ 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』は、欧米で急速に広がる「エコロジカル・アプローチ」とその実践メソッド「制約主導アプローチ」の解説書だ。

エコロジカル・アプローチは様々な分野に応用可能な理論で、異なる角度から掘り下げることで違った発見があるはずだ。第3回は、『シン・フォーメーション論』の著者で、エリース東京の監督を務める山口遼氏に「エコロジカル・アプローチのトレーニング適応」というテーマで書評をお願いした。

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 近年注目を集めてきている、複雑系のパラダイムを基礎にしたトレーニング/運動学習理論の1つである「エコロジカル・アプローチ」を説明する書籍が植田文也氏によって上梓された。本書にもあるように、1980年頃から提唱され始めていた概念にもかかわらず、日本語でこのような考え方について参照できる文献は多くないため、現場で働く人間にとっては非常に貴重な資料になるだろう。

 本書では、エコロジカル・アプローチやそれに連なるディファレンシャル・ラーニングや制約主導アプローチなどについて、多くの文献を引用しながら非常に具体的に説明されている。これらの理論の間にも当然ながらそれぞれ違いはあるのだが、本稿では特に違いにフォーカスする必要がない場合には本書で取り上げられている理論を総称して「エコロジカル・アプローチ」と表記することにする。

 今回ありがたいことに、本書についての書評を書かせていただける機会をいただいたので、実際に成人カテゴリーのチームを指揮する現場の人間としての視点からいくつか感想を述べていきたい。

「今までも多くの指導者がやってきたこと」に過ぎない?

 エコロジカル・アプローチはそもそもが運動学習理論なので、まずはトレーニングを通じた選手のパフォーマンス改善という視点から話をしなければならないだろう。

 各種理論において多少の違いはあるものの、大まかにまとめればエコロジカル・アプローチの主張とは、「指導者の最も重要な役割は『環境のデザイナー』になることであり、選手が適切に学習できるように環境を整えることに徹するべき」とされている。ここでいう「学習」や「環境」といった言葉の定義や解釈がエコロジカル・アプローチにおいて非常に重要な部分になるので、詳しくは本書をじっくり読んで確実に理解するべきだ。

 というのも、エコロジカル・アプローチは表面的に解釈すると、「オーガナイズにこだわれば良いんでしょ?」「それなら今までもほとんどのコーチがやってきたことだ」などという風に主張を矮小化してしまいやすい側面があるからだ。

 だが、せっかく本書を手に取った学習意欲の高い現場の指導者の方が、得られるメッセージを最大化できないのは非常にもったいない。本書をきちんと読み込めば、そこまで単純に現状を肯定できるものでないことがわかるはずだ。

 本書では、エコロジカル・アプローチを基礎としたトレーニング理論である「制約主導アプローチ」の5つのプリンシパルとして、トレーニング構築の上で基礎になる考え方が示されている。このうち最も特徴的かつ重要なのが、「代表性」と「制約操作」、そして「機能的バリアビリティ」の関係性だろう。「代表性」は練習環境とトレーニング環境の類似性を、「制約操作」はアクションの変化/探査行動を促すためのタスクや環境の制約を操作すること、そして「機能的バリアビリティ」はトレーニングにおける運動動作のバラツキや変動性を指す。これらはいずれもこのアプローチにおいて、トレーニングに欠かせないものとされている。

 代表性とは平たく言えば「リアリティ」に近い意味になり、なるべく試合環境に近い知覚が得られるオーガナイズを準備することが大切ということになる。ということは試合になるべく近い環境を用意すれば良い、というかゲームをひたすらやらせれば良いではないかという話になりそうだが、そういうわけではない。本書でも述べられているように、ただ試合をやらせるだけでは、運動動作の変動性が高すぎて、どのようなプレーがどのように上達するのかが、かなりランダムになってしまうのだ。

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エコロジカル・アプローチ

Profile

山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd

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