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FIFA公開の新データで見るW杯総括。掛け合わせで読み解く「一歩進んだ」分析とは?

2023.01.05

極上のファイナルで終幕となったW杯カタール大会。その興奮も少しずつ抜け、様々な角度から振り返る段階となっている。印象深い大会の分析は、強い記憶に惑わされずいかに冷静に行うかが重要だ。今大会は多くの新データがFIFAから公開され、その内容について先日『ポイントは「動き」の数値化。FIFAが発表したW杯新データの見方を解説』で解説している。本記事ではその新データから大会全体の傾向を総括してみたい。

 サッカーのデータを読む上で前提として把握してほしいのは、サッカーの分析は難しく、その分析を基準に設計しデータ取得を行なっているサッカーのデータ分析もとても難しいという点だ。

 サッカーの試合で生まれるシーンの定義付けは人によって、さらにはデータ会社によって解釈が異なるため、わかりやすいシュートの数でさえも発信元によって数値が異なる。「データは客観的」「データは正しい」という論調を時折見かけるが、少なくともサッカーにおいてはデータを利用しただけでそれが本当に正しいとは言えない。公開されている情報だけだと難しい面はあるが、データの項目名だけに捉われず、まずは先日の記事のようにデータがどう作られているかを把握した上でようやくデータ分析のスタートラインに立てる。

 特にW杯のようなグループステージ+ノックアウトステージの集計データは、通常の総当たりのリーグ戦と異なりデータ分析には不向きという問題がある。グループステージの1、2節と3節ではチームの成績によって試合の臨み方が変わり、グループステージは8組に分かれて3試合だけを行うリーグ戦のため、グループをまたいだ比較も難しい。そしてノックアウトステージはグループステージと異なり確実に勝利を狙う試合ではあるが、延長戦、PK戦が存在する。こういった大会のデータ分析を各試合で集計された数字から読み解くのは高いハードルとなる。少しでもピッチ上の現実に近づくには、数字だけでなく試合内容と照らし合わせなければ意味のない分析になってしまう。

ボール支配率の高さと勝敗の因果関係は「ない」

 前置きが長くなったが、まずは各項目のデータの中身を見ていこう。

 今大会でボールの保持率にルーズボールなどの中立の割合を示すIn Contestが追加されたのは前記事でも伝えた通りだ。

 これによりボール保持率の試合分布は下図のようになった。左上の図は全試合の分布、右の図は全試合を勝敗別に分けた分布(PK戦は引き分け扱い)、左下の図はラウンド16までの試合を準々決勝に進出したベスト8のチームと他のチームに分けたものだ。

 全体の傾向としては32-36%で増加し、一度減ってから44-48%が頂点となっている。前記事でも伝えたようにIn Contestの値は8-11%に集約されていた点を踏まえると、44-48%あたりがイーブンと言える。

 全体的にはボールを長く保持しないチームの方が勝率は高い傾向にあり、今大会の日本のドイツ戦やスペイン戦はその最たる例となったが、もちろん保持と勝利の双方を手にしたチームもある。

 一方、ラウンド16終了時点で勝ち上がったチームと敗退したチームの傾向を比較すると別の傾向が見えてくる。ベスト8組は52-56%が多く全体的に保持に偏っているが、敗退チームは32-36%に集中していた。もちろん、ベスト8組にも低い保持率のチームは存在しており、その中の多くがモロッコのデータとなっている。低い保持率で勝つことはできるが、勝ち続けることは難しいと言えるかもしれない。

プレイフェーズと「In Front」「In Behind」の組み合わせが興味深い

 保持、被保持を詳細に分けたプレイフェーズで傾向を見てみよう。全試合を対象に保持率と保持時の主なプレイフェーズの比率を下図に表した。色は試合の勝敗で分けている。

 ビルドアップフェーズの比率の高低はボール保持率との関係が深く、相手ブロック前を中心とした保持時間の長さがそのまま保持率に大きく影響していると言える。プログレッションフェーズはビルドアップの先とファイナルサードの前が対象になり相手ゴールへ前進していく過程となるが、ここの比率と保持率の関係はビルドアップほど強くない。特に勝利チームは保持率とともに上昇する傾向がほぼなく、ボールを大切にするチームであっても「前進をしている過程において停滞をしない」という意識を感じる。

 図右上のアタッキングトランジションフェーズはインプレーでボールを奪った直後が対象となり、ここの比率が高いということはそれだけ攻撃が切り替わりやすい試合と言える。よってビルドアップとは逆の傾向で、保持率が高い試合ではアタッキングトランジション比率は低下する。ロングボールフェーズやカウンターアタックフェーズはそれ自体の時間が短いため比率は低い数値になるが、保持率との関係はアタッキングトランジションに近い。

 一方で保持率が高いチームであっても勝利チームはカウンター比率が高めになっており、どのようなサッカーを指向するにしてもカウンターの時間は存在し成立させる必要があると言える。

 上述したプレイフェーズのうち、ビルドアップ、プログレッション、ファイナルサードについてもう少し詳細なデータを見てみよう。……

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カタールW杯

Profile

八反地 勇

1981年、愛媛県生まれ。音楽で食べていくために上京するもサッカーに魅入られ、サッカーのデータ入力、速報配信運用業務を経て、現在はフリーランスにてサッカーのデータ分析向けの設計、分析記事の執筆、ウェブフロントエンジニアなどを担当。サッカー観戦は1チームに絞らず、広く浅く見るタイプ。

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