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「頭カラッポ原理主義」脱却の先にある『敗北のスポーツ学』=「考える大人」

2022.07.12

日本代表とMr.Children』の共著者で、「ファスト教養」論で話題の音楽ブロガー/ライターのレジーさんは、アスリートのセカンドキャリア問題を1つのテーマにした『敗北のスポーツ学』をどう読んだのか? アスリートには「少年のままでいてほしい」という社会の圧=「頭カラッポ原理主義」がもたらす現象を掘り下げてみたい。

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アスリートは「頭カラッポ」であるべきか?

 「引退を受け入れます。でも、サッカーから離れるのは嫌です。何でもいいからサッカーに関わっていたいんです。5歳からサッカーしかやってないんです。そんな僕からサッカーをとったら何にも残らない……」

 現在TBSで放送されているドラマ『オールドルーキー』。初回放送にて、綾野剛が演じるJリーガーの新町亮太郎は、37歳にして所属していたJ3のチームの解散に伴い現役引退を余儀なくされる。それまでサッカー以外のことを考えずに過ごしてきた彼は、次のチームを探すべくスポーツマネジメント会社「ビクトリー」にアクセスするが(設定上新町はここまで代理人契約を誰ともしておらず、「ビクトリー」は彼がこのタイミングで「人差し指タイピング」を駆使した検索で見つけた企業だ)、代表キャップ4で40歳手前の選手の獲得に手を上げるチームは見つからない。

 冒頭のセリフは、そんな状況に置かれた新町が「ビクトリー」の面々の前で土下座をしながらさらなる支援をお願いした際のものである。

 『オールドルーキー』が取り扱うのは、Jリーガーのセカンドキャリアに関する問題である。ドラマの公式サイトにも、「セカンドキャリア」という言葉が記載されている。では、実際のところ、Jリーガーのセカンドキャリア問題とはどのようなものなのだろうか。

 「アスリートのセカンドキャリア問題は、ほとんど存在しない。『お金を稼ぐために』という動機、何となく汚く感じてしまうこの動機について、遅かれ早かれ、誰しも折り合いをつけていくだけのことです」

 人気俳優をそろえるドラマのテーマとしてまで扱われるこの問題を「ほとんど存在しない」と断言しているのは、J2の徳島ヴォルティスでキャリアを積んできた元Jリーガーの井筒陸也。徳島の中心選手として活躍していた彼は2018年のシーズンを最後に若くしてJリーグを去り、新宿を拠点とするクリアソン新宿に参画。選手としてチームをJFLに導いた後、現在は運営会社のクリアソンで同社のブランド戦略に従事している。

 前述した井筒のセカンドキャリア問題に関する考え方は、彼の著書『敗北のスポーツ学 セカンドキャリアに苦悩するアスリートの構造的問題と解決策』からの引用である。同書は、「サッカー界に肩までどっぷり浸かりながらも、ずっとサッカー以外のカルチャーに興味を持ち続けてきた」「サッカーを続けてきた自分の運命を呪ってきた」(いずれも同書より)というサッカー界の異分子とでも言うべき井筒の目から見たアスリートのあり方・生き方に関する本である。

 『敗北のスポーツ学』において井筒が指摘しているのは、Jリーガー(もしくはアスリート)に対する世間からのある「圧」である。

 「しかし、現在それが、『問題』として囃し立てられている(筆者注:アスリートのセカンドキャリア問題のこと)のはなぜでしょうか。僕は、社会が『Jリーガーには少年のままでいてほしい』と要請しているからではないか、と考えています。ピアニストになれなかった父親が自分の子どもに夢を託し、過剰な期待をかけるように、『自分たちはあきらめて普通の大人になってしまったけれど、Jリーガーの君たちは、そうなってはならない』といった圧をかけられている。Jリーガーだった僕はいつも耐え難い息苦しさを感じてきました」

 『オールドルーキー』の新町がこの圧の通りにサッカー一筋の道を歩み、旬が過ぎたところで何も持たないアラフォーになったのとは対照的に、現役時代からnoteで自身の考えを発信し、自らの意思でJリーガーとしては決して一般的ではないキャリアを選んできた井筒は、人生を通じてこの圧と戦っているとも言える。

 一方で、新町は少なくとも現役時代は周囲から愛される存在だったこともドラマ内では描かれている。天真爛漫で純真、言葉を選ばずに言えばちょっとおバカだけど可愛い。元女子アナの華やかな伴侶も得ている。

 こういった描写においてどうしても筆者が思い出してしまうのが、このフレーズである。

 <CHA-LA HEAD-CHA-LA 頭カラッポの方が夢詰め込める>

 アニメ『ドラゴンボールZ』のオープニングで歌われたこのメッセージは、井筒の言う「少年のままでいてほしい」のこのうえない具現化である。

『ドラゴンボール』シリーズの主人公、孫悟空

 考えるより感じるのが一番。自由に楽しもう。

 「一定の知識があればその楽しさを倍増させることができる」といった指摘を挟ませない「頭カラッポ原理主義」とでも言うべき考え方は、特にエンターテインメントの領域において日に日に力を増していっている。……

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『敗北のスポーツ学』

Profile

レジー

1981年生まれ。一般企業に勤めつつ、音楽ブロガー・ライターとして日本の音楽シーンに関する論考を各種媒体で発信。最近では「ファスト教養」論など社会・カルチャー全般に関する寄稿も展開。著書に『夏フェス革命-音楽が変わる、社会が変わる-』『日本代表とMr.Children』(宇野維正との共著)。