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「自分のプレーとチームの勝利の順番が逆になった」向上心の塊・下田北斗が大分のキャプテンになって変わったこと

2022.07.06

大分トリニータ移籍1年目の昨シーズンからレギュラーとして活躍し、下平体制ではキャプテンに指名された下田北斗。「上手くなりたい、強くなりたい、成長したい」と望み続ける向上心の塊のような選手は、チームを引っ張る立場になってどう変わったのか? 大分トリニータを追い続けるひぐらしひなつ氏が新キャプテンの想いに迫る。

降格が決まって「号泣」

 2021年11月20日、J1第36節。鹿島アントラーズと引き分けた大分トリニータの、来季J2への降格が決まった。コロナ禍のイレギュラーなレギュレーションにより、降格枠が『4』とされたシーズン。終盤まで混戦の様相を呈していたJ1残留争いだが、2節を残して3チームの降格が同時に確定した。

 カシマスタジアムに響き渡った長いホイッスルに厳しい結果を宣告された後、手放しで泣きじゃくった下田北斗の姿を忘れない。思うように勝ち点を積めなかった難しい日々の中、当時の片野坂知宏監督はリーグ戦32試合で下田をレギュラーとして起用し、下田もそれに応えるように戦い続けた。結果の出ない苦しさを抑制しながら「試合に出させてもらっているので責任を持って残留させる」と口にしていたが、それを果たせなかった時、ついに決壊するものがあったのだろう。

 加入して1年目の下田が誰よりも悔しさを露にしていたことが印象的だった。それはおそらく、下田自身の意志の強度の表れなのだと思う。「上手くなりたい、強くなりたい、成長したい」、取材に応えるたびにそう言っていたし、試合でのプレーやトレーニングの様子からも、その希求度の高さは見て取れた。人一倍、向上心の強い選手。周囲からはそう見えていた。

昨季のJ1第36節、鹿島戦のハイライト動画。試合終了後、下田が悔し涙を流す表情も映し出されている(5:04~)

 2014年に専修大学を卒業後、ヴァンフォーレ甲府でプロデビューして2シーズン、続いて湘南ベルマーレで2シーズン、川崎フロンターレで3シーズンを過ごしてトリニータへとやってきた。子供の頃から、そしてプロになってからも「上手くなりたい」という気持ちは抱いていたが、その漠然とした欲求が明確な具体性を持つようになったのは、フロンターレに加入してからだったと下田は振り返る。

 「フロンターレで日本のトップレベルの選手を間近に見るようになって、目指している場所の高さ、見ている基準の高さを目の当たりにして『ああ、このままじゃ俺はダメなんだな』と思ったんです。『やっぱりこれだけやってるんだな』と衝撃を受けて。特にきっかけがあったわけではないけど、生活していく中で、このままではこのチームでは生き残れないと感じた。『今日出場してダメだったらもう移籍しよう』と代理人と話して試合に臨んだこともあったくらいでした」

 そんな矢先の、トリニータからのオファー。片野坂監督の特徴的なポゼッションスタイルの中で出場機会を増やし自らの存在価値を磨こうと、意を決して移籍に踏み切ったのだった。

大分加入初年度、2021シーズンの下田(Photo: OITA F.C.)

古巣のフロンターレ相手に「有言実行」

 だが、下田はそこで、大きなギャップに直面することになる。

 練習や試合の中で周囲に要求しても、響くだけの手応えが得られない。ある時には「北斗くん怖い」とまで言われたこともある。

 「それは、僕の言い方が悪かったのかもしれないけど」

 上手くなりたい、強くなりたい、勝ちたいという思いが強いからこそ、もどかしさが増して口調がきつくなっていた。その後は伝え方に気をつけようと思ったと言うが、下田としては、自らの設定した基準を周囲のレベルに合わせて下げるような感覚になれば、そこには焦燥感しか生まれなかっただろうと思う。そんなジレンマにも苛まれながら、チームの標榜するサッカーの中でいかに存在感を出して自らの価値を高めるかということにフォーカスして、下田はトリニータでの1年目を過ごした。

 失意の結果となった2021年J1リーグ戦の最終節から1週間後、トリニータは天皇杯準決勝に臨む。奇しくもフロンターレとの対戦になった。下田はその前回大会にフロンターレの一員として優勝を遂げている。2021年1月1日、歓喜に沸いた優勝セレモニー後のチーム解散式では退団選手の挨拶も行われ、すでにトリニータへの移籍が決まっていた下田はこう言った。

 「フロンターレが強いのはわかってるけど、対戦したら絶対に勝ちたい」

 そんな挑戦状も虚しくリーグ戦では2敗。だが、天皇杯準決勝では巷の予想を大きく裏切り、J2降格チームが前年チャンピオンを下した。耐えに耐えて延長戦に持ち込み、113分に失点してついにここまでかと思いきや、延長戦の後半アディショナルタイムにセットプレーから追いつくと、PK戦で勝利をもぎ取ったのだ。1月の下田の言葉は、その年の12月に現実となった。

 「不細工な勝ち方だったけど、自分たちができることを最大限に出して頑張った結果。たまたまといえばたまたまだけど、それを手繰り寄せたのは自分たちだから。でも、うれしかった半分、もっとやらなきゃな半分という感じでした」

古巣・川崎をPK戦の末に下した2021シーズン、天皇杯準決勝でピッチを駆ける下田(Photo: OITA F.C.)

 トリニータはその後、これも劇的展開となった決勝で浦和レッズに敗れ、2021年シーズンを終える。片野坂監督がそのシーズン限りでトリニータを離れることはすでに決まっていたが、天皇杯での戦いに手応えを感じた選手たちはJ2降格にも関わらず次々に契約を更新し、実に28名ものメンバーが2022年シーズンも引き続き一緒に戦うことになった。新たに就任した下平隆宏監督の下、1年でのJ2復帰を目指すトリニータで、下田はキャプテンとしてチームを率いることになる。

コーチ陣が取り組んだ「声が出せる環境」づくり

 そうやってスタートした2022年、トリニータはいきなり試練に見舞われる。もとよりカタールW杯開催の影響でコンパクトなスケジュールだったところに、昨季J1で18位だったことでルヴァンカップも加わる過密日程。さらにコロナ禍の影響でリーグとルヴァンカップそれぞれの開幕戦がリスケジュールされ、初戦から11連戦、9連戦、7連戦と、シーズン前半のほとんどを中2日、中3日での連戦としてこなすことになった。

 新任の指揮官の戦術を腰を据えて落とし込む余裕もなく、リーグ戦とカップ戦で戦力を入れ替えながら戦っていたが、疲労が蓄積する中で負傷者が続出し、選手個々にかかる負荷も増す。粘りきれずに取りこぼす試合が多くなり、目標勝ち点からはるかに下回る結果で、トリニータはシーズンの折り返しを迎えた。

 そんな苦しい状況のチームでキャプテンとしての責務を果たそうとしながら、個人的な部分で昨季とは意識が大きく変わったと下田は言う。……

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下平隆宏下田北斗大分トリニータ川崎フロンターレ戦術文化片野坂知宏

Profile

ひぐらしひなつ

大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。note:https://note.com/windegg