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【無料】最新のスタジアムは「あえて作り込まない」。スタジアム設計のトップランナーとスポーツビジネスのプロフェッショナルに聞く、スタジアム・アリーナビジネスの現状と未来(前編)

2022.03.26

去る2022年2月1日、梓設計スポーツ・エンターテインメントドメインのアドバイザーに、Blue United Corporationの中村武彦President & CEOが就任したことが発表された。埼玉スタジアム2〇〇2をはじめ数多くのスポーツ施設を手がけてきた日本のスタジアム・アリーナ設計のトップランナーと、世界を股にかけスポーツビジネスを展開する専門家が目指すものとは。協業の経緯に加え日本のスタジアム・アリーナの現状に関するプロフェッショナルの意見、そしてそこにどう一石を投じようとしているのかというビジョンについて、梓設計常務執行役員/スポーツ・エンターテインメントドメイン長の永廣正邦氏と中村氏の両名に語ってもらった前編。

協業の理由

――まずは今回、梓設計のスポーツ・エンターテインメントドメインアドバイザーに中村さんが就任することとなった経緯について聞かせてください。

中村「遡ること1年半ほど前、リサーチのお手伝いをさせていただいたことがきっかけだったのですが、当初はこのようにご一緒させていただくことになるとは思っていませんでした。日本ではスタジアムやアリーナへの関心がまだまだ薄い中で、梓設計さんは先を行かれている印象を受けました。例えば、どういうリサーチをしてほしいかリクエストをいただく際、表面をさらうのではなくより深いところまで調査をお願いしていただいたり、コロナ禍前には一緒にスタジアムの海外視察へ行かせていただいたのですがその際にも単に見るだけではなく、事前にどういったところをチェックするのか準備をされていたり、終わった後には詳細なスタジアムレポートを作成されたりしていました。そうやって協力させていただいたりお仕事を拝見させていただいたりする中で、もう少し深くご一緒させていただけないかとお話をしまして、今回このような形で協力をさせていただくこととなりました」

永廣「弊社では、日本が遅れている部分を少しでも勉強するために6、7年前くらいからスタジアム・アリーナの海外視察を始めていました。

 日本の公共事業の課題となっていたのが、設計と運営計画が並行して行われていることが少ないという点でした。これではいけないと感じていたんです。そこで、スポーツビジネスとスタジアム・アリーナ運営を両立させているヨーロッパやアメリカの視察を進めていました。

 視察を通じて日本らしいスタジアムとはどうあるべきかをあらためて考えていたところ、ちょうどその時に岡田武史会長(株式会社今治.夢スポーツ代表取締役会長)から、国外だけでなく、Jリーグのチームともお仕事されている中村さんのお話をうかがいまして、ぜひ協力していただけないかとお願いをさせていただいたのが最初でした」

――中村さんはこれまでもリサーチ等に協力なさっていたということですが、アドバイザーとして具体的にどのような形で梓設計のプロジェクトにコミットしていくのでしょうか?

中村「今お話の出たFC今治のスタジアムがいい例なのですが、ただ箱を作りましょうではなく、試合以外にどういう楽しみ方ができるかや試合以外で訪れてもらう方法をいろいろと考え、いろいろな方が関わって作られているのです。

 おそらく、そこがポイントになっていくと思います。単純に国外ではこうなっています、だから日本もこうすべきですというリサーチは時代遅れです。日本には日本の風土がありますのでそのまま真似するのはそもそも不可能ですし、欧米を崇拝しても仕方がないと考えます。欧米は欧米で時間をかけて作ってきているものですので。日本には日本の良さ、継承されてきているものがあり、それを活用してスタジアムやアリーナを作っていくことが重要になると考えています。

 ですので私たちとしては、スポーツビジネスの原理原則としてはこういうものがあり、その原理原則に沿ってこういう面白いことをしているスタジアムがあるということや、あるいは今後こうなっていきそうということをお伝えできればと思っています。梓設計はスタジアム設計に関して日本では突出したノウハウと実績をお持ちですので、日本における新しいスポーツビジネスに沿った設計やデザインを取り入れた、FC今治のような施設ができていくといいなと考えています。

 スポーツビジネスの観点からはこういう考え方ができる、ということをお伝えするような形での寄り添い方ができれば理想的だと思っています」

梓設計が手がける「里山スタジアムプロジェクト」のコンセプトムービー

――実は、私は愛媛出身で出生地が今治なんです。新スタジアムが街を活気づかせるものになってくれることを今から楽しみにしています。

中村「岡田さんがおっしゃっていたのは、今の時代その気になれば日本のどこからでも東京ディズニーランドに2時間強あれば行けると。本気を出せば(笑)。そういう中で、行きたいと思わせる場所を地元に作るのが大事なのだと話されていたのが印象に残っています」

「余白を残す」スタジアムづくり

――ここからは、日本のスタジアムビジネスの現状についてうかがえればと思います。現状をどう評価されていますか?

永廣「以前に比べれば、随分と良くなってきています。設計の立場から話させていただくと、かつては設計の段階から中村さんのような方に入っていただくということはほとんどありませんでした。これまでのスタジアムというのは公共事業がメインだったこともあり、どちらかというと運営される方との接点が少なく、与条件の中で施設を作っていました。官庁の場合、担当者が定期的に変わっていくこともあり、長期的な視点を持つことが難しかったのではないでしょうか。これについては、私どもにも責任があると感じています。

 ただ、これからは施設の設計の段階から中村さんのような方に入っていただき、運営面の視点を持って設計を行っていきたいと思っています。もともと弊社では海外のスタジアム視察で得た知見を基に『NEXT STADIUM & ARENA』として、5つのコンセプト(①FOCUS:コンテンツを見据えた最適な観客席タイプの選択で稼働率を最大化、②UNIQUE:施設独自のわかりやすい「世界観」を創出、③HOSPITALITY:日本らしい細部に行き届いたホスピタリティの充実、④FUTURE:将来を見据えた拡張性や更新性や様々なテクノロジーの進化に配慮、⑤COMMUNITY:地域特性・立地特性に配慮)を掲げていました。中村さんと知り合いスポーツビジネスの原理原則を学び、これからの日本らしいスタジアム&アリーナのあるべき姿を意識したコンセプトを3つ(①365日賑わう地域の居場所づくり:日常と非日常の両立、多様性を生む余白ある計画、②街と繋がりを生む、開かれたスタジアム:地域と共に成長、③スポーツを通じて、地域や人がつながりを持て地域活力を向上:地域貢献・SDGS)追加しました。今後はそれに沿って設計を行っていきたいと考えています。

 特に、スタジアム・アリーナというのはその地域の核になっていくものですので、地域の課題を解決しながら街づくりをしていくための『みんなの居場所づくり』を率先してどんどんやっていきたいと思っているところです」

――過去にビッグイベントに合わせて作られたスタジアムの中に、負の遺産と化してしまっているものが現実問題としてあります。今後はそうならないよう、設計段階から先々のことまで見通したスタジアムづくりを行っていくわけですね。それにあたり、何か意識されていることはあるのでしょうか?

永廣「今建設中のFC今治のスタジアムや釜石鵜住居復興スタジアム(2019年ラグビーワールドカップで使用)の時がそうだったのですが、『作り込まない』ことを念頭に置いて設計しています。余白を残しながら、可能性を探っていけるような施設の作り方というのが日本には合っていると考えていて、初期投資をかけるのではなく将来を見据えて『まずはここ』というところだけを作っていくというのを、中村さんと話をする中で見定められるようになってきました。そういった形が、日本らしいスタジアムの在り方ではないかと考えています」

「作り込まない」をコンセプトに作られたという釜石鵜住居復興スタジアム。座席はシンプルな造りとなっており、外壁もなく開放感のある施設となっている

――「余白を残す」という言葉はすごく印象的です。5年後、10年後には今あるものが無用になってしまうくらい時代の流れが加速している今の時代に合った考え方だと感じました。

永廣「中村さんと話していると、それを如実に感じますね。

 そのほかに、これから日本でも民設民営のスタジアムやアリーナの計画が加速するものと考えています。特にアリーナは、Bリーグの施設基準が変わることもあり、『民設民営でやりたい』という相談をいくつか受けています。スタジアムに関してもFC今治の里山スタジアムは民設民営ですし、今後増えてくるだろうと考えています。

 また、コンペティションスタイルも変わってきていて、民間企業と一体となったチーム編成で参加できるような事業スタイルが出てきているので、少しずついい方向に向かっているなと感じているところです。ですから設計チームとして中村さんと一緒に取り組める機会が増えてきていて、それもアドバイザー契約を結ぶことに決めた一因です」

――最近のスポーツ界におけるスタジアム関連の話題として思い浮かぶのが、プロ野球の北海道日本ハムファイターズの本拠地移転問題です。球団と札幌市の間で使用条件等をめぐる交渉が決裂し、結果的に日本ハムは新球場の建設を決めました。現状、Jリーグでは指定管理者としてスタジアムを運営しているところが多いですが、今後は違った形が増えてくるということでしょうか?

永廣「公共施設だと、例えば指定管理者としてクラブチームが入ってくるという形になりますが、WEリーグなどの規模の小さいスタジアムでは、建設を含めてクラブチームが主体で行うという話はいくつか出てきています」

――いきなり5、6万人のスタジアムをというのはなかなか難しいですが、成功例が出てきたら今後そうした形態が増えてくる可能性はありそうですね。ここで少し、そもそもスタジアム建設というのがどのようなプロセスで行われるものなのか、少しご説明いただいてもよろしいでしょうか?

永廣「公共事業ですと通常、まずコンペやプロポーザルがあり、そこで選ばれた事務所が設計を行います。次に積算をして工事費を算出し、施工者に見積もりを出して落札をした企業が受注して実際の建設を行うというのがこれまでは一般的でした。

 ただ、どの地方自治体も潤沢な予算があるわけではなく、最近はPFI方式(民間が事業主体として資金やノウハウを活用し、公共施設等の設計・建設・改修・更新や維持管理・運営を行う公共事業の手法)や、DBコンセッションと言いまして施工までを設計事務所・施工者等が一体となって受け持つケースが増えています。大型物件については特にそうです。それに伴い、クラブチームがスタジアム設計段階から携われることが増えてきていますね。

 最近で言いますとサンフレッチェ広島の新スタジアムがDB方式です。お話にありました日本ハムの「北海道ボールパーク」やジャパネットの『長崎スタジアムシティプロジェクト』は完全に民間のプロジェクトです。このような動きもあるからでしょうが、最近は従来型の官庁案件でも、施設を利用するクラブチームの要望もうかがいながら設計を行っているケースもあります。

――従来型の指定管理者制度だとしても、以前に比べれば実際に使用するクラブの意見が取り入れられるようになってきているということですね。

永廣「そうですね。最近は意見を聞けるようになってきました。以前はそういうことは少なかったので(笑)、変わってきたなと感じています」

『サッカー専用スタジアム』の在り方

――なるほど。ではここからは、スタジアムづくりに関して課題として挙がるいくつかのポイントについて、設計者の視点でどのように感じられているかを聞かせてください。中村さんには、欧米での事例や考え方を教えてもらえればと思います。まず、スタジアムの「トラック併設」についてはいかがでしょうか?

永廣「陸上競技場でサッカーやラグビーをやるというのは、一体感や臨場感などからすると観戦環境としてはあまりよくないな、もったいないなとは思っています。ただ、自治体としてどうしても専用競技場が作れないということであれば、そこは仕方ない部分ではあります。今併設のスタジアムを使っているところでも、今後専用スタジアムを作ろうという動きは増えていると感じています」

中村「アメリカにはあまりそういう施設はないですね。そもそも土地が広いので“もったいない”作りをしていることが多いというのは事実としてあります。ただ、だからといって日本もそうするべきかと言えばそういうことではありません。ヨーロッパでもトラック併設でお客さんがたくさん入っているスタジアムはありますし、そこは考え方次第でトラックがあるスタジアムには陸上に興味がある方が来場するわけですから、その時にサッカーチームやラグビーチームを知ってもらい、試合に来てもらうためにどう活用できるかという発想を持てばいいと思いますので一概に悪いことだけではないと考えています。確かに、ものすごく低い座席で目の前に陸上競技場があるとピッチが見づらくなるということはあると思いますが、そこは発想を変えて工夫をすればいいと思います。

 アメリカに関して付け加えると、民間のスタジアムが多いというのも専用スタジアムになっている理由の1つとしてあります。スポーツビジネスとの関わり方として個人投資家がチームを持っていることが多いので、オーナーの意見が通ることが多くなります。もちろん民間の資金も使って作られていることが多いのですが、オーナー主導で作られているという背景があります。

 それなら日本でも個人投資家がスポーツクラブの運営に参画してくれればいいのかというと、そういう話ではありません。『誰の視点をもっと取り入れればいいか』というのが原理原則になりますので、ある自治体がスタジアムを作りますとなった時にクラブの視点は反映されているのか、地元の視点はどうかといった話ができればいいと思っています。

 あとは、日本で『サッカー専用スタジアム』と言うとサッカーしかできないスタジアムというイメージがありますが、アメリカの場合はマルチな用途を想定していることが多いです。MLSでもサッカー専用スタジアムと呼びますが、例えばBMXのショーなど他のイベントを年間100日以上入れていますし、アメリカこそマルチユースだと感じています。そういったことを踏まえると、専用スタジアムという呼称を工夫するだけでも違ってくるのではないでしょうか。サッカー専用スタジアムとしてしまうと地元に間違ったメッセージを発信してしまいますので、そのあたりを工夫できると自治体との会話がよりスムーズにいくこともあるのではないかと思います」

写真はエクストリームスポーツの祭典エックスゲームス2018でのBMX競技の様子。NFLミネソタ・バイキングスの本拠USバンク・スタジアムが会場となった

――中村さんがおっしゃるように日本は土地が限られていますし、またこれから人口の減少が予想される中でサッカー専用スタジアムを作るのが本当にその地域にとって幸せなことなのか、というのは考える必要があると感じます。

中村「そのためにはおそらく、スタジアムに就職する人やイベントを招致する人など、そこに携わる人材が必要になってきます。働いている人たちを見ると、日本の方が柔軟性があると感じているのです。アメリカの場合は完全分業制で、言われた仕事以外はいっさい手出しをしないという文化なのでかけ持ちというのをしません。なので、人をたくさん雇わないといけないのです。これしかやりません、という人をそろえないといけないわけです。一方で日本の場合、みなさん優秀で器用なので1人の人が複数の仕事をこなせます。手伝いますし、かけ持ちもしますし、自分の仕事じゃないから知らないという冷たい線引きもしない国民性があります。それゆえに人数を少なく雇えるという実情もあります。(同席していた)弊社の社員もそれを感じていると思いますが(笑)、運営する側からするといい人材が日本にはいるのです。オリンピックを開催しても大きな問題は起こりませんし、ワールドカップを開催すれば大成功だと言われますからね。ですからある意味、スタジアム・アリーナビジネスがここから広がっていくと世界的に見ても新しく、強いものになっていくと期待できる部分だと感じています」

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<プロフィール>
Masakuni NAGAHIRO
永廣正邦

(梓設計常務執行役員/プリンシパルアーキテクト/スポーツ・エンターテインメントドイン長)

1984年法政大学工学部建築学科卒業。1989年(株)梓設計入社。横浜Kアリーナ、釜石スタジアム、FC今治「里山スタジアム」などスタジアム・アリーナの設計のほか、TOTOミュージアム、山梨市庁舎など数々の設計に従事。<受賞歴>BCS賞、日事連国交省大臣賞、グッドデザイン賞、JIA建築賞、JIA環境建築賞、日本建築学会作品選集、東京建築賞最優秀賞、公共建築賞、AACA賞他

Takehiko NAKAMURA
中村武彦

(Blue United Corporation President & CEO)

2005年に日本人として初めてMLS国際部へ入社。世界初のパンパシフィック選手権を設立した。09年にFCバルセロナ国際部ディレクター(北米・アジア・オセアニア担当)を経験し、15年にはBlue United Corporationを創設。18年にパシフィック・リム・カップとプロeスポーツチームBLU eFCを創設し、21年にはEA FIFAeクラブW杯アジア地区王者となる。また、20年より東京大学社会戦略工学研究室の共同研究員に。国内外様々なスポーツビジネスに携わっているスペシャリスト。

Photos: Takahiro Fujii, Getty Images

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FC今治スタジアム中村武彦梓設計

Profile

久保 佑一郎

1986年生まれ。愛媛県出身。友人の勧めで手に取った週刊footballistaに魅せられ、2010年南アフリカW杯後にアルバイトとして編集部の門を叩く。エディタースクールやライター歴はなく、footballistaで一から編集のイロハを学んだ。現在はweb副編集長を担当。