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「復興の象徴になりたい」――カンボジアにスタジアムを建設した日本人が語る成長戦略

2025.01.22

2024年秋、世界遺産アンコール・ワットの観光拠点であるシェムリアップ(カンボジア)にサッカー専用スタジアムが完成した。杮落し試合のチケットは完売。2089名が熱狂したスタジアムの雰囲気は街に新たな文化が生まれる予感を感じさせるものだった。

建設主体は同国トップリーグに所属する日系サッカークラブ『アンコールタイガー』。著しい経済成長の一方、ASEAN 10か国の中でも道路や通信などインフラが整っているとは言えない国で、彼らが挑戦を続ける理由とは。

「土地を安く売ってあげる。そこでスタジアムを建設したらどうか?」

 「街が死にました」

 カンボジアのサッカークラブ『アンコールタイガー』代表取締役社長の加藤明拓はコロナ禍の時期を振り返り、クラブの本拠地であるシェムリアップ州の様子をそう表現した。2015年にクラブの経営権を継承後、これまでも様々な困難はあったが、新型コロナウイルスによる被害は比べ物にならないくらい深刻だった。

 「シェムリアップは観光一本足の地域ですからね。5万人近くの失業者が出て、街から人が消えて、どんよりした空気が流れて……」

コロナ禍のシェムリアップ。街から人が消えた

 そうした状況をふまえ、『カンボジアの夢と希望と勇気の象徴として、国民の生活に欠かせない心の潤いとなる』をミッションとして掲げるアンコールタイガーが2022年10月に発表したプロジェクトが『新スタジアム建設』だった。

 「クラブとしてシェムリアップの経済を活性化するために何ができるのか。アンコール・ワット以外の観光地を造ることで観光客の滞在日数を増やし、シェムリアップのGDP向上に貢献しようと。そのために新スタジアム建設を決めました」

 自前のスタジアムを持つことはクラブにとって長年の悲願でもあった。これまでは州立スタジアムなどを借りる形で試合運営を行ってきたが、老朽化が進み、ナイター設備もなく、試合以外のイベントを開催する際には都度許可が必要となるため実現できなかった施策も多い。

 また、スタンダードな席種のチケットは「カンボジアサッカーの歴史や人気もふまえて、スタバのコーヒー1杯分くらい」の当日販売価格4ドル(前売り販売価格2.5ドル)と安価にしているにも関わらず、入場料収入の40%が利用手数料として差し引かれた。

スポンサー企業と試合観戦する加藤氏(オレンジ色のスーツ)。クラブ総売上の約9割がスポンサー収入

 無論、新スタジアムの建設には多額の資金が必要となる。最もコストがかかるのはインフラ整備。土地や人件費は抑えられる一方で「水道や電気を通すこと、スタジアム周辺の道路整備もカンボジア政府は何もしてくれない。ここにお金がかかる」ため、必要な建設費の目途がつかない状況が続いた。

 しかし、この課題は1人のサポーターによる提案で解決することになる。

 「うちのコアサポーターが『幼馴染が郊外に1200戸程度の住宅街をつくる開発計画がある』という話を教えてくれて。彼(幼馴染)と会ってみると(アンコール)タイガーの存在を認識してくれていた上で『アンコールタイガーのスタッフは外国人なのにお金と時間を犠牲にしてシェムリアップのために頑張っているから、(インフラ整備を含めた開発計画がある)土地を安く売ってあげる。そこでスタジアムを建設したらどうか?』と提案してくれたんです」

サポーターの仲介により購入したスタジアム建設用の土地。街の中心街『パブストリート』から西に10㎞程度

 そこからの動きは早かった。建設発表から約2年でスタジアムは完成。2024年11月には満席となる2089名の観客を集め、杮落し試合が開催された。日本で新スタジアムを建設する際によく議論される『地域住民の理解(気運の高まり)』『環境問題』などは論点にすらならず、「最初からずっとウェルカムな雰囲気」で竣工された。

 「税金を使っていないですしね。配慮しなければいけない相手が少ないことは(歓迎された理由として)あります。それにカンボジアの国民性として朝6時から結婚式で音楽を大音量で流しても、深夜にカラオケの音漏れが聞こえてきても、誰も気にしない。騒音という概念がないので(笑)」

新スタジアムは不動産プロジェクト

 インフラ整備の費用は抑えられたものの、5ヘクタールの土地購入も含め約7億円の投資が行われた新スタジアム建設。「日本のスタジアムの1/8程度」の総工費ではあるが、平均月給が200~250ドルの街で回収するのは簡単ではない。期待していたネーミングライツも購入者が見つからず、現在は「Akihiro Kato Stadium」の名で運営されている。

日本企業を中心に40社からの投資を受けて完成したAkihiro Kato Stadium。日照時間が長く「芝生の育成には抜群の環境」

 加藤は「サッカー事業のみで収益化することは難しい」とした上で、新スタジアムのマネタイズにおけるポイントとして“不動産収入”を挙げる。

 「新スタジアム建設は『不動産プロジェクト』でもあります。シェムリアップは道路が整備されたり、電気が通るだけで周辺の土地の値段が3倍~4倍になる。直近20年で100倍以上高騰した土地もあります。今の構想ではスタジアム周辺の土地を15~16ヘクタールくらいまで買い足して、選手寮を兼ねたマンションやカフェ、ゴーカート、プールやキャンプ場なんかも造りたい。繰り返しですが、シェムリアップはアンコール・ワット以外の観光地がないので、観光客が楽しめるコンテンツを増やしたい。パートナー企業から大学を誘致したいという話もあります。数年後にそうした施設を含めて土地を売却するとか、不動産賃料を得る形で投資を回収できればという計画です」

新スタジアムに設置されたバーベキュー席。パートナー企業など法人利用がメイン

 シェムリアップではアンコール・ワット付近の景観保護を理由に高層建築が規制されている。国民の平均年齢が約24歳で、州としても人口を増やしていくことを計画している中で新スタジアムが建設された郊外まで居住エリアが広がる可能性がある。「そうなれば、スタジアム周辺はさらに整備されるでしょうし、観客動員的にも大きい」と期待を寄せる。事実、スタジアム完成後は周辺の土地の値段が購入時よりも既に1.5倍程度上がっているという。

 「1つの理想としてイメージしているのはブリーラム(タイ)のような街になること。試合開催日はユニフォームを着た地元住民と観光客で賑わっていて雰囲気がいい。我々の新スタジアムがあるエリアは人口1万人くらいですが、試合日には人が増えて少し活気が出る。今は2000人くらいの動員数ですが、5000人、1万人と増えてくれば街の価値は更に高まって行くはずです」

新スタジアム杮落し試合の様子。4-1でアンコールタイガーが勝利した

奥さんの反対で選手を獲得できない!?

 新スタジアムの完成は様々な面でポジティブな影響が既に出ている。その1つが『応援熱量の変化』だ。

 「新スタジアムは最前列の座席からピッチまでの距離がAFC基準ギリギリの5m。旧スタジアムでも拍手や声援はありましたけど、臨場感が違うので応援の熱量が上がりましたね。カンボジア・リーグは(首都である)プノンペンを本拠地とするクラブが多く、シェムリアップでの試合はお客さんが(アウェイサポ―ターが来ないので)ほぼタイガーのサポーターです。だから、圧倒的なホーム感で試合が開催できる。選手が張りきり過ぎて前半で疲れてしまうくらい(笑)。新スタジアム完成を機に、今後はサポーター団体が一般のお客さんを巻き込んで応援するようなこともできればいいなと」

 カンボジア国内では『シェムリアップ=田舎』という印象が強く、選手補強において「既婚選手は奥さんからの反対で獲得できない」こともあるという。そうしたネガティブなイメージも新スタジアムを中心とした街づくりの中で変わっていくことが期待される。

新スタジアムで応援するアンコールタイガーサポーター

 今後は新スタジアムを会場とした有名アーティストのライブの開催が予定されている他、メタバース上のスタジアムでカンボジア人と日本人が同時翻訳で交流するパブリックビューイングも計画している。

 加藤が日本とカンボジアを行き来する生活を続けて10年。「ビジネス的には撤退した方が賢いのかもしれないですけど(苦笑)」、今では誰よりもカンボジアのことを考えている自負がある。経営していた日本の会社は売却した。私財も合計6億円以上アンコールタイガーに投入した。この挑戦を応援してくれるスポンサー企業もいる。コロナ禍というピンチもチャンスに変えて、これからもシェムリアップのために働く覚悟はできている。

 「確かに時間もお金も投資していますが、別に犠牲の気持ちとかはなくて、やりたいからやっているだけですけどね。まずは新スタジアムを使った活動でアンコールタイガーがシェムリアップの“復興の象徴”になりたい。希望、成長、夢……諦めなければ叶うことをクラブとして見せます。コロナで街が一度死んだ今、我々の姿を勇気にしてもらえたら嬉しいですね」

試合後、サポーターに挨拶する加藤氏(写真右)と篠田悠輔GM(写真中央)

写真提供:アンコールタイガーFC

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Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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