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ベロンにリケルメ…若手の名前はアルゼンチンの名手たちに由来

2020.04.27

 南米の2つの大国について有名な格言がある。「ブラジル人はアルゼンチン人を嫌うことを愛し、アルゼンチン人はブラジル人を愛することを嫌う」

 しかし、ことフットボールに関しては例外もあるようだ。その証拠としてブラジルでは、アルゼンチン人選手の名前を背負う子供が増えているという。

大会MVPはブラジル人の「ベロン」

 イングランドのアーセナルが獲得を狙う17歳のブラジル人もその1人だ。パルメイラス所属のFWガブリエウ・ベロンは、2019年のU-17ワールドカップで母国を頂点に導き、大会MVPに選出された有望株だ。

 彼の「ベロン」という名前は、元アルゼンチン代表のフアン・セバスティアン・ベロンから来ている。ベロンの大ファンだったご近所さんの勧めで、両親が「ベロン」と名付けたそうだ。

昨年のU-17ワールドカップでMVPに輝いたブラジルの“ベロン”

 もちろん「ベロン」だけが特別なわけではない。今年1月に開催された「コパ・サンパウロ・デ・フチボウ・ジュニオル(サンパウロ・ユースカップ)」には、ベロン以外のアルゼン人の英雄から名前をもらったブラジルの若手が10名以上もいたそうだ。

“リケルメ”が12名いた大会

 1969年から続く由緒正しき同大会は、主にサンパウロ州のクラブからU-20世代の選手が出場する。今年は127チームが参加し、最終的には名門インテルナシオナウが頂点に立った。そんな大会に、今年は「フアン・ロマン・リケルメ」の名前を付けた選手が12名もいたというのだ。

 今年の出場選手は2000年~2004年生まれ。ちょうどリケルメがボカ・ジュニオールやスペインのバルセロナ、ビジャレアルなどで世界中のサッカーファンを魅了していた時代である。特にボカ時代には、リベルタドーレス杯を3度制するなど、南米を席巻していた。

 そんな名前をもらった12名のうちの1人が、ジュベントスの「Rikelmi Valentim(ヒケウミ・バレンチム)」だ。きっかけは2001年のリベルタドーレス杯の準決勝だったという。当時ボカに所属していたリケルメが、ブラジルの名門パルメイラスの本拠地でハーフウェイライン付近からドリブルシュートを決めたのである。

 「リケルメはパルメイラスをきりきり舞いにした。父は熱狂的なコリンチャンス(パルメイラスの宿敵)のファンだったので、その試合を見て息子をリケルメと名付けようと決めたんだ」。ヒケウミはブラジルの放送局『Globo』にそう説明した。“敵の敵は味方”ということだ。

 しかし、全く同じ名前を付けるのではなく「Riquelme」を「Rikelmi」と少し変えている。「おかげでいじめられることもなかったし、むしろ名前をきっかけに友達が増えた」そうだ。

“偉人大集合”の大会に

 このように少し変化させた名前も多く、そんな選手がクルゼイロの出場メンバーには2名(Riquelmo、Riquelmy)もいた。実は、クルゼイロは過去に何度かリケルメの獲得に動いたことがあるクラブなのだ。

 結局リケルメは一度もブラジルのクラブに所属しなかったが、クルゼイロは知られているだけで2001年と2010年に獲得を試みている。

 もちろん、名前を変化させていない選手もいる。今大会の得点ランク3位に入ったアトレチコ・ゴイアニエンセ所属のアタッカーは、アルゼンチンの英雄と全く同じRiquelmeだ(恐らく発音は「ヒケウメ」になるのだろう)。

 さらに興味深いことに、今大会には「クリンスマン」「ルカク」「シメオネ」「マラドーナ」「サミュエル・エトオ」から名前を取った選手も出場していた。それどころか「アインシュタイン」「ジョン・レノン」、「ジョン・F・ケネディ」から名前をもらった選手もおり、まさに“偉人大集合”の大会だったようだ。


Photos: Getty Images

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Profile

田島 大

埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。

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