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挫折を知る“酔拳の達人”エゼがイングランド代表デビューを飾る

2023.06.18

 今月16日に行われたEURO 2024予選でMFエベレチ・エゼ(24歳)がイングランド代表デビューを飾った。

 クリスタルパレスに所属する24歳のアタッカーは数々の挫折を乗り越え、それでも大好きなフットボールを諦めずに夢を追い求め、ようやく代表のピッチに立ったのである。

“のらりくらり”からの急襲で決定機

 ナイジェリア人の両親の下、ロンドン近郊で生まれ育ったエゼは、恵まれた環境で少年時代を過ごしたわけではない。ガソリン代もままならず、子供の頃は入団テストを受けるクラブを絞ってトライアルに参加した。

 初めて受けたウェストハムのトライアルには落ちたが、小さい頃からティエリ・アンリに憧れていた少年は、ずっと応援してきたアーセナルに認められて9歳で下部組織に入団した。だが、体が小さかったため13歳で放出されると、その後はフラム、レディングと渡り歩いた。さらにブリストル・シティやノリッジ、スウォンジーといったクラブのトライルにも挑戦したがうまくいかず、ミルウォールのユースチームに加入するもプロ契約はもらえなかった。

 子供の頃から家の近所の広場にあるケージのサッカーコートで磨いた足技は本物だった。だが、運動量やチームプレーといったプロ選手に必須な要素が欠けていたのだ。プロ選手への道が閉ざされかけたエゼは、専門学校に行きながらスーパーマーケットでアルバイトを始めようと決心した。そんな2016年の夏、ようやく当時2部のQPRのトライアルに受かり、契約を勝ち取ったのだ。

 ユース時代に4度も放出された経験のあるエゼは自信を失っていたのかもしれない。練習では類稀なテクニックとスピードで好機を作り出したが、試合になると力を発揮できなかったという。そこでQPRはインセンティブ契約を結んで若いアタッカーの背中を押した。英紙『The Guardian』によると、当時のコーチはオフの日にも電話を入れて信頼していることを伝え、若いプレーヤーを支えたという。

 そのかいもあって徐々に結果を残し始めたエゼは、注目されるようになっても変わらなかった。信仰心の厚い彼は、成功はすべて「神様のおかげ」と考え、決して浮かれたりしない。だが、勘違いされることもあった。のんびり家な性格もあってか、ピッチ上で“のらりくらり”することがある。そのあとで急に攻め込んで決定機を生み出すのだ。それまでのクラブでは「怠惰」と決めつけられたのだろう。だがQPRのコーチ陣は、そんなエゼをジャッキー・チェンの主演映画から「酔拳の達人」と呼ぶようになったそうだ。

度重なる挫折の末に代表デビュー

 2017-18シーズンの前半は4部リーグのクラブで武者修行を積んだ。そこで家族を養うために勝利を目指す大人の世界に触れたエゼは、人として成熟した。シーズン後半からQPRに戻ると、すぐに活躍し始めたのだ。そして2019-20シーズンに2部リーグの年間ベストイレブンに選出され、今のクリスタルパレスに引き抜かれ、プレミアリーグの舞台でも輝きを放ち始めた。

 そして2021年5月、初めてA代表招集の連絡をもらった。しかし、そんな記念すべき日に、エゼは練習中にアキレス腱を負傷して6カ月間も離脱するのだった。それでも、これまで幾度となく挫折を味わってきたエゼの心が折れることはなかった。パレスとイングランド代表で同僚のDFマルク・グエイが「ケガなどもあったのに信じられないような精神力でここまできた。特別な人間さ」と称えたように、エゼは2年越しでイングランド代表に招集されると、マルタ戦で代表デビューを飾ったのだ。

 今シーズン終盤にパレスを率いた75歳のロイ・ホジソン監督も太鼓判を押す。「練習で見せているプレーをすれば代表のスタッフも大満足だろう。私がエゼにアドバイスできるのは『自分自身であれ』ということだけさ」

 少年時代に何度も放出されてきた「酔拳の達人」は、相手を翻弄する動きで今後は国際舞台でも活躍するはずだ。


Photo: Getty Images

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Profile

田島 大

埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。

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