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夢への挑戦の途中で――ブラジル人選手たちがウクライナから決死の脱出

2022.03.02

 2月24日にロシアのウクライナ侵攻が始まってから、ブラジルのサッカーメディア関係者も日々、重苦しい表情で状況を伝えている。というのも、すでに日本でも報道されている通り、ウクライナのクラブには合わせて30人のブラジル人選手が所属し、戦地となった国内に一時、取り残されてしまったからだ。

 選手たち自身がSNSを使って自分たちの置かれた状況を伝え、国外脱出のサポートを請う。メディアも、ブラジルにいる彼らの代理人や家族を通して最新の情報を求めてきた。

ステップアップへの第一歩

 ウクライナは若いサッカー選手たちにとって、夢の実現に向けた重要な選択肢の1つでもある。国内リーグで結果を出すのは大前提として、UEFAチャンピオンズリーグなどで活躍すれば世界中の目に触れる。そしてイングランドやドイツ、スペイン、イタリア、フランスといったサッカー主要国への移籍のチャンスをつかむこともできる。

 特にビッグクラブのシャフタールになると、過去に多くのブラジル代表選手たちがそうしたルートをたどってきた。FWウィリアンはコリンチャンスから2007年に同クラブに移籍し、ロシアのアンジ・マハチカラを経て2013年にチェルシーへと移籍した。ウクライナでは現地の言葉もロシア語も、そして英語もすべてマスターし、万全の準備をしてステップアップしたのだ。

 MFフェルナンジーニョはアトレチコ・パラナエンセから2005年に同クラブに移籍。2013年にマンチェスター・シティに移り、今でもそこでプレーを続けている。

 2022年ワールドカップではブラジル代表の主力の1人となるであろうMFフレッジも、インテルナシオナウから2013年にシャフタールに移籍し、2018年のマンチェスター・ユナイテッド行きのチャンスをつかんだ。

フレッジ(中央)もウクライナでの活躍を機にステップアップを果たした選手の1人だ

 その他にも、ドウグラス・コスタ(LAギャラクシー)やエラーノ(現在は引退し監督に転身)といった選手が同クラブからイングランドやドイツへの移籍を果たしている。若い選手たちは、そんな先輩たちの後に続くことを夢見て、ブラジルとは環境も言語も文化も違うウクライナという国に旅立つのだ。

 また、プロ選手というのは伸び悩みやケガなどでいつ現役の道が閉ざされる日が来るかわからない面がある。現在よりも厚遇を準備して求めてくれるクラブがあるならばどこへでも行き、稼げる時に稼ぐという考えの選手もいるだろう。多くの選手が少年時代に抱いた「サッカーでプロになってお金を稼ぎ、家族や親戚の生活を手助けする」という夢も、彼らのウクライナ挑戦を後押ししてきたはずだ。

 そのウクライナで命の危険が迫り、選手たちは国境を越えるために、必死に道を探ることになったのだ。

帰化選手は徴兵の可能性も

 その中で、シャフタールのジュニオール・モラエスは、同クラブに現在、所属する13人のブラジル人選手たちの中で、他とは一線を画す状況にあった。

 2011年からウクライナでプレーしている彼は、2015年からディナモ・キエフ、2017年からシャフタールに所属。2019年、ウクライナの英雄であり、当時、同国代表監督だったアンドリー・シェフチェンコに説得されて二重国籍を取得し、すでに11試合をウクライナ代表としてプレーしている。

ウクライナ国籍を取得し、同国代表としてもプレーしているジュニオール・モラエス(右)

 一方、このロシアの侵攻が始まった2月24日、18歳から60歳のウクライナ人男性が国を出ることを禁止する、という法律が制定された。この法律は90日間続く。34歳でウクライナ国籍を持つ彼には、軍隊に招集される可能性が出てきたのだ。

 専門家は「軍にとって、1人の人間を兵役に就かせるには予備兵、次に新兵としての期間が必要であり、それほど簡単なことではない。しかし、緊急事態には何が起こってもおかしくない。とにかく一刻も早くウクライナを出ることだ」と解説していた。

 モラエス自身も、帰化する際には十分に悩み、相当の覚悟で決断したはずだ。しかし、自分が武器を取ることになろうとは、誰が想像するだろうか。

苦難の国境越え

 まさかの状況に陥ったのは、ウクライナのクラブに移籍した他の選手たちも同じだ。シャフタールにはモラエス以外にも、フル代表に何度も招集されたダビド・ネレスや、年代別代表の常連だったペドリーニョやアラン・パトリッキ、マルロンなどがいる。

 そのシャフタールとディナモという、キエフを本拠地とした2つのクラブに所属する選手たちは2月24日、それぞれの家族も一緒にキエフ市内のホテルの一室に集まり、ブラジル政府へのサポートを請うビデオを発信し、口々に訴えた。

 「街には車の燃料が足りない。国境は閉鎖されている。空港も閉鎖されている。ここを脱出することができないんだ」

 「安全が必要だ。ここには子供もいる。年配の人もいる。心が血を流すような思いでいる」

 クラブからは、ロシアの侵攻があっても国境付近までだと説明されていたという。それが、キエフにおける爆弾投下の音で、夜中の3時に目が覚めたという選手もいた。

 ビニシウス・トビアスのように、この1月にインテルナシオナウからシャフタールに移籍したばかりで、右も左も分からない選手もいる。1歳に満たない赤ちゃんもいる。ホテルでは水も食料も尽き始めた。悲惨なメッセージの発信が続いた。

 ロシアの侵攻開始から3日後、彼らはようやく駅にたどり着き、キエフからウクライナ西部のチェルニウツィーへ向かう電車に乗ることができた。12時間の旅を経て、そこからバスでルーマニアとの国境の街モルダビアへ。そして、ついに国を脱出することができた。

 帰化したモラエスも国境を越えることができ、SNSに「僕らは自由だ!」と書き込んだ。

 FCルフリビブのエジソン・フェルナンドとタリス・ブレネーは、15時間歩き続けて国境を越えた。ドニプロのフェリッピ・ピレスは、ウクライナ兵士に越境を認めるための賄賂を要求され、支払ったという。

 「戦争が起き、人々が亡くなっていく中で、お金のことを考えているなんて。何だよそれ。心はあるのか? 僕にとってはショックだったよ」

 シャフタールからマンチェスターCに行ったフェルナンジーニョは、自身のインスタグラムに「ウクライナのみなさん、僕はあなたたちと一緒にいます」と、ウクライナ語で語るビデオとテキストを残した。

ウクライナ語でのメッセージを発信したフェルナンジーニョ

 ウクライナでは今も、多くの人が体や心に血を流しながら、生きる道を探している。その行方を多くのブラジル人が、祈りながら見守っている。


Photos: Getty Images

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Profile

藤原 清美

2001年、リオデジャネイロに拠点を移し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材活動。特にサッカーではブラジル代表チームや選手の取材で世界中を飛び回り、日本とブラジル両国のTV・執筆等で成果を発表している。W杯6大会取材。著書に『セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉』(ソル・メディア)『感動!ブラジルサッカー』(講談社現代新書)。YouTube『Planeta Kiyomi』も運営中。