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ELから軍隊へ。快進撃シェリフを率いたウクライナ人監督ベルニドゥブの激動の日々

2022.03.09

シャフタール、レアル・マドリーに連勝するジャイアントキリングで今季のCLの台風の目になったシェリフ。彼らを率いるウクライナ人監督ベルニドゥブは、ロシアの母国侵攻の第一報をEL決勝ラウンドを戦っていたポルトガルで知った――。過去にウクライナサッカーを取材し、現地のサポーターと交流してきた長束恭行氏に、複雑な立場に置かれた彼の状況を解説してもらった。

2008年のウクライナに感じた「ソ連」の影響

 今から14年前、南アフリカW杯予選「ウクライナ対クロアチア」をクロアチアサポーターとして観戦するため、私はウクライナ第2の都市、ハルキウ(ロシア名・ハリコフ)を訪れた。試合当日に旧知のディナモ・ザグレブのサポーターと一緒に行動していると、街の中心部にある「憲法広場」でウクライナのサポーターたちと仲良くなった。ロシアとセルビアは歴史的・政治的・宗教的に極めて親密な結びつきのため、「敵の敵は味方」という理屈からウクライナとクロアチアのサポーターは友好関係にある(とはいえ、両国サポーターの小規模な衝突は起きていたので、実際に関係が強化したのは2014年以降の話だ)。

 早速、ベンチをテーブル代わりにウォッカを飲みながら両国サポーターの交流が始まった。広場の中央には「ウクライナでのソビエト権力の宣言を称える記念碑」という共産時代の置き土産があり、奥にはイギリス軍の戦車「マークV」とソ連軍の戦車「T-34」が並んでいる。ウォッカが入ったプラスチックカップを片手に、ウクライナサポーターの1人が乾杯の音頭をとった。

 「スラーバ・ウクライニ!」(ウクライナに栄光あれ!)

 このスローガンに対し、周囲のウクライナサポーターたちはすかさず対句で返す。

 「ヘローヤム・スラーバ!」(英雄たちに栄光あれ!)

憲法広場で一緒に酒盛りしたウクライナサポーターたち

 この2つのスローガンこそ、私がウクライナ人から初めて教わったウクライナの言葉だ。とりわけ仲良くなったサポーターが、南東部のルハンシク(ロシア名・ルガンスク)からやって来たプロースト。お互いが片言の英語、もしくはスラブ語族の別言語を使うため(こちらはクロアチア語であちらはロシア語)、最初はぎこちないコミュニケーションで始まったが、ウォッカの量が増えれば増えるほど意思疎通は楽になる。当時のウクライナでは「オレンジ革命のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた親欧米派のユーリヤ・ティモシェンコが2度目の首相に返り咲いていた。「ティモシェンコなんてロクでもねえ政治家だぜ」――プローストは私の関心に対して吐き捨てるように答えると、「まあ、堅苦しい話題は抜きにして」とさらにウォッカをカップに注いだ。そして、例のスローガンを私たちは繰り返す。

 「ウクライナに栄光あれ!」

 「英雄たちに栄光あれ!」

 ちなみにハルキウの憲法広場にあったソ連時代の銅像は2011年に撤去され、翌年には独立記念碑「空飛ぶウクライナ」が新たに立てられた。その土台には「ウクライナに栄光あれ!」と一言刻まれている。

お互いのマフラーを掲げての記念写真。彼らのマフラーにはウクライナ語で「英雄たちに栄光あれ!」と書かれている

2014年のウクライナは一変していた

 2度目のウクライナ訪問は8年前にさかのぼる。首都キーウ(ロシア名・キエフ)の「独立広場」の周辺には、反政府デモで命を落とした人々を追悼する慰霊碑が並んでいた。焼け焦げた建物、タイヤや煉瓦を積み重ねたバリケード、そしてウラジミール・プーチンに対する風刺画。2カ月前の騒乱が色濃く残る街を歩きながら、無数のメッセージが書かれた慰霊碑の1つを眺めていると、そっと近づいてきた1人の男性が私にこう言った。

 「ここで何が起こったのか、日本の仲間たちにも伝えてくれ」

2014年4月のマイダン広場。反政府の活動家たちが寝泊まりするテントが広場を占拠していた
バリケードにはデモ参加者のヘルメットと国旗、ピンクの薔薇が添えられていた
ディナモ・スタジアムの前も衝突現場となり、名将バレリー・ロバノフスキーの銅像の手元にもウクライナ国旗が添えられる
プーチンに対する批判の張り紙の1つ
独立広場には千羽鶴も飾られていた

 2010年の大統領選挙で政敵ティモシェンコに勝利したビクトル・ヤヌコービッチは、EUとの自由貿易協定を締結せず、親ロシア路線を鮮明にしたことに市民が反発。反政府デモの中心地となったのが独立広場だった。ウクライナ語の「広場」(マイダン)にちなんで「ユーロマイダン」と呼ばれた一連の運動は、2014年2月18日、デモ隊と警察隊の間で激しい武力衝突を迎える。100人超の死亡者を出した5日間の騒乱の結果、ヤヌコービッチ大統領は失脚。すかさずロシアはウクライナ南部のクリミア半島に軍隊を送り込み、クリミア併合を一方的に宣言する。ウクライナ東部のドネツィク州とルハンシク州ではロシア軍を後ろ盾とする親ロシア派勢力が武装蜂起。ドンバス戦争が勃発し、ロシアの傀儡国家として「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立が宣言された。そんな激動の情勢の中、私が取材した試合が4月16日のウクライナリーグ「ディナモ・キエフ対シャフタール・ドネツク」(※クラブ表記は日本での通名に準ずる)だった。

試合前のウクライナ国歌演奏時には、コレオグラフィでウクライナ国旗とディナモ・キエフのカラーが描かれた

 満員のオリンピスキ・スタジアムでは、例のスローガンの掛け合いがスタンドを挟んで行われた。

 「ウクライナに栄光あれ!」

 「英雄に栄光あれ!」

 ライバル関係にあるディナモとシャフタールのサポーターはウクライナへの愛国心から一致団結した。そして6万人が一斉に歌い出したのは、1カ月前にメタリスト・ハルキウのウルトラスが作り出して、あっという間にサッカーファンの間で拡散された歌だった。

 「プーチン・フイロ! ララララララ・ラー!」(※フイロとは男性器の意)

 試合後もウクライナ東部の戦争はエスカレートし、このシーズンを最後にシャフタールはドネツィクを逃れ、リビウ、ハルキウ、キーウと拠点を転々とした。戦争中に砲弾で損傷したドンバス・アレーナは、今も主人の帰りを待ち続けている。

ウクライナ国旗を最前列に掲げたシャフタールのサポーター。試合はFWルイス・アドリアーノの2得点でシャフタールが制している

ELを戦うベルニドゥブはポルトガルで「第一報」を知った

 今年2月24日、ロシアは自らの大義名分を掲げてウクライナ侵攻を開始した。ロシアの軍事展開は激しさを増し、今なおウクライナ全土に戦火が広がり続けている。もちろんサッカー界にも影響が及び、それぞれがそれぞれの立場でウクライナ侵攻に対する姿勢を示してきた。

 そんな中、笑顔で軍服を身にまとった男の写真がサッカーメディアの間で拡散した。男の名はユーリー・ベルニドゥブ。シェリフ・ティラスポリをモルドバ初のCL出場に導き、グループステージではレアル・マドリーをベルナベウで撃破してサッカー界を驚かしたウクライナ人監督だ。祖国防衛を決意したベルニドゥブの言葉の節々には、私がウクライナ訪問で触れたフレーズも登場する。今まで抑圧していた祖国愛を一気に発露させたかのようだ。

ベルニドゥブのウクライナ軍入りを報じるイタリア版『EUROSPORT』のInstagram

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Profile

長束 恭行

1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。