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判断の質と選手の成長。「残留の先」を見続けた山口智の挑戦の終わりに感じる敬意と悔しさ

2025.12.16

【特集】去り行く監督たちのポリシー#3
山口智監督(湘南ベルマーレ)

2025シーズンのJリーグも終わり、惜しまれつつチームから去っていく監督たちがいる。長期政権を築き上げた者、サイクルの終わりを迎えた者……賛否両論ある去り行く指揮官たちのポリシーをめぐる功罪を、彼らの挑戦を見守ってきた番記者が振り返る。

第3回は、湘南ベルマーレを2021シーズン途中から率いた山口智監督。毎年主力を引き抜かれながらも「判断の質」にこだわる自身のスタイルを貫き、選手の成長を力強く支えてきた。その苦闘を常に近くで見守ってきた隈元記者が4年あまりにおよぶ挑戦の旅路を総括する。

 主審の長い笛が博多の空に響くと、湘南の選手たちは各々その場に崩れ落ちた。第35節福岡戦、9年ぶりのJ2降格が決した瞬間だった。

リスク回避だけではない「判断の質」を追求

 山口智監督が就任したのは、コーチとして湘南に加入した2021年の9月、残留争いの渦中での出来事だった。初めて指揮を執る新人監督のもと、チームは初勝利を手繰り寄せるまでに6試合を要したが、第33節に同じく残留を争う横浜FCを2-1で降すと、以降も引き分けを含めて勝ち点を積み重ね、際どくも16位でJ1残留を果たした。

 思えば、指揮官は当初から――残留争いという、できるだけリスクを回避した戦いを選択してもおかしくない状況下においても――判断の質の向上を求めた。例えば、自陣ゴール前からノージャッジで蹴り出し、五分五分の可能性に賭けるのではなく、できるだけマイボールを相手に渡さず、意図的に前進して、ゴールの確率を高めることを追求した。その成果はクリア数の減少に顕著に表れた。

 攻守において自分たちからアクションを起こし、主導権を手繰り寄せる戦いを志向する。そのために必要なのが、準備とポジショニングだ。攻撃で言えば、次の展開を考え、相手に先んじて動き出すことで2対1を作り、組織的に優位性を作り出す。そうして相手陣内でプレーする時間を増やし、ゴールの確率を高めていく。

 一方で、ポゼッションには固執していない。綺麗なサッカーも求めておらず、ロングボール1本で前線につなぎ、シュートに持ち込めるならそれに越したことはない。すべては得点を奪うという目的に集約される。

 守備の考え方も然りだ。ゴールを奪うことが前提にあり、そのために前線から連動して組織的にボールを奪いに行き、失えばダイレクトプレスに転じてすかさず奪い返しにいく。目的は点を取ること、端的に言えば、勝利を強く追求した。

鈴木淳之介が頭角を現すまで3年。フラットに見る育成術

 初めてシーズンの最初から指揮を執る2022年には、「5位以内」を目標に掲げた。常に残留争いに身を置いてきたそれまでの成績を鑑みれば、距離のある設定と言えるだろう。だがそれをあえて発信したことで、選手やクラブの目線が上向いたのは間違いない。結果とシビアに向き合い、貪欲に高みを目指すよう、意識改革を促したかったのだろう。

 クラブのアカデミー出身で、現在イングランド1部リバプールでプレーする日本代表キャプテンの遠藤航に代表されるように、湘南は若手の育成に定評のあるクラブである。ただし、山口監督には若手だから使うというスタンスはない。選手全員フラットに見て、状態のいい選手を起用するため、むしろ経験豊富なベテランを差し置いて若手がメンバーに入るのは容易ではないと考えている。

 今をときめく日本代表DF鈴木淳之介などは好例だ。

……

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Profile

隈元 大吾

湘南ベルマーレを中心に取材、執筆。サッカー専門誌や一般誌、Web媒体等に寄稿するほか、クラブのオフィシャルハンドブックやマッチデイプログラム、企画等に携わる。著書に『監督・曺貴裁の指導論~選手を伸ばす30のエピソード』(産業能率大学出版部)など。

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