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「報われなくてもやり続けることが大事だ」大木武監督の6年、ロアッソ熊本に築いた揺るぎない土台

2025.12.15

【特集】去り行く監督たちのポリシー #2
大木武(ロアッソ熊本)

2025シーズンのJリーグも終わり、惜しまれつつチームから去っていく監督たちがいる。長期政権を築き上げた者、サイクルの終わりを迎えた者……賛否両論ある去り行く指揮官たちのポリシーをめぐる功罪を、彼らの挑戦を見守ってきた番記者が振り返る。

2回は、2020シーズンから6季にわたってロアッソ熊本を率いた大木武監督。その選手たちの成長を信じて疑わない力と、サッカーという競技そのものへの愛情、そして「試合を見に来たお客さんに『また見に来たい』と思ってもらえるチーム」を作り上げた功績について、井芹貴志記者に綴ってもらった。

 ひとつの時代が終わった――。ヴァンフォーレ甲府を迎えた明治安田J2リーグ最終節に引き分けて勝ち点1を加えたロアッソ熊本。しかし、シーズン終盤に怒涛の連勝で勝ち点を一気に積み上げたカターレ富山の勢いは最終節のブラウブリッツ秋田戦でもさらに増し、勝ち点37で並ばれたにとどまらず、優位だった得失点差でわずかに「1」下回った結果、7年ぶりのJ3降格が決まった。試合後の記者会見で進退について問われた際も本人は明言を避け、またセレモニーでも言及されなかったせいもあるが、クラブ史上最長となる6年に及んだ大木武監督体制は、思いもよらない残念な形で幕を下ろすことになった。しかしながら、2021年のJ3優勝とJ2復帰、2022年のJ1参入プレーオフ進出、2023年の天皇杯3位といった目に見える実績に加え、クラブの今後にも受け継がれていくであろう確かな財産を残したこともまた、決して小さくない功績だ。

就任の背景と、チーム作りの根底にあった普遍の思い

 就任したのは2020年である。2018年のJ2で21位となったロアッソ熊本は、当時の渋谷洋樹監督体制2年目で1年でのJ2復帰を目指したが、2019年のJ3で5位に終わり昇格は叶わず、渋谷監督は退任。織田秀和GMが後任監督として招聘したのが、同年、J2のFC岐阜をシーズン途中で解任されていた大木武氏だった。

 2019年12月20日、熊本市内で行われた就任発表記者会見で、織田GMは大木監督にチームを託すことを決めた理由を次のように説明している。

 「我々のベースとなる、イニシアティブを取るサッカースタイルを継続しながら、課題であったキワの勝負であるとか、攻撃をする、仕掛けるところの指導に長けた、大木監督に就任していただくことになりました。彼を招聘した理由は4つあります。1つは彼の人間性。非常に真摯な取り組む姿勢、そして誠実さ。気さくで明るいところ。2番目はサッカーに対する情熱。見ておわかりの通り、清水のサッカー少年がそのまま大人になったような、そんな顔つきをしております。そういうサッカーへの情熱。3つ目は、彼が志向する、攻守ともに連動しながら自分たちでアクションを起こしていくサッカースタイル。そして最後に、彼の指導経験。日本代表チームのコーチとしてトップトップのレベルの指導をした経験もあれば、地方クラブの経験もある。いい時もあれば悪い時も経験している。そういった彼の指導経験、その経験値に期待して、彼を呼ぶことになりました」

 ただ、大木監督自身も前年のFC岐阜での経験を踏まえ、それまでとは異なる要素を取り入れることも示唆。「どうしてうまくいかなかったのか、ゲームを見ながら、次(監督を)やるんだったらどうしようかと考え、高校や大学など『見てほしい』という幾つかのチームで実際に練習をやらせてもらったり、うまくいかなかったところをどうやって練習で克服したらいいのか、ちょっと試したりもした」と話している。

 とはいえ、決して揺らぐことのないものも当然、あった。それは例えば「ボールを持っておくことは嫌いじゃない」という姿勢であり、「何をやってくるかわからない相手に対して準備をすることよりも、自分たちが何をやるかを第一に考える」という思想であり、「どちらかと言えば、ショートパスを刻むようにつなぐ」という好みであり、「リズムを変化させながらテンポを上げる」ことによって攻撃を活性化させる狙いである。そうした「攻撃でも守備でも、アグレッシブに躍動感のある」フットボールを展開することによって、「試合を見に来たお客さんに『また見に来たい』と思ってもらったり、力を与えられるチームになる」こと、「熊本に何があるかと聞かれたら、『ロアッソ熊本があるじゃないか』と言われるような、文化と言えるような存在になる」という明確なビジョンは、就任時からいっさいブレることはなかった。

11月29日にホーム、えがお健康スタジアムで行われたJ2最終節・甲府戦(0-0)試合後のセレモニーで(Photo: ©AC KUMAMOTO)

活躍した選手が次々とステップアップする中でつかんだ、チームとしての成果

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Profile

井芹 貴志

1971年、熊本県生まれ。大学卒業後、地元タウン誌の編集に携わったのち、2005年よりフリーとなり、同年発足したロアッソ熊本(当時はロッソ熊本)の取材を開始。以降、継続的にチームを取材し、専門誌・紙およびwebメディアに寄稿。2017年、母校でもある熊本県立大津高校サッカー部の歴史や総監督を務める平岡和徳氏の指導哲学をまとめた『凡事徹底〜九州の小さな町の公立高校からJリーガーが生まれ続ける理由』(内外出版社)を出版。

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