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乾に「目を開けろ!」は人種差別? スペインに住む、いち日本人の見解

2018.08.06

乾貴士のベティス合流後の記念撮影の際に、チームの古株で元スペイン代表MFであるホアキンから「目を開けろ!」といじられて、乾が大げさに目を見開いて一同が爆笑に包まれたシーンがあった。ただし、「目を細める」ジェスチャーは、東洋人に対する差別行為とも受け取られかねない。スペイン在住20年以上、今は乾と同じセビージャに住む木村浩嗣氏に、一連のやり取りの感想を聞いた。


 記念撮影の際、乾にホアキンが「目を開けろ!」と言ったのが、差別か否かが問題になっているそうだ。同シーンの動画が上がっているのでまずはともあれ、それを見てほしい。

 乾と同じセビージャ、スペインに住む日本人として、人種差別を体験した者として考えることを以下に書きたい。


人種差別の4つの判定基準

 ある発言が人種差別か否かには、①言葉自体、②言葉のニュアンス、③本人がどう受け取ったか、④本人が所属する人種・エスニックグループがどう受け取ったか、の4点が大きく関係する。だからこそ、モンキーチャントのような疑いのない例外を別にすれば、人種差別に一般解は存在せず個別に検討する必要があるわけだ。

 ①の言葉自体が人種差別である例は、ルイス・アラゴネス元代表監督の「クソ黒人」発言を見るとわかりやすい。念のために言うと、これ、肌の色が問題ではなく肌の色にクソを付けた点が問題である。よって、「クソ白人」でも「クソ“黄色人”」でも人種差別であることには変わりない。アラゴネスには悪気がなかった。エトーを親友としていた彼が黒人に対する人種差別を主義としているとも思わない。だが、人種差別発言であった。

 このケースでわかるのは、発言者に人種差別の意図がなくとも、本人が人種差別主義者でなくとも人種差別は起きるということ。ただし、その攻撃性の高低は、悪意があったか否かと人種差別主義者かどうかに左右される。

 例えば、エトーにバナナを投げつけたなんてのは、悪意の点でアラゴネス発言とは比べものにならない。人種差別に科されるペナルティは、攻撃性の高低や悪意の有無が考慮されるべきだ。

スペインだけでなくイングランドやロシアなど、行く先々で人種差別行為の標的となったサミュエル・エトー

 では、今回の「目を開けろ!」は言葉自体が人種差別か否か。私はそうは思わない。「目を開けろ!」も「目をつむれ!」もそうではない。フレーズだけを取り出せば「クソ黒人」との違いは明らかである。ただ、その一見無害な「目を開けろ!」が日本人にとって人種差別的に響くのは、その裏を読むからだろう。“日本人は目が細い。開けているかどうかわからない”というホアキンの心の声を読むから、人種差別だ、という声が上がる。

 この心の声をどう思うか? ②の言葉のニュアンスの問題でもあるし、 ③の本人がどう受け取ったか、という点とも関連する。

 結論から言うと、私はこの心の声も含めて人種差別だとは思わない。スペイン人一般に比べて日本人一般の目が細いのは事実である。その事実を指摘されたところで、何とも思わない。「そうだね」と思うだけ。これ、肌の色が黄色いと言われても同じ。“黄色人(なんて表現があるのかどうかはわからないが)も黒人も白人も細目もどんぐり目も人種差別ではない。“細目野郎!”という攻撃性が宿って初めて人種差別となる。細目と細目野郎では日本語では言葉自体が異なるが、スペイン語では単に発音のニュアンスの違いだったりする。


「チーノ!」も使われ方次第

 例を挙げる。

 「チーノ(chino)」という言葉がある。これは辞書を引くと「中国人」という意味だが、街を歩いていて「チーノ!」と吐き捨てるように言われたことが何度かある。こっちの方の「チーノ!」を私は“東洋人野郎!”と解釈し「それが何だ?」と凄んだり言い返したりした。つかみかかったこともある。念のために言うと、中国人と間違われたから怒ったのではない。今も「中国人か?」とよく聞かれるが、別に何とも思わない。スペインで最も多い東洋人は中国人であり、中国人と日本人は良く似ているから、区別がつかなくて当然。そうではなく、あの「チーノ!」には東洋人全体に蔑視のニュアンスがあったから、こっちも「何だこの野郎!」という反応になるわけだ。

 もっとも、「チーノ!」は最近耳にすることがほとんどなくなった。たぶん、私は今もいろんなところで中国人と呼ばれ続けているのだろうが、面前で攻撃的で軽蔑的なニュアンスで叫ばれる、ということはここ数年まったく経験していない。それはありとあらゆる罵倒を耳にする大変お行儀の悪い場所、週末のサッカー場でチームを率いるという大変目立つ活動をしていてもそうである。スペイン人が東洋人の存在に慣れたこと、日本食や日本文化がブームで敵意を好意が上回ったことが理由なのだろう。

 話を乾の例に戻す。

 私は目が細いので、もっと言えばそれをコンプレックスに感じていないので、ホアキンの「目を開けろ!」は人種差別だとは受け取らない。自分が物を書く人間で、事実を指摘する表現に人種差別のレッテル貼りをされては困る、と懸念していることや、スペインで人種差別を経験したことで、逆に人種差別的な出来事に過敏ではなくなっている、ということも関係しているのだろう。人種差別である、という指摘や糾弾は往々にして発言者の国ではなく、被発言者の国で起こるものだ。足を踏んだ方はすぐに忘れるが、踏まれた方が忘れないものなのだ。


人によって受け取り方も違う

 だから、あなたがホアキンに「目を開けろ!」と言われたとして、目の細い日本人に対する人種差別だと受け取る、というのはあり得ることである。4つ目の④本人が所属する人種・エスニックグループがどう受け取ったか、というのはそういうことだ。

 例を2つ挙げる。

 十数年前のことだが、スペイン最大手の百貨店エル・コルテ・イングレスの東洋物産展のテレビCMで、美しい女性モデルが両目を手でビョーンと引っ張って変な顔をするというのがあった。最近サッカー界でも問題となった東洋人の顔真似、いわゆる“吊り目ジェスチャー”である。この百貨店のケース、お行儀が悪いとは思うが、今も昔も人種差別だとは思わない。「そうだね。目が細いよね」で私は終わりだが、スペイン在住の日本人女性たちの中には「許せない!」と怒り心頭の人がいた。彼女たちは人種差別だと受け取ったであろう。仮に、ベティスの乾に対して敵意を剥き出しにするセビージャのファンが吊り目ジェスチャーで嘲笑したとすれば、それは疑いなく人種差別だ。違いは悪意の有無である。

 もう1つの例、映画『ロスト・イン・トランスレーション』では、主人公が東京のホテルのエレベーターに乗ると、周りがみんな背の低い日本人ばかり、というシーンがある。これ、人種差別だとか人種的偏見だとして不快に感じたとか、監督ソフィア・コッポラの悪意を感じたという意見を目にした。私は「まあ背低いもんね」としか思わなかったが、そう感じた人のことは理解できる(余談だが、同じ映画であれば名作『ティファニーで朝食を』の「ユニオシさん」の方がよほど屈辱的で明確な人種差別だ。ただし、だからと言って、上映や鑑賞を禁止して、この風刺が効いたサスペンスが見られなくなるのには反対だが)。


よって、“私”の判定は「無罪」

 さて、以上のことを判断基準に、今回の乾のケースをあらためて検討してみよう。文章では攻撃性やニュアンス、本人がどう受け取ったかという点がまったく伝わらないから、みなさんが動画を見た前提で話を進めていきたい。

 まず①の言葉自体の人種差別性について。ホアキンの「目を開けろ!」という言葉自体は当然ながら人種差別でない。クソとも野郎とも付いていないので。②の言葉のニュアンスについては、ホアキンに人種差別の意思がなかったことはビデオを見ると明らかである。目を剥いた乾の反応に、“よくやった”とばかりのハイタッチで返していることからもそれがうかがえる。ホアキンに乾に対して“人種差別をかまして落ち込ませ、ポジション争いから脱落させてやろう”という悪意はなかった。日韓W杯で韓国女性のファンに対して熱烈な別れで応えたホアキンが、東洋人に対する差別を主義としているとも思わない。

 次に、③本人がどう受け取ったかだが、これは大目を剥いてジョークで返した反応に、答えが出ている。乾は悪くは受け取らなかった。過去にインタビューをした時には彼の関西弁につられてこっちも思わず関西弁が出てしまった。乾は“おもろい男”である。本音トークで気さくで、こっちの冗談にもよく笑ってくれた。倒れんばかりに体をよじって笑う姿が印象に残っている。大目を剥くのは、そんな乾らしい“おもろい”対応だった。ホアキンの外見に対するツッコミに目を剥いてボケてみせ大爆笑を誘った。あれ乾がいじけていたら場は白けていたところだ。ホアキンのハイタッチはこの見事な切り返しへの祝福だった。この対応で、スペインサッカー界でジョークを語らせて右に出る者がいない冗談王ホアキンにも一目を置かれる存在になっただけでなく、ホアキンの行為を人種差別とした人たちの目にも、差別にめげない素晴らしいユーモアだと映ったに違いない。乾はチームメイトとファン、地元メディアだけでなく人種差別に敏感な人たちの心をも鷲づかみした。あとはグラウンド上のプレーで驚かせるだけだ。

 ④の本人が所属する人種・エスニックグループがどう受け取ったかについては、すでに書いた。要は、あなた次第。あなたが人種差別だ、と受け取ったのならそうであり、ホアキンやベティスやスペイン人に嫌悪感を抱くのは自由である。


Photos: Getty Images

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ベティスホアキン・サンチェスリーガエスパニョーラ乾貴士人種差別

Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。

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