データとリアルの狭間に揺れて方針転換。バーミンガムが「ボールを持ちたいチームなら完璧」な藤本寛也を古巣・東京Vに貸し出す理由
9月17日、バーミンガム・シティは藤本寛也が今季いっぱいの期限付き移籍で古巣の東京ヴェルディに復帰することを発表した。ジル・ビセンテ時代の恩師に「ボールを持ちたいチームなら完璧」とまで評された10番タイプの日本人MFを、なぜバーミンガムは「最も楽しみな新戦力」としてフリーで獲得した昨夏からわずか1年で貸し出したのか。決断の背景にあるデータとリアルの狭間に揺れた方針転換を、本日10月9日に初著作『EFL プレミアリーグの下に息づくもうひとつの英国フットボール』(カンゼン)を上梓したEFLチャンピオンシップ解説者、秋吉圭(EFLから見るフットボール)氏が炙り出す。
今日もどこかのおもちゃ売り場で、子が親に新しいおもちゃをねだっている。そしてにべもなく断られている。「家にあるでしょ」。棚の前でどれほどの粘りを見せようとも、親は強い。
ここは踏ん張りどころだ。子に対して過剰な情を抱き、一回限りと自分に言い訳をして妥協を許してしまえば、その後の教育にも長きに渡る悪影響を残すことになる。ダメなものはダメ、今あるものにもまだ使い道がある。そんな価値観を叩き込むことで、子はまた1つ大人への階段を登る。そして時にその成長への褒美として、最新のおもちゃが買い与えられる。
「クリス(・デイビス監督)、新しい10番が本当に必要なのか。君の家にはまだ全然遊んで(“Play”)いないものがあるのに……」
9月1日、夏のデッドラインデイ当日。あまり前例のない「移籍最終日に最初から予定されていたリーグ戦」でホームにサウサンプトンを迎えた試合前、バーミンガム・シティの伝説的ブロガーであるダン・アイブリーがX(旧Twitter)にこんなポストを投下した。先に彼の説明をする必要があるが、ここでアイブリーをただのファンとして扱うと大きく論点を外してしまう。一般人の身ながら前々オーナーのカーソン・ユンが香港で行っていたマネーロンダリング疑惑を独力で調査し、前オーナー時代の株式市場を悪用した第三者所有の実態を独力で暴き、現オーナーによるクラブ買収に非公式アドバイザーとして関わった「一般人を超えた一般人」である(宣伝になってしまい恐縮だが、このあたりの話は彼がゲストコラムニストとして登場する私の著書『EFL プレミアリーグの下に息づくもうひとつの英国フットボール』(カンゼン)で詳述した)。
現在のクラブ内部にも通じている彼の投稿に対し、他のバーミンガムファンは「まさか寛也のことを言っているのか?」と軒並み訝しがり、そして辛辣な評価を返した。バーミンガムのスカッドにトップ下を本職とする選手は藤本寛也しかおらず、他に10番でプレー可能な主力外の選手と言えば4月に飲酒運転で検挙されたマルビン・ドゥクシュくらいしかいなかった。大方のリプライの反応を見ればわかる通り、「まったく使われていない10番」といえば該当者はこの両者しかいなかったが、実のところ大半のファンは、彼らの序列が低い理由を十分に理解していた。アイブリーもまた、額面通りそう憂い彼らの起用を心から望んでいたわけではなく、10番がいないとされる中で2人の10番がベンチに並ぶ奇妙な状況を皮肉っていただけだ。
指揮官のクリス・デイビスは夏を通して「新たな10番」を探し続けた。クラブがその希望を叶えることはついぞなかった。そして、にもかかわらず、藤本はこの2週間後に東京ヴェルディへとローン放出されることになる。開幕からの公式戦9試合、ケガでメンバーを外れたリーグカップ1回戦のスワンジー戦は別として、それ以外の試合では出場可能な状態にあった藤本が起用されたのは、リーグカップ2回戦のブレントフォード戦(●1-6)における61分間だけだった。
バーミンガム・シティは藤本の「家」たり得ていたのか。その答えは、もはや言うまでもない。
「データを信じてくれ」AI活用も進めるバーミンガムの意思決定構造
フットボールにおける上層部と監督の関係を「親と子」に準えることに語弊がないとは言わないが、少なくともその構図には多くの共通点がある。
サウサンプトン戦の数日前、夏の補強の推移に不満を抱いていた様子のアイブリーは、自身のWEBサイトに「Trusting the Data(データを信じる)」と題した記事を執筆した。今や各クラブにとって当然の習慣となったデータをフル活用するスカウティングの中で、バーミンガムの内部でもAIを活用した独自の選手評価システムの構築が進められている。クラブを所有するシェルビー・カンパニーズ・リミテッドは2024年9月に「シェルビー人工知能株式会社」(アイブリーいわく、「なんとも想像力豊かな名称」)という連結子会社を設立し、AI部門への投資方針を明確にしていた。
この記事で代表事例として挙げられるのが2025年7月の藤本獲得時のエピソードだ。彼はクラブ内部の複数の人から、藤本こそがこの夏で最も楽しみな獲得選手だと聞かされていたという。「データ分析が明らかにする、埋もれていた能力の象徴」。アイブリーの寄稿に言及はないものの別方向からの裏づけもあり、地元紙『バーミンガム・メール』もまた、クラブはその1年前から藤本を追いかけ続けた末に獲得に漕ぎ着けたと報じていた。
その後1年が経った結果として、アイブリーは「彼に関するデータが一体何を示しているのか疑問に思っているのは私だけではないと思う」と書き、もはや上層部による「データを信じてくれ」という言葉が信用に足るものではなくなってきていると加えている。
当時フットボール部門を管轄していたダイレクター・オブ・フットボールのクレイグ・ガードナー(6月に退任)によれば、補強の最終的なGOが出るのはCFO、監督、リクルート部門のデータ責任者、リクルート責任者が加わる首脳陣会合で、ポジションごとに絞り込まれた上位5人のうちから監督が最終決定する仕組みだったという。つまり監督の発言権は一定程度担保されているものの、そのリストアップの段階まででクラブ独自のデータが大きくものを言う。上層部に与えられたわずかな選択肢の中で、監督は新戦力を請わなければならない。そのプロセス自体は決して間違いではないにしても、データそのものの精度が伴っていなければ物事は絶対にうまくいかない。間違いなく成功とは言えない2025年夏の補強の象徴。アイブリーはそんな意味合いで、藤本の名前を使った。
ジル・ビセンテ時代の恩師の助言に沿った愛情と期待も出場の機会は…
藤本がバーミンガムで過ごしてきたのは、ある意味ではデータと現実の狭間に押し込まれた「被害者」としての日々だったとも言えよう。
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Profile
秋吉 圭(EFLから見るフットボール)
1996年生まれ。高校時代にEFL(英2、3、4部)についての発信活動を開始し、社会学的な視点やUnderlying Dataを用いた独自の角度を意識しながら、「世界最高の下部リーグ」と信じるEFLの幅広い魅力を伝えるべく執筆を行う。小学5年生からのバーミンガムファンで、2023-24シーズンには1年間現地に移住しカップ戦も含めた全試合観戦を達成し、クラブが選ぶ同季の年間最優秀サポーター賞を受賞した。X:@Japanesethe72
