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ペップ・バルサは「究極のサッカー」なのか? 当事者たちが解き明かす15年前の真実

2025.12.05

この記事は株式会社フィールドワークスの提供でお届けします。

2008-2012年《バルサ最強期》の真実を記録した『ペップ・グアルディオラのFCバルセロナ/史上最強と謳われた革命』ブルーレイ。その発売を記念して、フットボリスタ初代編集長で、ペップ・バルサの誕生から終わりまでを現地スペインで体験した木村浩嗣氏に、この映画から当時の記憶を辿ってもらった。果たして、ペップ・バルサは「究極のサッカー」なのか?

ペップとの出会いと、わずかな後悔

 その男はフラリという感じで現れて、身長の割に長い手を差し出して握手をした。指には体毛があった。「ルパン三世みたいだな」。髪型もそっくりで、もみ上げもあった(と思う)。極端に華奢で肩幅が狭いのと、長い脚がO型に湾曲しているのとで、体が傾いて斜に構えたような立ち姿まで、アニメの主人公と瓜二つだ。

 この映画を見て、自分のジャーナリスト人生はグアルディオラの周辺を行ったり来たりしていたのだな、と思い返した。

 当時バルセロナBチームの監督をしていた彼に会ったあの時が最初の接点だった(2007年12月19日発売号のフットボリスタで単独インタビューを実施)。今はもうインタビューを受けないので貴重なひと時となってしまったのだが、あまりにももったいない。ジャーナリストとして、彼のスタイルのファンとして、元少年サッカーの指導者として言えば、インタビュー拒否と練習非公開はグアルディオラのサッカー界への膨大な貢献に比してごく小さいものの汚点と言っていい。我われは彼に学びたい。学ぶ機会としても、この作品は大変重要である。

『ペップ・グアルディオラのFCバルセロナ/史上最強と謳われた革命』ブルーレイの予告編

シャビが解説する「究極のサッカー」の正体

 冒頭に出て来る10‐11CL決勝のマンチェスター・ユナイテッド戦を現地取材することができた。あれが唯一のCLファイナル取材で、それが「究極のサッカー」と紹介されている試合になったのは偶然でしかない。スコアが3‐1と僅差だったのはあらためて意外だった。足下へ足下へとつないでいるだけの予測可能なバルセロナのパスを奪いに行けない。ボールウォッチャーになる、とはこういうことかと思ったが、それが心理的な降参状態の表れだったことが、マンチェスターの選手の証言によって明らかにされていた。シャビ・エルナンデスの数的有利の作り方の解説もあって、呆気ないほどシンプルなのだが、それほど呆気ない勝利だったのだから仕方がない。

シャビ・エルナンデス

 そういえば、CLファイナルのプレビュー目的でグアルディオラが「マエストロ(師)」と呼ぶファンマ・リージョにも会いに行っていたのだった。彼はグアルディオラのサッカーがいかに素晴らしく攻略困難であるかを理論的に賛美してくれていた。論理的に言ってバルセロナが勝つしかない、という印象を受けた通りの一方的な勝利になった。

 CLファイナルの前哨戦となったジョゼ・モウリーニョの0‐5の屈辱からの4つのクラシコ連発。ラフプレーと挑発の中で紳士的なグアルディオラが記者会見で大爆発……。当時は我が『フットボリスタ』誌もグアルディオラとバルセロナに大いに誌面を割いたものだった。

ペップ・グアルディオラとジョゼ・モウリーニョ。写真は前者が選手、後者がアシスタントコーチとして共闘していたバルセロナ時代

クライフの遺産×メッシの即興=偽9番

 映画では当然クライフの話も出てくる。グアルディオラを語ってクライフを語らないとしたら嘘である。

 ちらりと映る、クライフ監督下のグアルディオラ選手時代のボール回し。GKからつないでセントラルMFのグアルディオラを経由して最後はウインガーが裏抜けするシーンで終わる。前の選手が下がって来てボールを戻して、その間にマークを外した後ろの選手が前を向いてボールをもらう、の連続――いわゆるクサビの連続――が推進力となっていた。ポジショナルプレーの重要コンビネーションである「第三の男」(パスを出す選手が「第一」、下がって戻す選手が「第二」、戻しをもらい前を向くのが「第三」)をクライフから授けられたものをグアルディオラが監督となって自らのチームに採用する、という遺産の受け渡しが見えるシーンである。

 そうして映画はメッシに話を移し、「天才監督グアルディオラ×天才選手メッシ」の傑作としての「偽9番」を語り始める。テキストは2‐6のクラシコ。ああ、この時も偶然、フットボリスタ誌の唯一の海外出張が一致するという僥倖で、浅野賀一現編集長とともに現場にいられたのである。記者席の上からだと、メッシが下がって来てそれにレアル・マドリーのCBがついて行かず、フリーで前を向いたメッシが好き勝手する、という姿が手に取るように見えた。何度も何度も同じ手でやられる姿を見て「なんでついて行かないのか?」と憤慨気味に疑問に思ったことを覚えている。

リオネル・メッシ

 その理由は、特典映像の林陵平氏と利重孝夫氏の対談でも言及されている。どっちのCBがついて行っても、そちら側にバルセロナのウインガー(右サミュエル・エトー、左ティエリ・アンリ)がレアル・マドリーのSBに1対1を仕掛けるスペースが生まれるから。いやーそりゃそうなんだけど、1対1も怖いけど、メッシがフリーで前を向く方が怖くない?と思わされるほどの、レアル・マドリーの酷いやられっぷりだった。

 思うに、グアルディオラが授ける攻略法というのはさっきのCLファイナルでの数的有利の作り方もそうだし、この偽9番もそうだし、別の個所でアンリが解説している「囮でアンリが裏抜けを仕掛け、そのスペースを使ってイニエスタへパスを出して前を向かせる」のやり方にしても、基本的にもの凄くシンプルだ。偽9番をメッシが告げられたのはクラシコ前日ってどういうこと? あれは秘密練習の積み重ねではなく、即興に近かった。もちろんメッシのタレントだから可能な即興だったのだが。

「光」だけでなく「影」も語るから深みがある

 その他、拾われているエピソードも楽しかった。

 あのイニエスタの後半ロスタイムの起死回生のボレー。ジョアン・ラポルタ会長は幸運だと振り返っていたけど、内容はチェルシーが圧倒的に上回っていて、彼らに不利なジャッジがあったことも含めての幸運だった。「チェルシーが可哀想」と書いたことを思い出すし、あのゴールにもかかわらずイニエスタは鬱(うつ)病を患い、そんな彼をグアルディオラが「練習中いつでも黙って帰宅していいから」という言葉で支え、復活後にW杯決勝ゴールを挙げる、という絵に描いたような感動ストーリーへ続いていく。

アンドレス・イニエスタ

 バルセロナのスタイルが特殊でカンテラーノ以外の選手たちは適応に苦労するという話の中で、自らの挫折を振り返るドミトロ・チグリンスキーはさすがの好漢ぶりだったけど、みなさん、もう一人の欲求不満を爆発させた世界的なタレントって誰だかわかりましたか? これ、間違いなくあの人ですよね。彼の映像ちらっと出てたかな。

 ローマでのモチベーションビデオの話も面白かった。ロマンチストのグアルディオラが大好きな映画『グラディエーター』を素材にした感動的なビデオ、これ、探せば今もネット上に残っています。涙、涙だけど、そのせいで……というエピソードが面白くて、人間というものの奥深さが知られて、グアルディオラも懲りたっていうね。

 成功だけではなく失敗にも言及しているこの映画の誠実さが、よりリアルなグアルディオラの姿を伝えている。グアルディオラ退団については林陵平氏と利重孝夫氏の対談でも言及されているが、現地から一言付け加えると、クライフのアドバイスと「サイクル終了」(監督と選手の緊張感を持ったフレッシュな関係は3年間で失われる、というスペインではかつてよく言われた考え方)も影響したようです。シャビ監督の挫折については、バルセロナ特有の「周囲」(マスコミとファン。特に前者)からの反感で短命に終わった面もある。チームの不調をジャッジのせいにしたのはクラブの精神に反し、マスコミの“騒音”のせいにしたのは明らかな悪手だった。

 この映画の後もグアルディオラを追いかけ続けた。本人がしゃべってくれないのなら、と彼の懇意のジャーナリスト(マルティ・ペラルナウ)に接近して『グアルディオラ総論』という本を翻訳させてもらった。この本のあとがきに「最もショッキングだったのは、2009年のバルセロナでの3冠獲得時のようなプレーはもうできない、という意味の発言を本人がしているところだ。彼はバルセロナ時代のあのサッカーをもう時代遅れだ、今はもう通用しないと見なしているのだった」と書いた。サッカーは変わり続け、グアルディオラは変わり続けている。変わらないのは彼がドイツでもイングランドでも勝ち続けていることだ。

「革命家」であり続ける名将の原点

 グアルディオラ後のバルセロナを見ても、林陵平氏と利重孝夫氏も言及されているがフリック現監督のサッカーはクライフ、グアルディオラの系譜からは少し外れている。ボール支配率は高いが、それはハイプレス&ハイラインによって失ったボールをすぐに取り戻している結果であって、ボールを根気良くつないでいる結果ではない。むしろ敵陣でのボール回復とショートカウンターを急ぐので縦への意識が強く、ボールロストも多い。ロストしてもすぐ回復しているだけで。そもそも最近のバルセロナではボール支配率が50%を切ることもさほど抵抗はなくなっている。今季もエルチェ相手にポゼッションで下回ったばかりなのだが、試合には勝ったのでほとんど話題にはならなかった。グアルディオラ監督時代には考えられなかったことだ。

 ノスタルジックに考えるとフィロソフィというものは確固として不変であってほしい。「究極のサッカー」は簡単に経年劣化するものであってはならないはずだ。しかし、現実にはそうでない。むしろバルセロナ時代の自分を今の自分によって上書きしているからこそ、「革命家」であり続けているのだ。そういう意味で、この映画は過去の記録であり、懐古的な楽しみ方をするものかもしれない。しかし、その過去はあまりにも輝かしく、当時にするとあまりに衝撃的で、前を向く男グアルディオラも時々振り返りたくなるのではないか。

<商品情報>

『ペップ・グアルディオラのFCバルセロナ/史上最強と謳われた革命』ブルーレイ

【通常版】 https://www.nile-store.jp/items/121361280

【復刻台本セット特別版】 https://www.nile-store.jp/items/121329794

●08-12年《FCバルセロナ最強期》に迫る決定版ドキュメンタリー『ボールを奪え パスを出せ/FCバルセロナ最強の証』が遂にブルーレイ化!!

●林陵平(サッカー解説者/JFA公認Proライセンス取得)&利重孝夫(元シティ・フットボール・グループ日本代表)がペップ・バルサの本質を語り尽くす解説特典「ペップ・グアルディオラのサッカー革命」(約60分)を新たに収録!

【収録内容】

『ボールを奪え パスを出せ/FCバルセロナ最強の証』本編(109分)
(※既発DVDと同じ原盤をブルーレイ化したものです)

新規特典映像

・『ペップ・グアルディオラのサッカー革命(仮題)』(約60分)

 出演:利重孝夫(元シティ・フットボール・グループ日本代表)、林 陵平 (サッカー解説者/JFA公認Proライセンス取得)

 内容:ペップ・バルサの本質を語り尽くす、戦術と美学の徹底対談。

・「ヨコハマ・フットボール映画祭2025」利重孝夫・林 陵平トークショー(約30分)

既存特典映像(オリジナル予告編/メッシ インタビュー全長版/イニエスタ インタビュー全長版)

封入特典:特製ブックレット(寄稿:利重孝夫、林 陵平、小澤一郎/ペップ監督の試合データも網羅!)

品番:PRTHV-0002
発売元:ポルトレ 販売元:ナイル大商店
企画協力:株式会社フィールドワークス

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Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。

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