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まるで禅問答。ヴィッセル神戸ファンマ・リージョ監督の哲学

2018.09.18

2018年9月17日、日本はもとより世界中のサッカーファンを驚かせたファンマ・リージョのヴィッセル神戸監督就任。当代屈指の戦術家は、神戸でどんなサッカーを披露するのか。その手がかりとして、『footballista』2011.5.25発売号に収録したインタビューを特別公開。稀代の名将ジョセップ・グアルディオラが師と仰いだ男の独特なサッカー観、リージョ哲学をとくとご堪能あれ。

Interview with
Juanma LILLO
ファンマ・リージョ

バルセロナは世界一にして、最強にあらず

神妙にお話をうかがう20分間のはずが、大笑いの2時間半で終わった。あのグアルディオラに「マエストロ」と慕われる戦術家で、知的なイメージのある男が、実は、フォーメーション図を毛嫌いし、予想などという作業を依頼する我われを一喝するのであった。ジャーナリズムに身を染めながら、そのありようを批判し、バルセロナを愛しその哲学を高く評価しながら、サッカーの不条理が骨身に染みるゆえに、“勝つ”などという安易な結論を許さない。「世界一なのに最強ではない」とは、我われを試す禅問答なのか、それとも真理に続く道なのか。ユーモア交じりに操る言葉は緻密で禁欲的だが、礼を失しない程度に挑発的だ。掛け合いに誘われた私を彼が連れて行こうとしたのは、CLファイナルのさらに先、そもそもサッカーとは何なのか、というリージョの考察だった。

文中、フォーメーション図を使った方がわかりやすい解説がありますが、本人の要望を尊重してあえて載せていません。また、「敬語なんか使ってくれるな」という本人の気さくさから、少しつっけんどんだったり、やや乱暴な掛け合いもありますが、そこもエンターテインメントとしてお楽しみください。(木村)


なぜ、バルセロナに勝ちに行けない?

クラシコ連戦の虚像と実際


――(10-11CL)決勝は、バルセロナが有利だと盛んに言われています。

「その前に、バルセロナは一つのアイディアをもとに作られ、それが長期間にわたってピッタリはまったチームであるというところを出発点にすべきだと思う。しかもそのチームには、バロンドール最終候補者が3人もプレーしている。10人のフィールドプレーヤーのうち、3人がおそらく世界最高の選手。しかもそのアイディアが結果と美しさをもたらしているとすれば、『有利』と言われるのは当然だろうね。とはいえマンチェスター・ユナイテッドは若手も多くまだ建設中ながら、決勝進出にふさわしいチームだと思う」


――マンチェスターUはどう挑んでいくのでしょう?

「いつも言っているんだけど、バルセロナ相手に戦うチームというのは、“やりたいように”ではなく“できるように”しかプレーさせてもらえない。バルセロナは相手を従属させてしまう。ボールは1つしかないんだ。どんな相手でも、ボールはバルセロナのものだ」


――それでもバルセロナに勝とうと、いくつものチームがチャレンジしてきました。

「違う。誰も『勝とう』とはしていないよ。『負けないように』がせいぜいだ」


――なるほど。でも、レアル・マドリーは勝ちに行きませんでしたか?

「違うよ。レアル・マドリーのやったことは相手の良さを消しに行くことであって、優位に立とうとしたわけではない。芝生を刈らず、水を撒かず、中盤に誰だかを起用した。何をやっても自由だし、それを裁く気はないが、すべてが“バルセロナが何かをしないため”の策であり、“バルセロナに何かをするため”の策ではない。ところが、あの日(10-11コパ・デルレイ決勝)は運が味方し、カシージャスがいたから延長戦でバルセロナに勝つことができた。同じことは今回の決勝でも起こり得るよ。ボールを支配しながらゴールチャンスを作れないことはままある」


――マンチェスターUが、ボールを取り上げようとするとは思いませんか?

「ボールを取り上げようとは誰もが考える。だけど、『取り上げる』と言うからには、自分たちがそのボールを保持しなくてはならない。わかるかな? バルセロナ相手では誰もボールを持てていない。バルセロナのプレーを切り、パスをカットすることはできても、自分たちではボールをキープできていないんだ。ボールを持てば、バルセロナであっても後ろに下がらざるを得なくなる。だが、誰もボールをカットした後のこと、そのボールで何をするかということを考えていない。せいぜい速いカウンターに出るくらいで終わりだ。その程度ではバルセロナを崩すことはできない。バルセロナを従属させなければ。まあ難しいことだが」


――となると、ベルナベウのレアル・マドリー(10-11リーガ第32節/1-1)のように下がって自陣に引いて待ち構えるくらいしか手がないように思えます。

「それもカシージャスが全部止めてくれるという前提があってのことだろう? 自分たちのゴール近くにバルセロナを呼び込むのは非常に危険だよ。神と一緒にプレーできるなら別だがね。ビージャ、メッシ、イニエスタがいれば、何かが起こると考えるのが普通だ」


――それでは、メスタージャ(前述のコパ決勝)のレアル・マドリーのようにラインを上げ前からプレスをかけ、ボールを奪いに行きましょうか?

「そんなにベルナベウとメスタージャのレアル・マドリーが違ったかな? 私はそうは思わないけど」


――「DFラインが高くなって積極的に前に出た」というふうに言われましたが……。

「そういう場面もあった。だが試合を見直せば、16分から34分の間にバルセロナのボール支配率が全試合を通じて最高に達していたことがわかるはずだ。ペペのヘディングシュートがポストに弾かれたシーンで前半が終わったから、『レアル・マドリーは素晴らしい』という印象をみなが抱いたに過ぎない。メスタージャの試合とCL(10-11準決勝第1レグ)の試合を何も言わずに流したら、どちらがどちらか区別できないだろう。そんな大差はなかった。どちらも“あるチームが相手のプレーを防ぐ”という流れだった。その良し悪しを言っているのではないよ。誰が、勝つためにどんなことをしても自由だからね」


――つまり、イングランド王者であるマンチェスターUでもバルセロナに勝つのは難しいと……。

「今は勝利について話しているのかい? いいプレーと勝利は別問題だ。もし“どちらがいいプレーをすると思うか”と聞かれたら、『バルセロナ』と答える。だが、“どちらが勝つと思うか”と聞かれたら『わからない』と答えるしかない。もし、何か重要なものを賭けろと言われたとする。例えば、私の息子の命とかね。なら『バルセロナが勝つ』と答えるだろう。同じ条件なら、マンチェスターUの選手だってレアル・マドリーの選手だってバルセロナの勝利に賭けるだろう。彼らは最もチャンスを作り出すチームなのだから、理屈から言ってそう判断するのが普通だ」


バルセロナは無敵か?

アルメリアの監督として、1分1惨敗


――あなたはアルメリアの監督でしたが、どうバルセロナに挑みましたか?

「昨季(09-10)は2-2だったが、今季(10-11)はあんな試合(0-8)になってしまった。私の更迭がほぼ決まっていたことが、選手たちのモラルに影響したからだ。それでも、開始後しばらくは互角の展開だったが……。その試合まで、アルメリアは2強に次いで失点が少ないチームだった。それも引きこもった結果ではなく、ボールを支配しての数字だ。だから、痛い目に遭う可能性も承知の上で同じやり方を選んだ」


――具体的にはどういうやり方だったのですか?

「それをひと言で言うのは難しいし、説明しても理解不能だろう。バルセロナには特別な対策が必要だった。GKのボール出しを例に取っても、フリーの選手を作り……、そこで奪われたらどうするかなど、こと細かに約束事を決めねばならなかった。もっとも、彼らに90分間同じやり方は通用しないのだが」

リージョ率いるアルメリアがバルセロナと引き分けた09-10リーガ第25節(2-2)。メッシ(写真左)に2ゴールを浴びたものの、先制し追いつかれた後に相手のオウンゴールで一時勝ち越すなど堂々たる戦いを演じた


――話を聞いていると、バルセロナには弱点がないかのように思えます。

「ボールを保持して自分たちの運びたい場所に運ぶのがバルセロナだ。相手ゴール前に運んだ末にゴールが決まらなかったとすれば、その決定率の低さが弱点と言えなくもない。繰り返すが、ボールは1つしかない。そのボールをキープするだけでなく、好きなように運んでサイドでも中央でも満遍なくゴールチャンスを作る相手に対して、君は何ができる? 何もできない。ボールを支配し、君を自陣に押し込んで、従属させると何が起こると思う? 君の選手のポジションは滅茶苦茶にされる。多くの人がバルセロナのボール奪取能力を称賛するが、あれはプレスによって生まれているのではない。プレスは二次的なものだ。その前に散々従属させられたせいで、ボールを奪った時は全員がポジションを失っている。ほとんどの選手が自陣で守備をさせられ、長い時間自分たちのゴールを見ながらプレーさせられて、味方を探すのにボールタッチを2度しなくてはならず、しかも相手ゴールははるか彼方だ。こんな状態でどうやってカウンターに出る?

 たとえるとこういうことだよ。君の家を大幅に模様替えして、両目を覆った状態で帰宅させられたとする。サロンがトイレで、台所とプールの位置が逆……あちこち体をぶつけている時にボールを持たされても、整理整頓する時間はない。しかも一団となって攻め込んでいるバルセロナの選手たちにとっては、奪われたボールがすぐ近くにある状態だ。攻撃と守備は別々に存在するものではない。それらは関わり合って一体となっている。ボールをすぐに奪い返せたのは、ボールを持っている時にいいプレーをしていたから。その、プレーを連動したものと捉えている点で、バルセロナは世界一のチームであると言える。彼らほど攻守を一つのプレーとして理解しているチームはない。そう理解することが、選手たちのプレーの解釈を深めている」


――そうは言っても、アーセナルやレアル・マドリーには負けました……。

「勝つのはどんなチームでも勝てるんだって!(笑) 内容と結果は必ずしも一致しない。たった一度負けただけだろう? その前に勝っている時は誰も大騒ぎしない。そういう滅多にない敗戦を特別視する君の姿勢こそが、バルセロナの優越性を証明しているではないか。しかも、また勝負の話だ。アーセナルが勝ったとは言っても、“プレーで上回った”とは言ってないよね。そりゃあ、勝てることもあるさ。我われ(09-10シーズンのアルメリア)だって2-2で迎えた終了間際、シュートが枠に行っていたら勝てたかもしれない。だが、あの試合でもいいプレーをしたのは、チャンスをより多く作ったバルセロナだった」


――うーん、では空中戦はどうです? バルセロナの弱点と言えるのでは?

「重力の法則ってのを発見した人が昔いたな(笑)。ボールは、いつかは地上に落ちてくる。ほとんどの時間帯は地面の上にある」


――ペペとセルヒオ・ラモスにはずい分やられていましたよね?

「空中にあるボールでどうするんだ? 手で投げるのかい(笑)?」


――CKがあるじゃないですか?

「ああ、そうか。でもそこまではどうやって運ぶ?」


――マンチェスターUほどのチームなら運べるでしょう?

「そうかもな。でも、バルセロナがどのくらいCKから失点している? 実は非常に少ない。スビサレッタ、フェレール、クーマン、ファン・カルロス、グアルディオラ、エウセビオ、ベギリスタイン、バケーロ、ラウドルップ、ストイチコフ、ロマーリオ、フィーゴ……。みんな背は高くないが、CKからの失点は多くなかった。なぜなら、CKを蹴るのはほとんどがバルセロナの選手なんだから」


――だんだん、バルセロナが絶対に勝つような気がしてきました。まあ、もちろん勝敗は別問題なんでしょうが。ファイナルというのは勝つためにあるものですよね?

「そうだよ。バルセロナは勝ち上がってきているじゃないか。1年で6冠というシーズンもあったよな。なんで、バルセロナを敗戦と結びつけたがる? 君は反バルセロナの何かかい?(笑) バルセロナは最も勝っているチームじゃないか。ペップが監督になってから9つもタイトルを獲っている。誰が勝ってないと言った? 君は『CKを蹴られたら』といって心配している。大丈夫だって!(笑) 相手ゴールに80回近づくのはバルセロナなんだ。心配するのならマンチェスターUの方だろう。バルセロナが10回蹴っている間に、君のチームが蹴るのは1回だ」


なぜ、サッカーは語られなくなったか?

CLファイナルにガイド役は不要


――あなたが好んで使う、“ポジションプレー”という言葉を説明してもらえませんか?(※)

「難しいな。コンセプトであり評価基準であって、“人形”の配置の話ではない。人形のことなら、君らもよく知っているだろう。メッシがここにいて、ウイングがこう開いていて、4人のDFがいて……(おもむろにシステム図を描き始める)。こういうのは馬鹿げたことだよ。サッカーを最もダメにした張本人がこういう図なんだ(笑)」

※その後しつこく聞き出し理解したところによると、“攻守一体となったプレーの中でボールを自分たちの意図する場所に運び、それを有利に進める”、という考え方を指す


――え、そうですか?

「今は誰もがサッカーではなく、“人形”の話をするようになった。誰もが紙に“人形”を描くようになった。こんなのは私の息子だってできるよ(笑)。このね、『×』で表現されているものも、こっちはメッシでこっちは誰だかわからない選手だ。どうして同じ価値観で表現できる?」


――それはそうですね。でも、私たち雑誌には、紙の上で表現しなくてはならないという限界がある。

「そりゃそうだが、もうこんなことは全員が知っているだろ? こっちがマクスウェルでこっちがアウベスだ。[4-4-2]?[4-3-3]? 電話番号じゃないんだから(笑)。これを知っていることがサッカーを知っていることだと勘違いされている。ここには、動きも、発展も、コンセプトもまったくない。こういう並びは、グラウンド上に存在しない。サッカーではボールが動き出した途端に全員が動き出すのだから。DFラインが上がった? 下がった? 同じくらい馬鹿げた議論だよ」


――そう言われると、毎週それをやっている身には立つ瀬がありません(笑)。ガイドラインとして役に立ちますよ。

「わかるよ。でも、地図上の『位置』と様々な状況が含まれる『テリトリー』を混同してはいけないよ。この場所から最寄りの駅までの道筋は、地図で表現できる。だが、実際にハンドルを握ってみたら、渋滞はあるわ、犬は飛び出してくるわ、人が横切るわで大変だ。そういう予測不可能なものを、どうやって地図に表現できる? テリトリーには文化がある。運転手はあらかじめ、この道に通行人が多いことを知っていて用心する。角に犬がいたら注意しておく。それが文化というものだ。サッカーも同じ。動きがあり、各々の精神状態も違う。“人形”の動かし合いだったら、君がマンチェスターUの監督でもバルセロナに勝てる(笑)。そうじゃないんだ。グラウンドではプレーしなければならない」


――言っていることはわかります。しかし、CL決勝を前にして我われの記事はガイド役になりたいと思っているんです。

「なるほど。しかし、読者にはガイドなどない、という側面を伝えるのも大事ではないかな? もしかしたら、その方が決勝を楽しめるかもしれない。人は情報を必要とする。それなしでは不安になるからだ。だが、心を閉じてはいけない。私の心は開いている。人間というのは組織としては閉じているが、感覚としては開いている。“最高のガイドとは、ガイドを持たないことだ”ということを教える時期に来ているのではないだろうか。試合の評論は、意見であり憶測である。それで楽しめる? 私はそう思わない。『リージョが意見するだって? あんなダメな奴に何がわかる!』。試合というのは見て楽しむもの、感じるものだよ。日本人は何でも情報にしたがる。なってないね(笑)。もっと哲学的に生きてほしいよ(笑)。昔の東洋の哲学には素晴らしいものがあったというのに。その思想の第一歩は、“ものに名前をつけない”だったと思うが」


――でも、あなたも解説者じゃないですか(笑)。理解の手伝いをするという点では、共通ではないのですか?

「そうだよ(笑)。私は知識と感覚で起こっていることを分析し、人がプレーを理解するための手助けをしている。ただ、私の言うことを否定してほしいとも思っているんだ。それは自分で自分を論駁(ろんばく)するようなものだよ。何が起こるかを予測することもできる。でも、それはほんの少しだけだ。君は失点した時の感覚がわかるかい? サッカーは感情の爆発だよ。PKを外したり止められたり。突然、感情に関わるもののすべてが一変してしまう」


――それは予測不能ですね。

「すべてが予測不能と言っていいくらいだ。もし私が、いきなりこのレコーダーをプールに投げ込んだらどうなる? そうするかもしれないだろ(笑)?」


――そんなことはない、と私の常識が否定します。

「そりゃそうだが、でも、言いたいことはわかるだろう? 可能性はゼロではない。だから疑問の余地を残すべきで、閉じるべきではないんだ。私は監督だから、選手の前では図を描きたがる人間だ。でも動き方を説明するのに、矢印を1本だけ描いたりはしない。何本も何本も描く、それぞれによって周りの選手の動きのパターンは何十にも増える。知識があればあるほど、人は閉じてはいけないんだ。私が選手と視聴者に話す時に努めていることはこういうことさ」

「これがサッカーをダメにした張本人」というフォーメーション図を描いてくれたリージョ。サッカーはコンセプトの集合であり、矢印や点では表現し切れないというのは、その図を何百通り、何千通りも描いて、選手たちに説明してきた者の実感であろう


メッシの不安と苦難の道とは?

愛があっては、悟り切れない


――さて、そろそろファイナルに話題を戻してもいいですか? マンチェスターUが勝つ可能性を高めるには、どうすればいいでしょう?

「さっきからずっとファイナルの話だよ(笑)。バルセロナからボールを奪うのは難しい。彼らは十分に鍛えられている。もし自ら仕掛けて奪いに行けば、背後にスペースが生まれるし、かわされた時のリアクションが後手に回る。だから、奪いには行けない。ただ、バルセロナにも隙はある。それがメッシのポジショニングだ。ペドロとビージャはCBとSBの間に入っている。その相手SBを釣り出すのは、高い位置にいるバルセロナの両SBの役目だが、最近では相手のMFが下がってバルセロナのSBに対応し始めた。

 そうすると、メッシにボールが渡りにくくなり、焦れた彼は相手CBの前という定位置を捨て、中盤まで下がって来るようになった。だが、これではペドロやビージャがメッシを使えず、中盤が数的過剰になってシャビとイニエスタのプレーゾーンも狭める結果になっている。メッシはボールに触り過ぎる。バルセロナのためには、ボールタッチは少なくとも彼には決定的な仕事をしてもらった方がいいのだが。メッシは世界最高のプレーをする選手だが、世界最高のサッカー選手はイニエスタだと私は思う。イニエスタは周りのすべての選手のことが頭に入っており、彼らを使うこともできるからだ」


――メッシに特別なマーカーをつけますか?

「難しいね。私ならやらない。専門のマーカーをつければ、誰かがフリーになる。みんな協力して組織で守った方がいい」


――マンチェスターUは4失点ですから、CL最高の守備を誇る……。

「あっ、また数字じゃないか(笑)。失点だけでは守備力はわからないよ。GKの介入度、シュートの精度と本数、ピンチの度合いなどで総合的に判断する必要がある。とはいえ、ファン・デル・サールにあまり仕事がなかったというのは事実で、マンチェスターUの両CBは前でも後ろでもボールの処理がうまい。ただ、カウンターやセンタリング対応は素晴らしいが、彼らが複雑なコンビネーションプレーに慣れているかと言えばそうでないと思う。パスワークで攻めてくるプレミアのチームはアーセナルと、トッテナムくらいだからね」


――この試合の楽しみ方を教えてください。

「人生と同じかな。グラウンドで起きていることを開かれた心で受け入れること。感じるままにね。これだけスタイルの違う2チームと、ハイレベルな選手たちがそろっている試合はめったにない。ただ、中立であればいいのだけど、どちらかのファンであれば勝たなければ楽しめないかもしれないけどね。何かに同一化しシンパシーを感じた時から苦しみが始まるとは、これも私の好きな東洋哲学の考え方だ」


――あなたはバルセロナに勝ってほしいんじゃ?

「そうだよ」


――じゃあ、苦しみの道ですね(笑)。

「そう、覚悟はしているよ。別に、いいだろう(笑)?」


――いいですよ。ただ、お気の毒だなと(笑)。今日は、どうも大変長い時間、ありがとうございました。

<プロフィール>
Juan Manuel “JUANMA” LILLO Díez
ファン・マヌエル・リージョ・ディエス

1965.11.2(52歳)SPAIN

バスク州トロサ出身。16歳で監督業をスタートし、5年後には地元クラブのトロサを率いてテルセラ(5部)を戦う。レオネサで当時採用例がほとんどなかった攻撃的な[4-2-3-1]を用いて評価を高めると、92年からサラマンカを指揮。95-96には最年少監督(29歳)として1部を経験した。その後オビエド、テネリフェ、サラゴサなどで監督を歴任。ドラドス・シナロアでは、選手キャリア晩年のグアルディオラを指導した。ソシエダ(当時2部)では6位で昇格を逃して更迭。09年12月に就任したアルメリアでは初年度は残留に成功するも、不振にあえいだ2季目は途中解任の憂き目に遭った。その後コメンテーターとして活躍していたが、14年にコロンビアのミジョナリオスで現場復帰。翌年10月にサンパオリ監督に請われチリ代表のアシスタントコーチに就任し、指揮官のセビージャ行きに合わせてスペイン帰還。サンパオリの退任とともにセビージャを離れたのち、コロンビアのアトレティコ・ナシオナルを経て2018年9月、ヴィッセル神戸監督就任が発表された。

Coaching Career
1981-85 Amaroz
1985-88 Tolosa
1988-91 Mirandés
1991-92 Leonesa
1992-96 Salamanca
1996-97 Oviedo
1998 Tenerife
2000-01 Zaragoza
2003-04 Ciudad Murcia
2004-05 Terrassa
2005-06 Dorados Sinaloa (MEX)
2008-09 Sociedad
2009-10 Almería
2014 Millonarios (COL)
2015-16 Chile (assistant)
2016-2017 Sevilla (assistant)
2017 Atlético Nacional (COL)
2018- Vissel Kobe

Photos: MutsuKAWAMORI/MutsuFOTOGRAFIA, Getty Images

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ヴィッセル神戸ファンマ・リージョ

Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。