復原性破壊への挑戦――「対ポジショナルプレー」の攻防史
2020-21シーズンにプレミアリーグで圧倒的な強さを誇ったマンチェスター・シティを3度下したトゥヘルのチェルシーは、現時点での「対ポジショナルプレー」戦術の極みと言っていいだろう。監督・グアルディオラが表舞台に登場した2008年以降、延々と繰り返され、互いにバージョンアップを重ねていった「対ポジショナルプレー」の攻防史――戦術分析家の五百蔵容氏がその歴史を紐解く。
『フットボリスタ第85号』より掲載
筆者はポジショナルプレーの戦略的・戦術的優位性は、「復原性の高さ」にあると考えています。
「復原性」とは船舶設計で用いられる概念です。船舶は、一度大洋に乗り出せば千変万化の自然現象(波や風)の影響を受けます。絶え間なく変化する波や風のダイナミズム、その予測困難な気まぐれ、不確実性に船舶は振り回され上下左右に揺らされ続けます。転覆することなく望む針路を進むためには、船体にかかる応力(波、風の強さ)が増した時には揺れ傾き、その力を吸収。応力が減じた時には即座に本来の姿勢に戻り転覆を避ける――こうした船体の均衡を回復する構造が必要となります。
構造設計によってあらかじめ確保される、どんな状況においても航行可能な均衡状態を取り戻し得る力・性質のことを「復原性」と言います。船舶と同様、「復原性」の高い組織を備えたフットボールチームは、転覆しづらく、様々な状況下でも安定した航行=プレーが可能になるでしょう。
ポジショナルプレーの戦略的な優位性をもたらすそのような意味での「復原性」は、さしあたり以下のようにまとめることができます。
●散開的な人員配置を行い、特定の局面ではなくピッチ全体に対して影響力を持ち得る基本陣形、均衡状態を設定する。
●それを基盤としてチーム戦術、グループ戦術、個人戦術、特に状況遷移(トランジション)対応の原則を組み合わせる。これにより様々な動き・対応をチームとして行っても、「均衡を回復した状態」に迅速に移行することが可能なサイクルを手に入れる。
●いつでも均衡を回復できるからこそ、高速に、多様に遷移する状況に積極的に対応していくことができる。
●ボールを保持して攻撃的に振る舞ったり、流動的にポジションチェンジを行ったり、積極的なプレッシングを実行する。一時的にバランスを崩しても、相手がそのバランス失陥状態を突こうとしてくる時には必要な均衡を回復し、状況の変化に対応できる。
●そのことでチームプレーにトータルな安定性をもたらし、「バランスを崩しにくい状態」「負けづらい状態」を手に入れる。
日々スピードアップし流動化していく現代のフットボールにおいては、攻撃、守備、トランジションなどピッチ上で生じる現象を動的に、スピーディにカバーしながらバランス、安定性を回復する必要が生じます。ジョセップ・グアルディオラが総括し、その構造思想やトレーニング理論の研究が進むことで発展を続けている現代のポジショナルプレーは、そのニーズに応える戦略・戦術思想だと言えるでしょう。そのような戦略的優位性を持つ、モダン・ポジショナルプレーの発想に基づいたチームをいかに攻略するか――それもまた、流動化と予測困難な不確実性が高速に展開するフットボールというスポーツで、勝利=カオスの中にありながら安定した針路を確実に進むそのあり方を問い、より良い「復原性」とは何かを追求・更新していく営為であろうと考えます。
本稿では、「復原性破壊への挑戦」という視角で、対モダン・ポジショナルプレー守備のこれまでを振り返ってみたいと思います。
仮説上の原点:EURO2008決勝ドイツ対スペイン
2008~09年は、フットボール史に特筆されるシーズンでした。
グアルディオラのバルセロナが、強烈なカウンタープレスを繰り返し実施可能な形で組み込んだポジショナルプレーで世界を席巻し、EURO2008ではスペイン代表が、2000年代前後から現代サッカーを主導してきたダイレクトプレーのトレンドを覆す精緻なパスサッカーで戴冠。EURO2008は、伝統的に技術よりも1対1の強さを基礎に置いたパワフルでダイレクトなサッカーで勝利してきたドイツ代表が、低迷打開のためスキルフルでグループワークを重視するサッカーを目指したフルモデルチェンジが実を結び始めた大会でもあります。そのEURO2008の決勝戦、ドイツ代表とスペイン代表の戦いは、対ポジショナルプレー守備の初期のリファレンスとして興味深いディティールを含んでいます。特に、ドイツ代表に対するスペイン代表の守備のやり方において。
意外かもしれませんが、のちにモダンフットボール、現代のポジショナルプレーとして今に繋がる特徴、一般的に見られるコンセプトをより多く備え、実施しようとしていたのはスペイン代表ではなくドイツ代表でした。ビルドアップ時に均衡を維持した散開配置を取り、現在ハーフスペースと呼ばれるエリアに人を置き、大外と合わせて攻略の起点とする。ボールを失ったら即時奪回を志向、難しければセットディフェンスに移行し、均衡の回復を優先する。モダン・ポジショナルプレーのコンセプトのかなり初期段階のものが、ドイツ代表本来のダイレクトでスピーディなサッカーと組み合わさり躍進の基盤となっていました。
そんなドイツ代表の「ポジショナルプレー」を、スペイン代表はその弱みを突く守備で効果的に寸断し、最終スコア(1-0)以上の内容で完勝しました。EURO2008でのスペイン代表は、攻撃の構造上組織的なカウンタープレスや積極的なハイプレスはあまり行わず(行えず)、アンカーを務めたマルコス・セナのパフォーマンスを軸にカウンターをミドルゾーンで潰しつつスピードダウンさせます。この時、相手のビルドアップやカウンター時の布陣に自分たちの守備布陣を噛み合わせることが、彼らは非常に巧みでした。
当時のスペイン代表の強みは、相手がどんな布陣を敷いていても、アジャストしてゾーンの隙間にポジショニングできる選手個々の戦術メモリーの高さでしたが、そのスキルを守備でも活用していた格好です。ベーシックであるが杓子定規でもある「ポジショナルプレー」の散開配置を取っていたドイツは、パスワークの結節点となる選手が各々スペインの選手に取りつかれ、出し手と受け手の間に立たれることで複数のパスコースを切られてしまい、無理筋のビルドアップを試みてはミスを連発、スペインの望むエリアに追い込まれてボールを失い続けました。今振り返ると、この試合は、その後のポジショナルプレー/対ポジショナルプレー守備の発展の端緒を伺わせるものになっていたと言えます。
対ポジショナルプレー守備の側からは、相手の配置を的確に認知して守備陣形を噛み合わせ「間を切る」ことで、生命線となるビルドアップを効果的に阻害できることが実戦で示されました。
一方、ポジショナルプレーを実施する側からは、静的な定位置攻撃だけでは的確に「噛み合わされる」だけでも所期の機能を失うこと、配置の優位性を真に生かすには配置の均衡状態を保ちながらも相手の対策に応じて動的に、柔軟に陣形を変えていくことが必要ということが明らかになったと言えます。
「対策⇔応手」の繰り返しで発展
2008-09シーズン以後、モダン・ポジショナルプレーの最前衛を走るグアルディオラのバルセロナとこれを倒そうとする世界中のチーム、戦術パラダイムシフトの到来を敏感に感じ取った指導者たちによって、ポジショナルプレー/対ポジショナルプレー守備は長足の進歩を遂げていきます。
当初こそ、旧来のポゼッションサッカーへの対策同様、ローブロックを敷いてゴール前に「バス」を並べ、攻め残りさせた快速FWで千載一遇のカウンターチャンスを決める、といった形が主流でしたが、モダン・ポジショナルプレーの分析と対策が進むにつれ、より多彩で積極的な方策が採られていくようになります。ポジショナルプレー側の応手も含め、その代表的なものを見てみましょう。
対策①ビルドアップ陣形に噛み合わせたプレッシング
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Profile
五百蔵 容
株式会社「セガ」にてゲームプランナー、シナリオライター、ディレクターを経て独立。現在、企画・シナリオ会社(有)スタジオモナド代表取締役社長。ゲームシステム・ストーリーの構造分析の経験から様々な対象を考察、分析、WEB媒体を中心に寄稿している。『砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか?』を星海社新書より上梓。
