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秋田に新スタジアムは必要か? 2025年までに考えるべきこと【岩瀬浩介社長独占インタビュー】

2019.11.29

2019年9月、ブラウブリッツ秋田は2025年までに新スタジアム整備を実現させることを表明した。建設候補地、予算など解決すべき課題が残された状況下においての発表はクラブの独断で行われたものであり、行政、スポンサーなど関係者にも驚きをもって受け止められた。このアクションの背景にはどのような思惑があったのか。ブラウブリッツ秋田社長・岩瀬浩介氏に話を聞いた。

秋田に娯楽の選択肢を

――新スタジアム建設の本格的な検討が始まったのは2017年のJ3優勝がきっかけですか?優勝したにも関わらずJ2に昇格できないという異例の事態が当時、話題になりました。

 「我々は地元秋田のTDKサッカー部を母体としてプロ化を目指してスタートしたクラブですが、いざJリーグ参入となった際に必要なJ2規格以上のスタジアムがなかった。J3が開始されてからはJリーグという枠組み自体には入りましたが、このままでは秋田でJ2以上の試合を観戦できない。その課題認識をJ3優勝でサポーターや関係者が改めて持つようになりました」

――新スタジアムを求める署名が18万人分も集まったと報道されていますが、そうした“機運の高まり”は重要ですか?

 「優勝が大きなエネルギーとなっているのは間違いありません。少しでも早く私達がJ2ライセンスを取得するために県や市が尋常ではないスピードでスタジアムに関する費用の予算化を付けてくれたのは他県の自治体ではあまり例がないはず。この背景には優勝をきっかけとした県民機運の高まりがありますが、(新スタジアム建設は)多くの税金を使うことになりますので、より多くの県民の同意を得られるように引き続きの努力が必要だと思っています」

――秋田は娯楽が少ない街です。サッカーが県民にとって重要な休日のコンテンツになるポテンシャルは十分にあると思います。

 「秋田が抱える社会問題ですね。少子高齢化や人口減少。若者は秋田から離れてしまう。秋田で生活する上で得られる生活の豊かさを考えると娯楽の重要性は考えなければいけません。私も秋田で13年間生活していますが、娯楽の少なさを痛感しています。秋田の人の休日は常に『御所野に行こうか』という感じです。イオン(ショッピングモール)があるんです。やはり色んな選択肢があることが街の豊かさや誇り、魅力なので、そうした部分もふまえて秋田にはスタジアムが必要であるということは訴えたいですね」

――秋田のスポーツと言えばバスケが有名です。能代工業の影響もあるでしょうが、Bリーグ・秋田ノーザンハピネッツが人気を得ている現状をどのように捉えられていますか?

 「秋田にとってバスケの文化と歴史はとても重要です。能代工業以外にも企業チームである『秋田いすゞ』が天皇杯を優勝するなど、秋田県民にとって最も身近なスポーツはバスケであることは間違いありません。ただ、それはサッカーにとっては伸びしろがあるとも言えます。陸上競技場ではなくサッカー専用で、雨風を防げる屋根があって、そういう観戦環境が整っていけば変わっていくと思います。秋田にサッカーを根付かせる上でも環境、舞台装置は非常に重要な要素ですね」

――昨日、秋田ノーザンハピネッツの試合観戦をして驚いたのがスポンサーの数です。経済的に企業数も含めて大きいとは言えない秋田県において、秋田ノーザンハピネッツがブラウブリッツ秋田にとって強力な競合になってしまっている側面はないですか?

 「デメリットは一切感じていないです。むしろメリットしかない。市民・県民にとって娯楽の選択肢は増えるのは良いことですし、シーズンもあまり重なっていないですしね。スポンサーという部分に着目しても競争原理が働くのはお互いに切磋琢磨できる点においてポジティブに捉えています。秋田県にプロスポーツがブラウブリッツ秋田しかなければ、企業として成長や発展は今ほどなかったと思いますね」

2017年のJ3優勝が新スタジアム建設への機運を高めた

個性のあるスタジアム

――ここからはスタジアム建設について具体的なお話を聞かせてください。岩瀬社長が理想とするスタジアムのモデルはありますか?

 「日立台(三協フロンテア柏スタジアム)ですね。あそこには熱狂がある。2018年の開幕戦、ここ(ソユースタジアム)に12,802人も来場して頂いたことがありました。結果は0-1で敗戦したのですが、内容的に本当につまらなかった。VIPルームで観戦頂いた方もあくびをするくらい。だから僕は選手達を怒ったんです。けど、後日ピッチレベルからカメラマンが撮影した写真を見ると選手はすごく戦っていて。それを見たときに『あ、そういうことか』と。つまり、陸上競技場だと伝わらない。その経験からもコンパクトでサッカー専用のスタジアムが絶対必要だと考えています」

――キャパシティについてはいかがでしょうか?新スタジアムは10,000人収容を想定されているとのことですが、それではJ1ライセンスの基準を満たすことはできません。

 「クラブは段階的に成長していくことが大切だと考えています。(J1ライセンスの基準を満たす)15,000人規模のスタジアムを造って、平均観客数が6,000人だったとすると半分以上が空席になってしまう。それで本当にサッカーの魅力が伝わるのか。我々が描いているのは8,000席+2,000席の立ち見席のスタジアムですが、そこで8,000人入れば一体感を醸成できる。そうなれば枯渇感も生まれて、席単価の価値も高めることができます。結果的に数万人規模のスタジアムよりも入場料収入を大きくすることができることができるかもしれない。ただ、同時に増設できる設計にしておくことも大切ですね」

――秋田だからこそ必要だと思われるスタジアムの機能はありますか?

 「絶対的にこだわりたいのは“インナーコンコース”。コンコース部分が全て覆われていることです。雪や寒さ対策はもちろんですが、県民の運動不足解消にも役立ちたい。秋田は11月から3月頃まで運動をする人が一気に減ります。寒いから当然ですよね。健康は秋田の社会課題です。実は肥満県だったり、健康寿命が低かったり。(インナーコンコースによって)シーズンオフも我々がスタジアムを利用した健康プログラムを提供するなど、サッカー以外の波及効果を生めるようになればいいなと考えています」

――各都道府県それぞれに抱える課題は違うのでスタジアムに求められる機能も変わってきますね。

 「ライセンスの基準を改革すべきだと思います。Jリーグが成熟期を迎えつつある中で地方財政もふまえつつ緩和の要素は持った方がいい。全てのハードルを下げて欲しいということではなく、秋田の場合は15,000席ないけれど、高齢者が多いのでエスレーターが設置されているとか、寒いからヒーティング設備がメインスタンドには通っているとか、違うところでポイントを稼ぐ。そうなれば日本中に色んな個性のあるスタジアムが生まれる。アウェイ遠征をするサポーターもそっちの方が楽しいじゃないですか。スポーツ文化が地域に根付くためにはそういうアプローチが必要ではないかというのはずっと訴えています」

現在は陸上競技場である「ソユースタジアム」を使用している

逆算の設計計画

――新スタジアム建設において大きな課題である候補地についても聞かせてください。「八橋運動公園」「秋田大学」「合板製造会社 秋田プライウッド」の3か所で議論されていますが、クラブとして希望はありますか?

 「特に(希望は)出していません。こればっかりは行政判断に委ねられる部分ですから。この街にとってプラスになる判断をして頂きたいということですね。私が八橋(運動公園)派だとよく言われるのですが、決してそうではありません。ただ、八橋の利点はこれだけ大きな公園の中にあらゆる機能が集約されるスタジアムがあれば街のシンボルになる可能性は秘めているとは思います」

――そもそも候補地はどのような経緯で案が出されるのですか?

 「秋田プライウッドさんの土地利用は私達から提案させて頂きました。スポンサー企業でもある同社から駐車場も確保できるほどの広大な土地が空いていることをお聞きしたので候補として。秋田大学に関しても大学側からの提案ですね。八橋は敷地面積や駅からの距離など立地的に優れているので秋田県としての前向きな意向もあって自然と候補地になったという形です」

新スタジアム建設候補地の1つ「八橋運動公園」

――結論が出る時期の目途は立っているのでしょうか?

 「いや、まだ見えていません。どこかに決まるのか、3つともダメという結論で新候補地を探すのか……。ただ、今年度中に事業主体は決定するという話は聞いています」

――場所が決まったとして、建設費の課題も避けて通れません。100億円規模という報道もありますが、どのように予算を捻出することを想定されていますか?

 「秋田のメリットは県と市が合意形成出来ている点。過去事例として文化会館は県と市が共同で造ったロールモデルでもあります。とはいえ、100億円でも50億円でもポンと出せる財政ではないので、クラブとしては国内外のスタジアム情報を提供することを意識しています。建築方式や資金集めなどは県や市に助言していくつもりです」

――近年のスタジアム建設のトレンドである“寄付”はいかがでしょうか?

 「もちろん準備しています。寄付団体の作り方、法人として寄付に連動した税制免除など様々な先行事例を参考にしながら勉強させて頂いています。あと、考えているのはうちのスポンサー様でもあるのですがヤマダフーズさんのような県外へ自社商品を流通させている企業と連携して、商品購入に伴って売上の数%が寄付されるような仕組み。商品パッケージの隅っこにスタジアムの絵をプリントしたりして。県民の参加意識を促進できればと。1円でもいいから出してもらって『私も寄付したスタジアム』という誇りを持って頂ければと嬉しいですね」

――建設後の収支についてはいかがでしょうか?サッカー以外での収入となると音楽コンサートなどイベントで稼働率を高めるアプローチがまず思いつきますが、秋田県で大きなイベントが開催されている印象はありません。

 「仰る通りです。プロモーターさんとも相談しましたが、秋田で音楽コンサートを開催できるのは年数回がいいところ。秋田で集客するのは簡単ではないです。そういう意味で参考にしているのは収益構造がしっかりして、安定した実績のあるカシマスタジアム。私の地元が鹿嶋市なのでアントラーズの皆さんとは非常に懇意にさせてもらっています。中でも事業部門を担当されている鈴木秀樹さんからは『何を行うのかからの逆算で設計計画を行うこと』の大切さを教わっていますので、アンテナをしっかり張って、フィットネスクラブや整骨院をスタジアムに併設するなど、ソフトの部分はしっかり考えていきます」

――ということは、ブラウブリッツ秋田が新スタジアムの指定管理者になることが内定している?

 「行政としてもその形がベストであるご理解は頂いています。内定はしていません。ただ、スタジアム完成後に指定管理者になっても仕方ないので、建設前のタイミングから僕達の意見をしっかり汲んでいただくことは訴えています。要は稼げる仕組みづくりの部分ですね」

――スタジアムに求められるのは経済自立なのか、公共性なのか、この辺りはどのようにお考えになられますか?

 「難しいですが、個人としてはスタジアム単体で考えてはいけないことだと思います。スタジアム単体で考えれば絶対に赤字です。だから、このスタジアムがあることによってシャワー効果があるのか。例えば、うちがJ2に昇格すれば(モンテディオ)山形さんとは“鳥海山ダービー”なんて名前が付いてアウェイサポーターが数千人来てくれる。そこで秋田の観光地や名物グルメを発信してもらえる意味は非常に大きいはずです」

発表された新スタジアムイメージ

2025年の完成にむけて

――最後にスケジュールについて伺わせてください。今年9月に岩瀬社長は新スタジアムの完成を2025年と発表されました。このタイミングで発表に至った背景や、2025年という根拠を教えてください。

 「根拠が無いようでありますし、あるようで無い(笑)。ただ、言えるのは待ったなしで秋田の社会課題が深刻になっているということ。そして、秋田の魅力をもっと県外の方に知って頂く機会を創出しなければならない危機感から『1年でも早くスタジアム建設に取り掛からなければならない』という決意表明でもあります。建設に2年かかる前提で逆算すると、2023年に基本設計を完成させる必要がある。それには2022年には予算化が必要になってくるので、2021年~2022年の残り2年間で現在議論している各種課題を解決しなければいけません」

――残された2年間で課題を解決する上で最大のハードルは何でしょうか?

 「勝つことです。人口が減って、税収も減る中で大きな投資をすることは怖いですよ。だからこそ、我々が結果で示して県民機運を上げることが重要になります。しっかりJ3を勝ってスタジアムにお客様を集めること。最後はここに尽きると思いますね」

――今の時代、特に秋田においては、夢やビジョンを語ることができる岩瀬社長の存在がブラウブリッツ秋田にとって最大の強みではないかと感じました。本日は長時間ありがとうございました。

 「こちらこそ遠くまで取材に来て頂き、ありがとございました。夢でも目標でもそうですが、イメージできないものは絶対叶えられない。いかにファン、サポーター、県民の皆さんと具体的な将来像を共有するのかは大切にしています。そこは私の役割だと考えています。それが新スタジアム完成にむけて大きなエネルギーになるはずです。多分、普通のスタジアムにはならないと思うので、完成したら多くのアウェイサポーターの方々にも遊びに来てもらいたいですね」

Kosuke IWASE
岩瀬 浩介

1981年4月8日生まれ。茨城県出身。プロサッカー選手として2007年にブラウブリッツ秋田の前身であるTDK SCに入団。2010年にブラウブリッツ秋田で引退し、フロントスタッフへ転身。2012年よりブラウブリッツ秋田の代表に就任。2016年~2017年に日本サッカー協会のJFA/Jリーグ将来構想委員会(日本代表強化およびJFA・Jリーグ発展のための施策に関する事項を検討する委員会)を務め、現在は秋田公立美術大学特任准教授も務める。

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Photos: Koichi Tamari

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Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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