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本田圭佑だけじゃない。選手が話すカンボジアサッカーのリアル

2018.10.22

アンコールタイガーF.C.所属 深澤仁博選手×林遼太選手 インタビュー


カンボジアで奮闘しているのは本田圭佑だけではない。2018年9月23日、アンコールワットで有名なシェムリアップの片隅にあるスタジアムで、カンボジアサッカーリーグ史上最高の観客動員数4,257人が記録された。日系企業がオーナーを務める「アンコールタイガーF.C.」の2018シーズンホーム最終戦での出来事である。同クラブは今シーズン本拠地を首都のプノンペンから移転してきたばかりにもかかわらず、急激にファンを増やしている。いったいこの街で、そしてカンボジアサッカー界で何が起きているのか。

今回話を伺ったのは、横浜マリノスからプロのキャリアをスタートさせ、アルビレックス新潟などを経て海外のクラブを渡り歩き、先日現役引退を発表した深澤仁博選手と、今シーズン法政大学から加入した大卒ルーキーの林遼太選手。キャリアの面では対照的な2人にカンボジアでの日々を聞いた。


カンボジアのサッカー事情


―― まずはアンコールタイガー加入の経緯を聞かせてください。深澤選手は留学経験も含めるとカンボジアが8カ国目となります。

深澤「タイガーの前は同じカンボジアリーグのナガワールドFCに所属していたんです。そことの契約が切れた2016年のシーズンオフに知人を通じて『タイガーが選手を探している。マサを紹介しようと思っているんだけど、どうだ?』というお話をいただいたのがキッカケですね。海外でのプレーにこだわっているわけではないんですよ。気づいたらそこにいたって感じで」


―― 一方、林選手はアンコールタイガーがプロサッカー選手として最初の所属クラブです。カンボジアで生活することに対して抵抗はなかったのですか?

林 「まったくなかったですね。大学卒業後は海外で生活したいと考えていました。だから、大学4年生の時にタイガーのオーナーである加藤さんに連絡を取って、カンボジアで練習参加させてもらったんです。帰りの飛行機の便も決まっていたので3日間だけだったのですが、その間にクラブが契約書を提示してくれて。もちろん、二つ返事で判子を押しました。ソルティーロ(※本田圭佑が実質的なオーナーを務めるカンボジアのプロサッカークラブ)の練習もいちおう受けたんですよ。ただ、対応が草サッカー的というか……。タイガーは選手へのケアもしっかりしていて、そこも好印象でした」

深澤「確かにタイガーは組織がしっかりしている。僕が所属してきた海外のクラブは結構ゆるいところが多かったので余計に感じますね。GMを務めている篠田さんの力も大きいと思うんですけど、スタッフのみんなが頑張ってる。選手のためにいろいろやってくれているのは伝わってきています。ここまでやってくれるとは想像していなかったので驚きましたし、うれしかったです」


―― ポジティブな想定外があったわけですね。では、ネガティブな面はどうでしょう? 異国でのプレーは苦労もあるのではないかと思うのですが。

林 「僕はプロ1年目ということですべてが新鮮で、何事もポジティブに捉えられています。毎日が楽しいです。ただ、プレー面では優勝するつもりで加入したんですが開幕3連敗してしまって……。勝つってこんなに大変なのかと。他のクラブは外国人選手が結果を出していたので余計に責任を感じました。こっちでプレーする以上は大卒1年目のルーキーだからとかは通用しないですし、チームを引っ張っていく意識を持っているので。もともとやれる自信はあったんです。ただ、カンボジア人選手達の信頼を得て、チームとして連係して勝つことに時間がかかりました。ここは異国で戦う難しさだなと思いました」

深澤「大変だったと言えば、僕が入団した当初はスタジアムの芝がびっくりするくらいボコボコで。マジかよ!って(笑)。今も荒れてはいるんですが、それでもかなり良くなったんですよ。アシスタントコーチが砂を撒いたり、芝を刈ってくれたりとかして。フロントスタッフだけじゃなく、コーチまでいい試合をお客さんに提供するために地味な作業の協力をしてくれるので、選手達は頑張ろうって思いますよね」

シェムリアップスタジアム


―― オーナーの加藤氏が「チームはポゼッションサッカーを志向しているけど、芝の状態もあるのでバランスを見ながらやらざるを得ない」と話されていましたが、カンボジアの他クラブはどのようなサッカーをする傾向にあるのですか?

深澤「僕がプレーしてきた他の国と比べると、アフリカ人選手の身体能力を生かすサッカーをするチームが多いですね。ロングボールを蹴って、彼らの速さや高さ、強さを前面に出してぶち抜いていくような印象があります。そこはカンボジアの暑い気候も理由としてはあるのでしょうし、芝の影響もある。組織で崩していこうという意識がまだリーグ全体で薄いですね」

林 「カンボジア人ってあまり大柄な選手はいないんで、アフリカ人選手と競り合うと片手とかで押さえられちゃうんです。僕は外国人選手として入っているので、そうしたフィジカル勝負でも負けてられない。ただ、最初はびっくりしましたけどね。大学ではアフリカ人とマッチアップすることはないんで。初めてカンボジアで試合をした時に、対戦相手に190cm/90kgくらいあるアフリカ人FWがいて『なんだこれは…やばい奴がいる』って(笑)。僕はCBとしては小柄な方なんで(※175cm/71kg)、頭を使っていかに勝つかってことを考えています」

林遼太選手


―― 「外国人選手」というワードが先ほどから出てきますが、チーム内でも外国人選手である自分たちが特別に果たす役割は意識されているものなのでしょうか?

深澤「僕は日本人だからというよりは、年齢的におっさんなんで(笑)。ピッチ上では若い選手が見えていないところに気づいてフォローするとか、自分が目立つよりもみんなが気持ち良くプレーできるようにすることを意識していますね。それが結果的にチームにとって一番いいんじゃないかなって。オフ・ザ・ピッチは試行錯誤してます。気になったことを言った方がいいのかなとも思う時もあるんですが、こっち(カンボジア)は年上が絶対みたいな雰囲気もあって、あんまり言うと若い選手は委縮しちゃうんです。だから、行動で示すことで何かを感じてくれるカンボジア人選手がいればいいなと。そして、その選手が年齢を重ねる中で若手選手に伝えてくれればこのチームの文化になると思います」

深澤仁博選手

林 「マサさんもさっき話されていたんですけど、カンボジアは組織で戦うことがあまり上手ではない。僕はDFなのでそこは重要なんですが、こっちに来てからDFラインをそろえるってこんなに難しいことだったのかと……(笑)。そうした組織で戦う部分をコントロールする役割を果たせればいいなと思っています。だから、普段は英語でコミュニケーションを取っているのですが、試合中は『前後』とか『右左』など簡単な言葉はクメール語を覚えて使うようにしています。そっちの方が伝わりやすいですしね。あと、マサさんは“魅せるプレー”がすごい。外国人選手としてというのは関係ないのかもしれませんが、僕も観客を盛り上げるプレーができるようになりたいと思ってます」


ファンとの交流


―― アンコールタイガーは日系企業が親会社のサッカークラブです。他のカンボジアリーグのクラブとの違いはありますか?

深澤「僕は一番感じたのはファンとちゃんと向き合ってるなって。例えばカンボジアの子供たちにボールをプレゼントする『1 Child 1 Ball Project』もそうですし、ハーフタイムに地元のアイドルを呼んで歌ってもらったり、ファンを楽しませようという気持ちが見える。こうした活動を行っているクラブはカンボジアではまだ少ないんじゃないですかね。実際そうした活動が来場者数にも反映されてきていますし、選手はやっぱりスタジアムにたくさんファンが来てくれるとうれしいですよ」

「1 Child 1 Ball Project」の様子

林 「こないだシェムリアップで行われた別のチームの試合を観に行ったんですけど、観客が100人くらいしかいなくて。それを考えるとアンコールタイガーが4000人以上のお客さんを集めるって本当にすごいことなんですよ。試合前のアップ時にお客さんがたくさん入っているのを見たらすごく気持ちがいいですもん。あのスタジアムの雰囲気を感じたら地域の人たちと一緒に戦ってるんだなって思えます」


―― アンコールタイガーの選手はスタジアムや地域貢献活動でファンの方と接する機会が多いと思うのですが、そうした活動の中で何か感じるものはありますか?

深澤「ボールを使って子供たちと遊んでいると“世界共通”なんだなと。ボールがあって、それを蹴ると楽しいとか、笑顔になるとかって国とか人種は関係ないことを感じます。スタジアムでボールをあげた子を見かけるとうれしいです。選手は案外ファンの顔を覚えているんで」


―― 林選手に関しては独特な形でも地域の方と触れ合っていらっしゃいますよね。先日はファンにカレーを振る舞うイベントを開催されていました。

林 「それはクラブのスポンサーでもある『Yokohama Restaurant & Bar』さんの一日店長イベントだったんですけど、店のオーナーから『うちをカレーまみれにしてくれ』ってオファーを受けて。僕、カレーをスパイスから作るんですよ。カレーにはこだわりを持っていて。調理には4時間くらいかけて、1日寝かして。小さい鍋しかもってないから10食限定で販売させてもらいました。けど、カンボジア人は誰も来なかったですね(笑)」

カレーイベントの告知ポスター


―― では、次はスタジアムグルメをプロデュースしてカンボジア人のファンに食べてもらいましょう。

林 「実は、自分がケガをしていた今年の6月に開催された、シェムリアップをホームタウンとするクラブ同士が戦うダービーで、篠田GMから『お前、カレー作って売れよ』って話もあったんですけど、最終的にはケガの治療を優先した方がいいだろうって日本に帰国することになりました(笑)」


―― クラブが地元の人々に受け入れられようとしていることが伝わってきます。今年、本拠地をプノンペンからシェムリアップに移転してどのような変化がありましたか?

深澤「サッカーと関係ないですけど、シェムリアップは街の雰囲気がいいんですよ。のんびりしていて住み心地がいい。街中から原付で10分くらい走ると田んぼだらけだったり。僕はそういう風景が好きですね。サッカーに関しては、プノンペンの方がスタジアムは立派だったりしましたけど、お客さんが入らなかったんで。移転してきて、お客さんが入るようになったという点が一番ポジティブな変化だと思いますね」

林 「練習の環境面で言えば、プノンペンの方がいいです。シェムリアップに移転してからはフットサルコートで練習をしているので、たまにフルピッチで練習したいなと思うことはあります。けど、プノンペンの方が良かったのはそこくらいですね。プノンペンは交通事情がひどいんです。違反する人も多過ぎてカオスというか無法地帯(笑)。渋滞もすごくてストレスが溜まっていたんですけど、こっちはちゃんとしているので快適です」

コレオグラフィで応援するアンコールタイガーファン


本田圭佑、カンボジア代表監督就任


―― カンボジアサッカーと言えば、本田圭佑氏のカンボジア代表監督就任が日本で話題です。現地でプレーするお2人の率直な感想をお聞かせください。

深澤「いちばん最初に思ったのは、単純にすげえなって。まず思いつくこと自体がすごい。僕も選手をやってますけど、選手をやりながら異国の代表監督をやろうっていう発想がないですよ。スケールがデカいというか」


―― 今、東南アジアの国やクラブから監督のオファーが来たらどうしますか? 東南での経験も豊富ですし、興味ないですか?

深澤「僕、監督をやるイメージ持ってないんですよ。まあ、セカンドキャリアで何にもやることなかったら可能性を考えるんでしょうけど。仮に今、実際に監督のオファーがきたとしても今の僕ではサッカーの知識、伝え方などチームマネージメントの経験がないので引き受けるべきではないです。ちゃんと勉強して、下っ端でもなんでも経験を積んでからの方がいいんじゃないかなと思うんですけど……やりながら勉強するという考え方もあるかもしれないし……難しいですね」


―― 林選手はどうでしょう?

林 「僕は素直にカンボジアサッカーが注目されるのはうれしいですね。日本の友達からも連絡が来ましたし、街を歩いていても『ホンダ!ホンダ!』と声をかけられるので影響力の大きさを感じています。指導力とかは未知数な部分はもちろんあるんですけど、全体的にはポジティブに捉えています」


―― ありがとうございます。では、最後にスタジアムに足を運んでくれるファンに対する想いを教えてください。

深澤「最高!! それだけ。僕たちはプロサッカー選手なので、見てくれるファンがいないと成立しない。カンボジア人ってシャイで感情をあまり表に出さないんですけど、だからこそスタジアムで喜んでくれる姿とか見ると、もっと喜ばせてやろうって思いますね。日本のサッカーファンも機会があればぜひシェムリアップスタジアムにお越しください」

林 「僕にとっては数千人でも大観衆。大学サッカーでは経験できないことなので、プレーしていて本当に気持ちいいんです。いいプレーをした時は盛り上がってくれるのはこちらとしても興奮します。魅せるプレーをしたいと思ってるんで、ファンの感情が自然に出るようなプレーができるように頑張ります」

写真左:深澤 仁博(フカサワ マサヒロ)
1977.7.12(41歳) 静岡県出身 173cm / 67kg

静岡学園高等学校卒業後、96年に横浜マリノスへ加入し、同年にアルゼンチンのリーベルプレート、99年にスペインのテネリフェへ留学した。帰国し00年~04年にアルビレックス新潟でプレーした後、05年よりカナダ、タイ、シンガポール、香港、インドネシア、カンボジアと海外のクラブを渡り歩き、2018年シーズン終了をもって現役引退を発表した。


写真右:林 遼太 (ハヤシ リョウタ)

1995.4.10(23歳) 神奈川県出身 175cm / 71kg

法政大学卒業後、アンコールタイガーF.C.に加入。アフリカ人にも負けないフィジカルで空中戦では圧倒的な強さを誇り、守備でチームに貢献している。

Photo: Koichi Tamari

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Profile

玉利 剛一

1984年生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリ開発等を担当。2018年より筑波大学大学院に所属し、スポーツ社会学を研究。修士号取得。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」管理人。footballista編集部。

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