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ロングボールの復興。欧州を席捲したプレミア勢の「陣地回復」戦術

2019.07.26

TACTICAL FRONTIER

サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。

 18-19シーズン、欧州の頂点を争うCL決勝にたどり着いたのは、プレミアリーグで常に顔を合わせる2クラブだった。リバプールとトッテナムは、まるで「運命の悪戯」にも思われるような激戦を勝ち抜き、決勝の舞台へと歩を進めることになった。今回は彼らの大逆転を支えた「陣地回復」の方法論について、考察していきたい。

これぞクロップ流の「陣地回復」

 「陣地回復」とはラグビーやアメフトの世界では日常的に使われる用語であり、攻撃権を放棄する代わりにボールを敵陣に運ぶことによって、相手の攻撃におけるスタート地点を自陣から遠ざけるものだ。これは狭いエリアでの突破が難しいと判断された局面において、相手に攻撃権を渡す代わりに不利な状況をできる限り回避する手段と言える。特に前方へのパスが禁じられているラグビーにおいて、キックによる陣地回復はボールを前に運ぶための重要な手段だ。

 フットボールにおいては、ロングボールが陣地回復に当たるだろう。長いボールを蹴り込み、長身ストライカーが競り合うというプレミア伝統のキック&ラッシュは、旧時代の遺物になってしまったという論調も少なくない。しかし、実際は様々な戦術の変化とともに、ロングボールを有効に活用するスタイルが再発見されている。

 まずは、リバプールのケースを見てみよう。CL準決勝第2レグ、3点のリードを保とうとするバルセロナに対し、序盤から積極的に攻め込むリバプール。彼らは第1レグでも、右SBセルジ・ロベルトの背後に生じるスペースにサディオ・マネを走らせるパターンを徹底していた。特に左SBのアンディ・ロバートソンは積極的に裏へのボールを狙い、CBのジェラール・ピケを誘い出そうとする意図が見られた。

 この第2レグでも長いボールの「ターゲット」となったマネは、左右にポジションを移動しながらボールを引き出し、先制ゴールも彼を狙ったロングボールからの形だった。ロングボールのセカンドボール処理を誤ったジョルディ・アルバのバックパスをインターセプトすると、そこから一気にショートカウンター。相手のミスを利用し、一瞬でバルセロナの守備陣を攻略した。ジョーダン・ヘンダーソンとジェルダン・シャキリが長いボールを狙おうという仕掛けを見せたことで、J.アルバの脳内に安全なプレーをしようという考えが生まれ、死角から現れたマネにボールを奪われてしまっている。

CL準決勝第2レグ、リバプール対バルセロナ。J.アルバは前2人のプレスに意識を釣られ、背後のマネにボールを奪われた

 ユルゲン・クロップ監督の最大の狙いは「陣地回復」によって相手陣内に攻撃の起点を設置し、そこからのショートカウンターに繋げる「ボール狩り」だ。マネは左サイドの深い位置にポジションを取り、何度も縦パスを引き出すことで起点となった。推進力に優れたマネはボールをクリーンに奪われることは少なく、相手のクリアボールが中途半端になりやすい。

 ドルトムント時代にもロベルト・レバンドフスキが長いボールを「五分五分」の状況に持ち込み、そこに中盤が襲いかかることで猛威を振るった「カウンターを創出するメカニズム」の鍵は、「前を向いた選手がボールに襲いかかる」という状況を作ることだ。必ずしもマイボールにする必要がないので、受ける側にとって難しいボールでも積極的に蹴り込み、セカンドボールを強襲していく。

 ロングボールの活用によって、リバプールはプレッシングのスイッチの明確化に成功している。縦パスを送り込むタイミングで、ファビーニョがスペースカバーから「次のパスの受け手を意識した位置取り」に移動。セカンドボールを拾った敵選手に対して積極的なボール狩りを狙う。

アヤックスの密集ブロックを崩す

 次に、トッテナムのケースを考えてみよう。同じくCLの準決勝第2レグ、アヤックスに2点を先制されたマウリシオ・ポチェッティーノ監督は、第1レグでも前線で存在感を放っていたフェルナンド・ジョレンテを投入。彼らのロングボールは、アヤックスの密集を崩すことを目的に使われた。

 第1レグではCBのダレイ・ブリントとのミスマッチを利用していたことが、第2レグでは囮(おとり)としても十分に機能。カウンターが決まった局面でも、アヤックスの特徴的な密集をロングボールで突破し、相手が埋められないエリアを叩いている。チャンスシーンではジョレンテが相手のCBを1枚抑えることで、その背後を攻略するシーンが目立った。

 ポジショナルプレーの原則に基づいてチームが意思を共有するアヤックスの特徴は、「数的優位」を非常に重視するチームであることだ。彼らは片方のサイドで過度な密集を作り出しながら細かいパスを繋ぎ、逆サイドにアイソレーション(孤立させて1対1を作る)を狙うような攻撃はハキム・ジエクのような展開力に優れたアタッカーに託されている。

 極端な密集を主原則とするアヤックスにとって、守備時の理想は「密集地でのプレッシングによる奪回」だ。そう考えると、トッテナムが狭いエリアで細かいパスを繋いでくれれば、アヤックスとしては好都合となる。密集を突破する上で、ロングボールは非常に効果的な手段だ。トッテナムは攻めに逸ってしまいそうな局面でもDFラインは低めに保ち、アヤックスの前線を誘い出すことで「間延びさせる」アプローチを徹底。そこにジョレンテへのロングボールを組み合わせることにより、相手のバランスを崩そうと試みた。実際に70分過ぎのアヤックスは疲労と間延びで効果的なカウンターを封じられてしまい、長いボールをジョレンテに放り込むトッテナムの戦術に苦しめられた。

記録として残るものではないが、18-19 CL準決勝アヤックスとの2試合で効果的なプレーを披露したトッテナムのジョレンテ

 相手陣地に起点を置くことで、高い位置でのボール奪回を狙うリバプールの「陣地回復」と、アヤックスの距離感を崩しながら、ポストプレーに繋げるトッテナムの「陣地回復」は質的に異なっている。しかし、彼らは同様にロングボールを効果的に使うことで「相手陣内でのプレー」に持ち込むことに成功した。プレッシングを得意とする両チームにとっては、少ない手数で敵陣にボールを運べるロングボールは大きな武器になっている。

「コントロールされた混沌」の創造

 ロングキック以外にも、陣地を回復する方法は存在する。ラグビーやアメフトで言えば、ボールを持って長い距離を走るという方法だ。同様に、プレミアのクラブでは中盤に「運ぶ選手」を求めている。リバプールではジョルジニオ・ワイナルドゥムやナビ・ケイタ、トッテナムではムサ・シソコが該当するが、彼らのような選手が中盤でボールを運ぶことで相手陣内にボールを持ち込めれば、プレッシングを仕掛けやすい局面へと繋がる。

 アヤックスを神出鬼没の動きで苦しめ、長い距離のボール運びでカウンターの起点になったのもムサ・シソコだった。同じボールを運ぶ動きでも、フィジカルの強い選手がスピードに乗って駆け上がるドリブルはクリーンにボールを奪われにくいのでイーブンボールに繋がりやすく、そこから二次攻撃に移行するパターンも少なくない。

プレミア屈指の「運ぶ選手」ムサ・シソコ

 クロップの右腕ペップ・ラインダースは、興味深い表現でファビーニョを称賛している。彼はトランジションの局面における判断力に優れ、スペースを封じることに加え、ボールを奪うことも可能だ。

 「我われはオーガナイズド・カオス(秩序化された混沌)を求めており、好んでいる。そのような状況において、ファビーニョは灯台のような存在だ。彼は混沌をコントロールする」

ラインダースに「灯台のような存在」と評されたファビーニョ

 ラグビーにおいても、キックはアンストラクチャー(組織化されていない局面)を意図的に生み出すことが可能なツールと考えられている。ロングボール単体だけでは組織化されていない局面を作り出せないが、競り合いでボールが五分五分のエリアに転がってくれれば、そこからの勝負は「カオス」となる。図示したリバプールの攻撃にあるように、ボールが空中にある間に2人がボールホルダーを狙う場面を作ることで、「カオス」な局面が生まれやすく、その局面でボールを奪取しやすい配置を作る工夫もある。

 トランジション・ゲームを得意とするプレミア勢は虎視眈々とそのような状況を狙っており、バルセロナやアヤックスのように「秩序立った組織を武器にするクラブ」に対して大逆転を演じた。これからの戦術トレンドを占う上で、その意味は小さくない。


Photos: Getty Images

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Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。