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アンデルソン・ロペスは、なぜ躍動できたのか。天才監督ミシャの為したこと

2019.03.28

開幕4試合で5得点。アンデルソン・ロペス(コンサドーレ札幌)の2019シーズン序盤の爆発に、一番驚いているのはサンフレッチェ広島の関係者、サポーターだろう。

ロペスは優れたFWだが、使い方が難しい選手でもあった。そのポテンシャルを活かせたのは、2017シーズンの最終盤。それまでは、守備タスクを十分にこなせず破綻の原因ともなり、サポーターからは不要論も根強かった。FCソウルを経て2019年から札幌への加入が発表された際は、訝しむ声も多かった。

そのロペスが、シーズン序盤とはいえ、札幌に完全にフィットしたと言えるパフォーマンスを見せているのはなぜか? 広島時代のプレーを誰よりも多く取材した、中野和也氏に見解を伺った。

荒削りだった広島時代

 さすがは、ミハイロ・ペトロヴィッチ。アンデルソン・ロペスを戦力化したその手腕は脱帽であり、唸るしかない。天才監督だからこそ為せる業だとしか、言いようがない。

 当初、彼を獲得したのはセレッソ大阪に移籍した都倉賢の代わりにFWとして採用したのだと思っていた。今オフの札幌は都倉だけでなくシャドーで活躍していた三好康児もチームを離れてしまい、攻撃陣は確かに手薄となっていた。しかし、だからといってロペスをシャドーで起用するイメージは湧かない。彼はFWでこそ活きる。広島での実績を考えても、そう考えるしかなかった。

 なぜ、シャドーでは難しいと思ったか。それは彼のスタイルや特性だ。

 そもそも、ロペスは非常に荒削りな状態で広島にやって来た。ミハイロ・ペトロヴィッチがつくりあげたスタイルでのシャドーは、攻守にわたって繊細なプレーと戦術的な判断が求められるポジションだ。繊細な技術が求められるし、守備のタスクもある。ロペスは豪快かつ破壊力のある左足が持ち味で、ボールも運べる選手ではあるが、守備のスキルには乏しい。ミスも多く、ドリブルを仕掛けてはボールを失いがちだった。

 前を向いて攻撃させると破壊的なパワーを持つ選手だけに、どうしても1.5列目で使いたくなる。しかし、そうなると守備のタスクも増えるし、彼自身もやりづらそうだった。見れば見るほど、彼の適性ポジションはそこではないと考えた。

 2017年4月12日、ルヴァンカップ第2節・対アルビレックス新潟戦でロペスは途中出場。工藤壮人に替わって1トップに入った。「ブラジルでも経験のあるポジション。準備はできている」と語ったロペスだったが、結果としては得点に絡むことはできない。それ以降、彼はずっと2列目でのプレーを余儀なくされた。指揮官の目には「FWとしては使えない」と映ったのかもしれないし、他の選手との兼ね合いがあったのかもしれない。

 監督が森保一から横内昭展、そしてヤン・ヨンソンと替わっても、ロペスはずっとMF。点はとれるが、失点にも絡んだ。不運もある。なんでもないプレーがミスになり、それがことごとく失点につながってしまった。点をとってもチームが勝てない故に、唯一の二桁ゴーラーとなっても、サポーターからは「救世主」とか「エース」とか、そういう賛辞は聞こえてこなかった。敗色濃厚の横浜F・マリノス戦で後半アディショナルタイムにゴールをあげて勝ち点1をとっても、ロペスの評価はあがらない。後に振り返れば、この勝ち点1が奇跡的な残留の大きな力となったのだが。

「このポジションでプレーできることはすごく嬉しい」

 筆者はずっとロペス=FW派だった。もちろん、守備面のリスクを回避して「先発では使わず切り札に残す」という方法もあったのだが、最大の得点源が彼である以上、勝利しないと残留ができないという現実がある以上、スタートから起用するべきだと考えていた。狙いは一つ。彼の得点力を最大限に活かすこと。

 ペナルティエリア内でのロペスの能力は、まれに見るクオリティだ。日本のサッカーに慣れるまでは時間がかかったが、リズムを掴んだ後の彼は、紛れもなくストライカー。ガンバ大阪戦で縦パスを後ろ向きで受けてチョンと浮かし、反転時の腰の回転を利用しながら左足ボレーを叩き込んだ得点。同じG大阪戦でPA内でボールを受け、横にボールを運びながらスペースをつくりネットに突き刺したゴール。柴崎晃誠のクロスを左足ボレーで打ち、ブロックされたそのボールを右足で叩き込んだヴィッセル神戸戦のゴール。

 あるいは、PA内で細かくポジションを動かしながら青山敏弘のヘディングの落としを絶妙なポジションどりで押し込んだ鹿島アントラーズ戦。前述した横浜FM戦はボールを運びながらもタックルに倒され、それでもすぐに立ち上がってポジションをとり、クロスのこぼれを腹でトラップしてボレーを叩き込んでいる。ゴールシーンを見れば、彼の得点力の半端なさは明白だ。使わない手はない。

 残留がかかった残り3戦、ヤン・ヨンソン監督(当時)は突然閃いたかのように、彼を1トップに据えた。するとそれまでドリブルにこだわっていたロペスが、見違えるようにシンプルなプレーを見せた。ボールを確実におさめ、まわりを使い、はたいて走る。極めて安定感のあるプレーぶりを発揮してチームを牽引し始めたのだ。

 神戸戦の後半、パトリックが途中出場してもヨンソン監督は彼をサイドハーフではなくFWとしてセンターに残す。そして彼のポストプレーからの左展開によって椋原健太のクロスが飛び出し、パトリックの決勝ゴールが生まれたのだ。

 「スペースがない時でも、ロペは中に入って足下で(ボールを)受けられる。シンプルにプレーしてくれるから2列目の選手もやりやすい。足下につければ、競っている状況でも強さを発揮してくれる。1番前にいる時の彼はシンプルで、ボールを落としてもう一度動くことを意識してくれる。預ければどんどん、いいプレーが出てくる」

 神戸戦の前に、青山敏弘がロペスについて語った言葉だ。絶賛である。

 「ロペスはしっかりとキープしてくれるから、3人目の動きも出しやすいし、自分も活きる形が生まれる」

 柴崎晃誠も頼もしさを感じていた。ロペスに対する称賛は止まらなかったし、自信も満ちていた。

 彼がFWに入った3試合、自身に得点は生まれなかった。しかし、広島の戦いぶりは安定し、攻撃の迫力も生まれ、チャンスの数も増幅した。内容も右肩あがりで「もっとシーズンがあれば」と悔やむほどの状況を生み出し、一時は絶望視された残留を達成してシーズンを終えられた。その要因がロペスのFW起用であったことは、広島を見てきた人であればわかる。おそらく、もっと続けていれば、ロペスはゴールもアシストも量産していたはずだ。

 「このポジションでプレーできることはすごく嬉しい」

 神戸戦で勝利に貢献した後、こう言って笑顔を見せた彼の姿が、忘れられない。

清水戦、圧巻の4ゴール

 こういう広島での経緯があったからこそ、札幌でペトロヴィッチ監督が彼をどういう形で使うのか、実は注目していた。攻撃を構築することにかけては、Jリーグで彼に並ぶものはいない。ミシャが、アンデルソン・ロペスをどう使って能力を引き出すのか。

 プレシーズン、そして開幕戦とロペスはシャドーでプレー。しかし第2節の対浦和レッズ戦でさっそく、名将は動いた。鈴木武蔵との2トップを構築し、チャナティップをトップ下に置いたのだ。1トップ2シャドーで結果を出してきたペトロヴィッチ監督だが、広島に来た当初は佐藤寿人とウェズレイの2トップでチームを構成している。[3-4-1-2]は、彼の中にあるスタイルだ。

 ロペスは案の定、躍動した。大きなサイドチェンジからチャンスをつくり、鈴木武蔵の裏への飛び出しを誘発するループパスで先制点をアシスト。中央で自在にポジションを変え、チーム最多となる7本のシュートを放つ。自身がゴールに迫るだけでなく鈴木武蔵やチャナティップとのいい関係性をつくり、浦和守備陣を常に脅かし続けた。そして清水エスパルス戦、広島時代に共に戦ったヤン・ヨンソン監督の目の前で見せ付けた4得点。彼の得点能力からすれば決して不思議ではない。しかし、凄い。

 ミハイロ・ペトロヴィッチという指揮官は頑固であり、一方で柔軟でもある。彼はまず、チームに存在する「クオリティの高い選手」や「スペシャリティを持つ選手」をピックアップし、彼らの組み合わせを模索する。その結果として、その選手のオリジナルポジションを動かすことも厭わない。

 森崎和幸のストッパーやリベロでの起用、森崎浩司のボランチ、青山敏弘の右サイド。高萩洋次郎は当初、ボランチやリベロで使っていたが、攻撃適性があると理解すれば彼自身はプロでほとんどやったことのなかったシャドーに抜擢。一方、柏木陽介は広島ではシャドーで起用していたのに、浦和時代の途中からはボランチで起用した。チームとしていい選手を組み合わせるために工夫を凝らし、選手を動かすのが彼のやり方だ。

 おそらくは、プレシーズンの時からロペスのFW適性は見抜いていただろうし、2トップも構想にあったはずだ。しかも明白なポストプレーヤーを置かず、鈴木武蔵とロペス、どちらも裏に走るスピードプレーヤーを置くのもペトロヴィッチらしい。アンデルソン・ロペスというタレントのストロングを認め、ウイークを強みが上回るように戦い方を構築。守備の負担を軽減させ、自由に動けるスペースを彼が得られるように、チームの攻撃をデザインしている。鈴木武蔵やチャナティップとの距離感も絶妙であり、3人で攻撃を完結させるカウンターにも凄みがある。

 もちろんシーズンはまだ始まったばかりであり、これからマークが厳しくなる中でロペスがその圧力をどう払拭するか、そこはまだ未知数だ。しかし、ミハイロ・ペトロヴィッチという名伯楽が25歳の若者をしっかりとコントロールし、ヒントを与え続けて試練を乗り越えさせる気がしてならない。

 広島にとっては、厄介な存在。しかし、その成長が嬉しくもある。複雑な心境で、何度も何度も、アンデルソン・ロペスのゴールシーンを見ている。札幌での得点を見て「予習」しないといけないと思いつつ、つい広島で彼が決めて見せた数々の美しい得点を見て感慨にふけってしまうのだが。

Photos: Takahiro Fujii
Edition:Daisuke Sawayama

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アンデルソン・ロペスコンサドーレ札幌サンフレッチェ広島

Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。

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