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選手もファンもプレーヤー。23歳のGMが学都奈良で描く「サッカーゲーム攻略法」

2018.12.08

新生・奈良クラブが目指す「サッカー」と「学び」の融合 Chapter 6】林舞輝(奈良クラブGM)インタビュー 後編


英国チャールトンのアカデミーコーチを経て、2017年より指導者養成の名門ポルト大の大学院に在籍しながらポルトガル1部ボアビスタのBチーム(U-22)のアシスタントコーチを務めた林舞輝。欧州の最先端で学んできた23歳が“就職先”に選んだのは、奈良クラブのGM(ゼネラルマネージャー)だった。前例のない挑戦に至った背景、これからの展望を前・後編に分けてお届けする後編。


前編はこちら

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「奈良クラブ」という魔法のランプをこする


——林舞輝が奈良クラブで何をやろうとしているのか教えてください。

 「その前に、もう一度あらためて強調させてください。僕は今回、何もないところにやって来たわけではなくて、奈良クラブというすでにここまで力強く歩んできたクラブに関わることになったんです。僕がゼロから何かを始めるわけではありません。矢部次郎さんのお話をうかがったら、そんなことは口が裂けても言えないですよ。その前提があったうえで、『林舞輝がそこに何を加えていけるか』ということだと思っています」


——前提として、ここまでの歩みをリスペクトしたうえでの取り組みということですね。

 「当然です。決して外せない部分だと思います。このクラブにはすでに歴史があるんです。そこを新しく来る人間が忘れてしまってはいけないと思います。奈良という土地で、すでに中川さんや矢部さんをはじめとする方々が魔法のランプを作ってくれているわけです。だから言ってみれば僕はそれを『こする』だけ。その結果としてモクモクと『魔人・奈良クラブ』が現れるようにしたいという気持ちでやりますけれど、そもそもの僕はランプを作りに来たんじゃないということは忘れないようにしたい。当然、『奈良』という土地についても同じことだと思っていますし、その魔人にどういうお願いをするかはファンのみなさんがやることだと思っています」


——自分がランプを作るわけでも、林さん自身が魔人でもない、と。

 「魔法使いではないですから(笑)。3つの願いを自分が言うべきだとも思わないですね。僕にできるのは『こする』ぐらいですよ」


——で、奈良ンプのどこをどう「こすろう」と思っているんですか?

 「まず……。何から話せばいいんでしょうか(笑)。まず僕の仕事は奈良クラブのサッカー部門全般の責任者です。監督の選定や選手の獲得といった強化はもちろん、育成部門についても責任を負います。クラブ全体に対して責任がある仕事なので、取締役にもなります。


——腰掛け椅子ではないということですよね。

 「もちろんそういうことです。サッカークラブにとってピッチはクラブを表現する最大の場です。中川社長の掲げたビジョン、『学びの型と一歩踏み出す勇気』。これがキーワードになります。これを提供できるサッカーから逆算していく必要がある。で、サッカーで言う『学びの型』って何でしょう?」


——わからん。

 「アーセン・ベンゲルは言いました。『サッカー文化とは教育文化だ。どういうサッカーをするかはどのようにサッカーを学習したかによる』と。僕はこの奈良クラブでサッカーの学問化、言語化、定義をしっかりしたい。つまり体系化ですね。今年もポリバレント論争とか、『ビルドアップとは何を指すのか』みたいな話があったじゃないですか。そもそも僕は日本語で『攻撃』すら何を指しているのかわからないですよ。よくある答えが『攻撃とはボールを持っている時』になるんです。でも1-0でリードした後半アディショナルタイム、コーナーフラッグ近くでボールを持って時間稼ぎするのって『攻撃』なんですか?という話ですよ。ボールは持ってる。でもこれは『攻撃』と呼んでいいのか。だから日本サッカーの日本語化と、それを定義することをまずしっかりやりたいと思ってます。ポルトガルはどこよりも早くそこをしっかりやって、だから指導者がたくさん育ったんですよ。こうして体系化・言語化したものを落とし込んでいく。トップチームの選手やコーチ、アカデミーの子どもたちはもちろん、メディアやファンにもそうしていきたいと思います」


——そんなことができるものですか? 特にメディアやファンとなると。

 「できます。というか、それこそ中川社長が僕を選んだ一番大きい理由だと思っていますから。コーチングの現場、サッカーの内輪だけで理解できる言葉ではなく、専門家ではない社長もファンも理解できる、そういう共通の言葉をしっかり作っていきたいと思います。今の日本サッカーはそこを曖昧にしたままきてしまっていると思うので、そこを一つの『学びの型』にしていきたい」


——中川社長は奈良の県民性も利用して、という話をしていましたね。

 「『学都』という言い方が適切なのかわかりませんが、学びに対して意欲的な街なのは確かなんだと思います。だから頭を使って、サッカーというゲームを楽しむ文化、それこそ、囲碁や将棋のようにもっとサッカーを楽しめるようにしていきたいんです」


——勝つことを優先順位の上にしないということですか?

 「いや、それは違います。勝つことは最低条件。当然です。サッカークラブにとっての勝利とは、会社で言う利益です。『フットボリスタ』は利益だけのためにやっているわけではないと思います。でも、利益が出なければやっていけない。面白いサッカーをすることも最低条件でしょう。だって、サッカーというのは、電気や水、食料ではないですからね。生活していくうえで絶対に欠かせないものではない。それでも選んでもらおうというのだから、奈良クラブの試合が『観に来たら楽しい場』であることは最低限のところだと思っています。映画が面白くなければ意味を認めてもらえないように、サッカーも同じでしょう。で、そのうえで学びもあるようにしたいと思っています。奈良クラブの試合を観ると、『サッカーとはどういうゲームなのか?』がわかってくるような、そういう仕掛けを考えています。これはポルト大学の影響を受けまくっていますが」


——ゆくゆくは「サッカー学校」を作っていくイメージなんですか?

 「やりたいですね。『奈良クラブそういうことやってよ。君たちならやれるでしょう』と言われるようになりたいと思っています。まずやりたいのは、例えば、学生をアカデミーやトップチームのインターンコーチとして呼ぶこと。まさに僕も、チャールトンにコーチとして最初に入ったのはインターンでしたから。全部オープンにするので何もかも学んでもらう。それがきっかけでそのまま残ることもあるだろうし、インターンで学んだことを元のクラブに戻って生かして普及してもらいたい。そうやって奈良クラブじゃなくて奈良に知を蓄積していく環境を作っていきたい」


奈良クラブという「学びの場」の提供


——ファンに対して考えていることは何ですか?

 「『ファンを教育する』みたいに言われちゃうと何か違うと思うんですよね。日本で『教育』っていうと何だか楽しくなさそうに感じるじゃないですか(笑)。そういうのじゃないんですよ。他人が遊んでるのを見てても楽しくないじゃないですか。自分も一緒になって遊ばないと。同じで、他人が学んでるのを見てるだけなのは楽しくない。だから、指導者や選手だけが学んでてもファンは楽しくないと思うんです。今考えているのが、試合後に僕のトークイベントを公開でやろうと思っているんです。勝っても負けても、この試合で何を狙って、どういう練習をしてきて、実際に何が起きて、何でこうなったのか。そして次に向けてどうしたいのか。それを全部オープンにして、ファンのみなさんと共有しながらやっていきたい」


——面白いですね。その心は?

 「日本のサッカーの試合って、試合前のイベントはいろいろ仕掛けていますけれど、試合後のイベントって少ないじゃないですか。そこで何かできないのかなと思ったのがまず一つあります。それに、ドイツなんかではすでにやっているんです。レーブ監督がテレビに出てきて、こういう狙いを持って、こういうサッカーをしようとして、結果としてこうなりましたという解説を監督が自分でファンに向けてするんですね。それが面白い。だから僕もやります(笑)」


——となると、何を失敗したのかも話すということですか?

 「そこを隠そうとすると成立しない発想だと思います(笑)。でも、ファンのみんなも知りたいと思いますし、『何であの選手交代だったんだ?』とかは絶対あるじゃないですか。そうやってチームが狙っていたことがわかればサッカーそのものへの理解もきっと進むと思いますし、試合を観るのがますます楽しくなるはずです。サッカーを楽しむ一環として、そういう場をセッティングできればいいなと思っています。もちろん、強制はしないですよ(笑)」


——なぜそれをしないのかと言えば、情報漏洩を危惧するからですよね。対戦相手にもろもろバレたくない、という。そこはどう考えますか?

 「ああ、大丈夫です。それで負けるならその程度ですけれど、こうやってオープンに語ったから負けるとはまったく思っていないですね。むしろこれで、僕らの考え方が他のクラブにも伝わるならそれはそれでいいなと思います。僕らはサッカーをこう考えている、相手についてこう分析してこう対応しましたと語ったことで、参考になるなと思えばいくらでも参考にしてもらっていいですし、僕の説明でチームの弱点を見つけたと思われたら、そこを突いてきてもらっていいです(笑)」


——短いスパンで見れば、直近の対戦相手を利する可能性もあるけれど、長い目で見ればクラブにとってプラスになるという考えですか?

 「だって、奈良クラブの試合を観に行けば、試合を楽しむだけじゃなくて、試合後にも楽しんで学べる場があるとなったらどうですか? 行きたくならないですか?(笑)」


——Jリーグの課題はプレーヤーや指導者が試合に来ないことだと言われているけれど、一つの回答になるかもしれないですね。

 「現場のコーチが来てくれたら、こんなに万々歳のことはないですね。そこで戦術のヒントなり何なりを見つけてくださったり、サッカーについて考え方を発展させるきっかけになってくれるならこんなにうれしいことはないです」


——地域のサッカー力を押し上げることにも繋がればいいですね。

 「そうなってくれたら本当に最高です。だから奈良クラブは『学びたい』と思う方が集まる場になっていきたい。そして逆に、そこで僕が受ける質問や、ファンのみなさんの反応から、僕自身が学ぶことも絶対にあるはずなんですよ。そういう学びの場にできればと思っています」


選手もファンも。全員が「プレーヤー」


——では、『一歩踏み出す勇気』の方はどうでしょう?

 「一つ掲げたいのは『世界最先端への挑戦』です。アマチュアだからとかJFLだからとか、そういう言い訳はナシです。戦術もトレーニングも、そしてテクノロジーに関しても最先端のものを採り入れることを恐れず、挑戦的にやっていきたいと思っています。すごくざっくり言ってしまうと、ペップが偽サイドバックをやったら、奈良クラブもやってみるということです(笑)。そういうチャレンジを重ねるチームでありたいです。練習をドローンで撮影してYouTubeで配信するようなことも考えています」


——そこは欧州にアンテナを張って?

 「僕自身の話をさせてもらうと、欧州を離れて日本へ帰って来ることにものすごい危機感があります。確実に欧州の最先端から離れますからね。向こうは本当に、メチャクチャ早くいろいろなものが進んでいます。日本にいてそこへ追いついていこうと思ったら、今までの10倍も20倍もアンテナを張ってやっていかないといけないと思っています。そのためにも、どんどん現場でチャレンジしたいんです。『ペップだからやれることだよ。ウチには無理だよ』とか言わないようにしたい。そして情報に対して今まで以上に敏感になったうえで、『奈良らしいサッカー』にしていきたい。奈良クラブのユニフォームを白一色にしてもらっても、『あ、奈良クラブだな』と思えるようなキャラの立ったクラブにしていきたいです」


——水玉を塗りつぶしてもわかると。

 「そうです! 勝つことは最低条件。面白いことも最低条件。そのうえで観てやって学べて楽しめて、観ていて勇気が出るようなクラブ。もちろん、言うのは簡単でやるのは大変なのはわかっていますけれど、そのくらい突っ走りたい。若いので(笑)」


——そういうビジョンを達成するにはどういうサッカーになるんでしょう?

 「まず言えるのは、僕が今作っているゲームモデルは通常のゲームモデルとは異なる発想に基づいています。サッカーにおいて戦略と戦術はもう同一線上にあるもので、監督と監督が対戦ゲームする時代も終わってきていると思っています。サッカークラブを作るシミュレーションゲームの時代が確実に来ています。風間八宏さんが強化と集客を別々に考えるのはおかしいとおっしゃっていましたが、これってすべてについて言えると思うんです」


——戦略と戦術が同一というのは?

 「そこはある意味で普通のことです。たとえば同じリーグのライバルからエースを引き抜くとします。これは補強戦略ですけれど、ピッチ上の戦術としても機能しますよね。だって、相手の強みを消しちゃうんですから」


——バイエルン作戦だな(笑)。

 「レバンドフスキがどうしても止められない!……じゃあ、獲っちゃおうということですね(笑)。これって戦略と戦術に線引きができないということの一例ですよね。だから自分が奈良クラブのサッカー部門を任された時、そこまで内包したゲームモデルを作らないといけないと思いました。これが監督を任されたのだったら、ピッチ上で完結する普通のゲームモデルを作ったと思います。でも、違いましたから。奈良に骨を埋める覚悟でやるとなった時に、もう全部作らないとダメだと思いました。そう考えた時、初めて『あ、モウリーニョ講座すげえな』となりました(笑)」


——初めてかよ!(笑)

 「だって講座で学んだ育成も補強戦略もケガした選手の復帰プロセスも筋トレの理論もトレーニングについても、あるいは栄養とかメディア対応についても全部ゲームモデルに入ってくるべきなんです。なんせサッカークラブを創るという『ゲーム』をしようとしているんですから、その土台なんですよ。『試合直前にお腹いっぱい食べちゃうと動けなくなります』という話と、『ピッチを縦に5分割して重ならないようにしましょう』というのを切り離して考えるべきじゃないんです。同じゲームモデルです。これは分析についても同じです。映像を見てロングボールのタグをつけるとして、『それって、いいロングボールなの? 悪いロングボールなの?』という問いが生まれて、『いいロングボールとは何か?』という話が出てくる。『これはミスったけれど、いいパスだったね』という会話はありがちですが、『なんで?』というのをちゃんと突き詰められるようにしたい。僕らはサッカークラブを創るというゲームを攻略しようとしている。例えば、お金をたくさん持っていますとなれば、すごい優位性ですよね。でもどういう優位があるの? ウチの優位は何? それをどう活かせばいい? と考えるのが今の自分の仕事です」


——資金的優位、地理的優位、運的優位、人脈的優位、行政支援的優位、先行者的優位みたいな?

 「そうそう。で、モウリーニョ講座って、本当にいろんな人が来るんですよ。リバプールの元会長が来たり、マンチェスター・ユナイテッドのリハビリの専門家が来たり、パリSGのスカウト担当者が来たり、あるいはプレミアリーグの取締役が来たりしたんです」


——PSGの話なんて参考にならないとか言ってなかったか?(笑)

 「いや、そうじゃなかったんです(笑)。だってリハビリのことにしても、ゲームモデルと合致しないといけないわけです。ガチガチに引いて守るチームのGKがやるリハビリと、ノイアーがやるリハビリは、たとえまったく同じケガだったとしても違うはずなんです。違わないとおかしい。そういう細かいところが勝負を分けることになる。ケガを再発しないためにどうしたらいいのかということも学んできましたけれど、それは奈良クラブのゲームモデルの中でやらないといけないわけです」


——ファンもそこに含まれているわけですか?

 「よく『アスリートファースト』とか言うじゃないですか。あるいは『プレーヤーズファースト』。ただ、僕がここで言う『プレーヤー』って、選手だけを指す言葉じゃないんです。奈良クラブを創ろうというゲームに参加している全員を指す言葉で、そこには当然ながらファンが含まれています。僕もGMというポジションでのゲームのプレーヤーです。で、この『奈良クラブを作ろう』というゲームを攻略していくために重要なのは、単純にそのプレーヤーを増やしていくことです。ここで言う『ファン』はスタジアムに来るお客さんのことに限定するつもりもないです。プレーヤーの広がりにも取り組んでいきたい。だから、『二番目に好かれるクラブ』にしましょう、と。そういう本当の意味でのプレーヤーズファーストのクラブにしたい。サッカーって、意思決定のスポーツです。その意思決定のスポーツにおいて、確かな影響力を持つのがファンだと思います」


——奈良クラブが定義する、いいミスと悪いミスを見分けられるファンなら最高なわけですね。では、選手はどうですか?

 「学ぶ意思があって、勇気のある選手。そういう選手を育てたいです。何か新しいことやろうぜとなった時に『だりい』みたいな選手ではなく(笑)。だから『フットボリスタ』を読んでいるような選手には来てほしいですね(笑)。とにかく『学びたい』『挑戦したい』という選手は大歓迎です」


——長々とありがとうございました。様々な意味で、あっという間でしたね。

 「今は何の実績もない若造がデカいことを言っているだけなので、いろいろと言われるのも仕方ないと思いますし、奈良クラブを応援している方の中には不安に思っている方もいるかもしれません。それも当然だと思います。でも、僕は本気で奈良に骨を埋める覚悟で来ていますので。『林舞輝ならやってくれる』と信じてくれた人たちのためにも、奈良のみなさんのためにも、泥臭い仕事も進んでやりながら、自分がここまで培ってきたすべてを奈良クラブで、全力で出し切りたいと思っています」

Profile

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。