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「サッカーで年は関係ない」の意味。アルゼンチン指導者を育む議論文化

2018.11.15

芸術としてのアルゼンチン監督論 Vol.2


2018年早々、一人の日本人の若者がクラウドファンディングで資金を募り、アルゼンチンへと渡った。“科学”と“芸術”がせめぎ合うサッカー大国で監督論を学び、日本サッカーに挑戦状を叩きつける――河内一馬、異国でのドキュメンタリー。


 5歳年下の彼は、温厚で、丁寧で、真面目で、どこかアルゼンチン人とは違う、柔らかい空気を漂わせている。どこか日本人っぽさのある彼と初めて出会ったあの日から、その印象が変わることはなかった。あの姿を目にするまでは。


「半ズボン」で21歳と50歳が激論

 時差はちょうど12時間、日本で仕事が終わる頃、アルゼンチン人(と私)は目を覚ます。日本が寒い時、アルゼンチンは暑いのだ。2月末、冬真っ只中の日本から来た私は、空港のトイレで汗だくになりながら洋服を取り替えた。この国に着いてからしばらくして、この「暑さ」によって起きる「ある出来事」が、私に新たな学びを与えることになるとは露知らず、半ズボンから出る脚が冬仕様であることに、ただただ恥じらいを感じていたのである。

 残暑が残る3月、暑さが最後の悪さをし始めた頃、私が通う監督養成学校では、いつものように授業が始まろうとしていた。遅れて教室に入って来た1人の受講者が、少し険しい顔をしながら講師に携帯の画面を見せている。そこには、心理学の授業で黒板に板書をしている講師の姿が写っていた。どうやら、講師が「半ズボン」を履いていることに納得がいかないらしい。フォーマルな場に半ズボンは適さない、というのが「主張」だった。ここで私は2つのことに驚く。1つ、アルゼンチンに暮らし始めて「この国の人はなんでもありだな……」と感じ始めていた手前(授業中に電話には出るし、マテ茶を飲むし、お菓子を食べるし、そもそも時間通りに来ないし……etc.)、「そこは気にするのか……」という驚き。そしてもう1つ、隣に座っていた私より5歳も年下の彼が、50歳近いその受講者に向かって「それは違う」と詰め寄っていたことだ。

 この国の人は、とにかく「主張」をする。誰かの「主張」から始まった「話し合い」を大切にしていることは、少ししか時間をともにしていない自分でもハッキリと伝わっていた。「あなたはいつも授業に遅刻をしてくる。講師の服装を注意する前に、私たちにも受講者としての振る舞いがあるのではないか?」という彼の言い分はごもっともだけど、それよりも21歳の彼が50歳に向かって自分の正義を力強く主張するその姿に、私は感心せずにはいられなかった。私が通っている監督養成学校の授業では、ほぼすべての時間が「議論の場」として機能し、トレーニングメニューについて、ゲームの進め方について、審判の判定について、時には「半ズボン」について議論が交わされる。そこに「年齢」という見えないルールは一切存在していない。不意にも「半ズボン議論」の仲介をする形になった年配の講師は、人生の大先輩らしく、丁寧な言葉でその場をしっかりと収めることに成功した。私がその姿から、「指導者」という立場が持つ本当の役割を学び取ったことは言うまでもない。

 日本に生まれた私は、その他大勢の日本人と同じく、人間が例外なく持っている「年齢」という数字に、それなりに敏感に生きてきたと思う。物心がついて間もなく、私は「敬語」という言葉を操るようになっていた。いつの日か、その敬語という言葉に“操られ”、年上の先生や、年上の先輩や、年上の指導者に「それは違う」と主張することを、無意識に避けてきたのかもしれない。日本がアルゼンチン人のように(外国人のように)年齢を気にせず生きていくことは不可能なのかもしれないし、する必要もないと思う。外国人が別の形で「年上への敬意」を示すように、日本人にも日本人の「敬意の示し方」がある。ただそれが原因で、世の中のたいていの場面で必要な「議論の機会」を逃すことや、各人が持つ能力を正しく判断することができなくなっているのであれば、それはサッカー界にとっても、日本全体にとっても、非常に大きな損失である。


「ダメなものはダメ」はサッカー的ではない

 すべての授業が終わり、先ほどまで言い合いをしていた21歳と50歳は、笑顔で大きなハグをして教室を後にした。この国の人々は、普段から議論をすることに慣れている。納得がいかないことがあれば「年齢」をまたいで主張する人がいて、それに持論を持って反論をする人がいて、それをまとめるリーダーがいる。私はそんな様子を見るたびに、「これはサッカーそのものじゃないか」と思わずにはいられない。サッカーなんてものは、ピッチの中でも外でも、納得のいかないことばかりである。そしてそのほとんどにおいて正解は多数あり、どの正解を持って前に進んでいくのかは、まったくもって自由なのだ。育成年代にしても、プロにしても、私たち日本人は「年下(子ども)」の「それは違う」という主張に、大きなハグをもって応えることはできるだろうか。そして、年齢をまたいで「それは違う」と、自分の正義を強く主張できる若者が、どれほどいるのだろうか。今の日本は、いくら「それは違う」と主張をしたくても、土俵にすら上がることができない場合も多くある。年齢をまたいで議論をすることが当たり前にならない限り、サッカーというスポーツで日本がこれ以上発展をしていくことも、議論をまとめる圧倒的なリーダーが育つことも難しいのかもしれないと、そう思わずにはいられない。サッカーというものは、日本でよく聞く「ダメなものはダメ」という必殺技は、まったく通用しない世界なのだから。

 帰りの車中、私は彼にこう言った。「日本では、年上の人に対して何かを主張することが難しいんだ。それがたとえサッカーのことであっても。だから君のことを感心して見ていたよ」すると彼は、その場面を思い出すようにこう言った。「年上の言うことは正しいことが多いけど、時にそうじゃない場合がある。僕は明らかに彼が間違っていると思った。それを伝えないと、僕は自分の考えに確信を持てなくなる。もしもそれで衝突が起きるのであれば、それは支払うべき対価なんだ。日本も、世代が変わるたびに良い方向へ向かっていくんじゃない?」

 彼は21歳で、育成の指導者をしている。普段からこうして子どもたちに接していることを想像すると、なんだか選手たちを羨ましく思ってしまう。「そうだといいんだけど……」そんな程度のことしか答えられなかった自分と、「21歳なのにすげえなぁ」と、まさに年齢を基準に人を見ていることに気がついてしまった私は、これまでの25年間を振り返り、私は年齢という数字をうっとうしく思うと同時に、年齢に「守られて生きてきた」のかもしれないと、急に自分が恥ずかしくなってしまった。年齢に守られているような奴が「監督」として真のリーダーになろうなんて、「そんなに甘い世界じゃないよ」と、そう言われているような気がしたからだ。

 監督としてピッチに立った時、チームの選手やスタッフが、「それは違う」と誰一人として言ってこなかったとしたら、それはお前のアイディアが素晴らしいからではなく、正しい関係性が築けていないだけだと思えよと、いつか必ず歳を食う自分に、この場を借りて言い聞かせておこう。

 どうかその時は、「半ズボン」についてではなく、もう少し魅力的な議論ができますように。

芸術としてのアルゼンチン監督論

Photos: Getty Images

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アルゼンチン監督

Profile

河内 一馬

1992年生まれ、東京都出身。18歳で選手としてのキャリアを終えたのち指導者の道へ。国内でのコーチ経験を経て、23歳の時にアジアとヨーロッパ約15カ国を回りサッカーを視察。その後25歳でアルゼンチンに渡り、現地の監督養成学校に3年間在学、CONMEBOL PRO(南米サッカー連盟最高位)ライセンスを取得。帰国後は鎌倉インターナショナルFCの監督に就任し、同クラブではブランディング責任者も務めている。その他、執筆やNPO法人 love.fútbol Japanで理事を務めるなど、サッカーを軸に多岐にわたる活動を行っている。著書に『競争闘争理論 サッカーは「競う」べきか「闘う」べきか』。鍼灸師国家資格保持。

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