SPECIAL

イタリア新世代コーチが分析する現代サッカーの「レジスタ不要論」

2018.06.08

対談 レナート・バルディ(戦術分析コーチ) × 片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト) 前編


書籍『モダンサッカーの教科書 イタリアの新世代コーチが教える未来のサッカー』の共著者であるレナート・バルディは、グアルディオラ戦術の研究家としても知られている。現場の事情と最先端の戦術理論を兼ね備えたイタリアの新世代コーチに、ピルロやシャビ以降の世代に見られるモダンサッカーの「レジスタ不要論」について聞いてみた。
※このインタビューは17年10月に収録した

レジスタの変質

11人で組織的に守ることが大前提になったことで、
レジスタというポジションの質が変化した


片野
「ボランチの危機というのは、要はピルロみたいなレジスタがモダンサッカーからいなくなるのではないかという話です。まずは議論の前提として、イタリアで言うところの『レジスタ』はどう定義されるのかというところから始めましょう。もともとレジスタというのは演劇や映画の言葉で、演出家や映画監督、つまりスペクタクル全体の指揮を執り内容を決定する総責任者を指す言葉ですよね」


バルディ
「そうです。サッカーの場合、レジア(演出)を担当するセントラルMFを指してレジスタという言葉を使います。2~4人で構成する中盤の中央に位置して、プレーのリズムとタイミングをコントロールし、ビルドアップにおけるチームの基準点として機能するMFということになるでしょうか」


片野
「ヨーロッパのトップレベルにおける近年の傾向として、プレーのリズムとインテンシティの上昇、自陣からのビルドアップに対するプレッシャーの高まり、それに起因する中盤での時間とスペースの減少、攻守の切り替えの頻度アップ、どちらのチームもポゼッションを確立できないカオティックな状態の増加といった事象が挙げられると思います。この文脈の中で、中盤におけるレジスタの位置づけと役割、あるいはその重要性も変化してきているのではないかという印象を持っているのですが」


バルディ
「レジスタの位置づけと役割は、監督がチームに浸透させようと考えているゲームモデルに依存しています。簡単に言うと、どんなタイプのサッカーをしたいかということですね。今の全体的な傾向として言えるのは、セントラルMFには攻守どちらの局面でも機能しチームに実質的な貢献を果たすことが要求されているということ。レジアの機能を果たせることはもちろんだけれど、それと同時に守備の局面でも十分な仕事量をこなせる。そのどちらにおいても傑出している必要はありませんが、それなりに高いレベルの仕事ができなければなりません」


片野
「際立った特徴を備えたスペシャリストよりは幅広いタスクがこなせるオールラウンダーが求められているということですね」


バルディ
「最近目に付くのは、もともと高いテクニックを備えており攻撃的なプレーを得意としているMFを、守備の局面でも機能できるように鍛えていこうという方向性です」


片野
「これまでならば前寄りのポジションで起用していた攻撃的MFを、スペースとプレッシャーが少ない下がり目の位置で使うことでレジスタとして機能させると同時に、守備のタスクもきっちりこなせるように強化するということですね。かつてのピルロに始まって、最近ではピャニッチもそういう使われ方をしていますよね」


バルディ
「現代サッカーにおいては、攻撃にも守備にも11人全員がアクティブに参加することが要求されています。最低限の守備能力がすべてのプレーヤーに求められる。前線のFWはプレッシングによって敵のビルドアップを妨げ、あるいはそれを方向づける仕事、MFは守備組織の中で的確なポジションを取ってスペースを埋め、コントラストやインターセプトによってボールを奪取する仕事をきちんとこなせなければ、起用すらしてもらえない」


片野
「トリノでも今シーズンはMF陣の中で最もテクニカルで攻撃的なバゼッリを、[4-2-3-1]のセントラルMFとして起用していますよね」


●17-18シーズン、シニシャ・ミハイロビッチ監督時のトリノの基本フォーメーション


バルディ
「ええ。彼はもともと典型的なインサイドMFです。しかし2セントラルMFの一角に起用しても、パートナーとピッチを分割し合いタスクを調整することで、攻守両局面で機能することができます。以前は守備の基本的な技術と個人戦術が十分に身についていませんでしたが、それはそういう仕事を要求されてこなかったからというだけのことです。私たちは彼をこのポジションに起用してそのテクニックと戦術眼を生かしたかった。トレーニングと試合経験を重ねる中で、守備の能力も大きく高まってきています。MFの守備、ボール奪取には2つのアクションがあります。1つはコントラスト、もう1つはインターセプトです」


片野
「相手に正面から対峙するコンタクトプレーで奪うか、パスコースに入ってカットするかの違いですね」


バルディ
「ええ。1つわかりやすい例を挙げましょう。我われがミランで仕事をした2年前のシーズン、モントリーボは当初3セントラルMFの中央で、その後システム変更に従って2セントラルMFの一角でプレーしました。そのどちらのポジションでもレジスタの機能を担っていました。彼はスピードがある選手ではありませんし、正確なパスワークとプレーのタイミングを制御する戦術感覚が持ち味です。しかし同時にあのシーズン、最も多くのインターセプトを記録したのも彼でした。1対1のコントラストでボールを奪うアグレッシブネスやフィジカルコンタクトの強さは持っていませんが、パスコースを先読みしてそこに動きボールをカットする能力は非常に高い。これによって彼は守備の局面でも大きな貢献を果たしていました」


片野
「バゼッリはモントリーボよりももっと攻撃的なタイプですが、同じようにインターセプトの能力を磨くことによって、2MFの一角で機能できるプレーヤーに成長しつつあるということですね」


バルディ
「ここから言えるのは、11人で組織的に守ることが大前提になったことで、レジスタというポジションの質が変化したということです。3MFの中央に位置するアンカーは、守備のメカニズムにおいてはしばしば一種の調整弁として使われます。4DFと4MFという2つのラインの間で、敵FWへのパスコースを消すポジショニングを取ったり、MFラインの背後に入り込んだ敵トップ下を監視したり、必要に応じてどちらかのラインに加わったりという仕事ですね。このポジションに攻撃的なタイプのプレーヤーを起用する場合には、その特徴や個性に応じた機能やタスクを割り当てることが鍵になります。逆に言えば、他のプレーヤーとの組み合わせや役割分担でそれぞれが弱い部分を補完し合えるように戦術を設計し、組織として機能させることができれば、そのポジションの典型的なタイプとは異なるプレーヤーであっても、起用することが可能だということです。つまり、今やそのポジションにどの選手を起用するかはポジションの属性ではなく、適用するゲームモデルに依存します」


片野
「トリノは昨季バルディフィオーリをアンカーに起用した3MFでしたが、今季は2MFに変えていますよね」


バルディ
「バルディフィオーリは本来3MFの中央でレジスタとして機能することで持ち味を発揮するタイプで、守備ではコントラストよりもインターセプトが得意です。彼を今季のトリノの[4-2-3-1]の中で機能させるために、守備の局面ではトップ下のリャイッチを中盤ラインに下げ、バルディフィオーリを2ライン間に下げるというメカニズムを採用しています。敵のMFにプレッシャーをかけるために前に出て行く仕事は中盤ラインに任せて、その背後をカバーしつつCBの前でフィルターの役割を果たすことで、インターセプトの能力を生かして守備組織の中で機能するわけです。

 攻撃の局面においては、彼がCBの前、敵の第1プレッシャーラインの背後にポジションを取ることで、ビルドアップにおける最初の基準点として機能します。そして敵陣までチーム全体を押し上げた後は、中盤センターの2人を縦に配置し、1人(主にリンコン)はセカンドボールに備えボールロスト時には前に出てハイプレスを行う、そしてバルディフィオーリはボールのラインより後ろにポジションを取って敵陣でのポゼッションをサポートし、ボールロスト時のカウンターに備えて危険なスペースを埋め、前線へのパスコースを切るという形でタスクを分割します」


●レジスタ起用時の[4-2-3-1] 守備時は[4-1-4-1]に変形


片野
「セリエAはプレミアリーグやブンデスリーガと比べると前線からアグレッシブなプレスを仕掛けてくるチームが少なく、その分ビルドアップの初期段階に対するプレッシャーが緩いという印象があります。多くのチームが中盤の一角にレジスタ的な色彩が強いテクニカルなMFを起用している理由もそのあたりにありそうです。トリノのバゼッリやバルディフィオーリだけでなく、ユーベはピャニッチ、インテルはボルハ・バレーロ、ナポリはジョルジーニョ、サンプドリアのトレイラ、ミランのビリアなど。ローマのデ・ロッシとストロートマン、ナインゴランは、それぞれレジスタとしても高いレベルで機能できる文字通りのオールラウンダーです」


バルディ
「今シーズンのトリノは、敵陣でボールを支配し主導権を握って戦うというゲームモデルを採用しています。そのために中盤にレジスタの機能を高いレベルで備えたプレーヤーを起用することは不可欠です。あとは彼を含めた全体を攻守両局面で組織としてどう機能させるか、そのディテールを追い込んでいくのが我われの仕事というわけです」

CB&GKのレジスタ化

最近はビルドアップに優れたCBを起用する一方で、
セントラルMFには万能型MFを置くチームが目につく


片野
「ゲームモデルと個々のプレーヤーの能力、特徴をどうすり合わせるか、ということですね」


バルディ
「ええ。今我われが試しているのは、ビルドアップ時に[3-2-4-1]の陣形を取るメカニズムです。[4-2-3-1]をベースにすると、ビルドアップの初期段階から右SBが中盤のラインまで上がり、それに合わせて最終ラインが右にスライドして、左SBが中央に絞る形で3バックになる。この3バックとセントラルMF2人が形成する3+2の五角形がビルドアップの基本ユニットとなり、同時にネガティブトランジション時には最も危険な中央のゾーンを厚くカバーするわけです。

 バゼッリとリンコンのように、中盤センター2人のタイプが異なる場合には、レジスタ的なMFが最終ラインからの球出しにおいて基準点となり、そこからさらに敵中盤ラインの背後にボールを送り込む役割を中心的に担う、もう1人はシンプルな繋ぎのパスでそれを側面支援するという形になります。逆に2人ともオールラウンダー的なMFなら、ピッチを左右に分割してそれぞれのゾーンで同じ役割を分担してもらえばいい。ただ、3人の最終ラインと2人のMFというユニットでビルドアップする場合、実質的なレジスタの機能を担うのはむしろ最終ラインの3人の方だという側面もあります」

●攻撃時の[3-2-4-1] バゼッリが前線への球出しを担当


片野
「最近は、最終ラインにビルドアップに優れたCBを起用する一方で、セントラルMFにはレジスタ的なスペシャリストを置かずオールラウンダー、万能型MFを置くチームが目につきます。マンチェスター・シティはフェルナンジーニョですし、チェルシーも今シーズンはカンテとバカヨコのコンビです。レジスタ的なMFが最終ラインに落ちてビルドアップを担うサリーダ・ラボルピアーナのメカニズムを使うよりも、SBの一方が内に絞ったり、あるいは最初から3バックを採用してCBがレジスタ的な機能を果たし、セントラルMFにはシンプルで正確な繋ぎと中盤のフィルター機能という基本的な攻守のタスクを高いレベルでこなすことを求めるケースが目立ってきているという印象があります」


バルディ
「最初に触れた、セントラルMFは攻守両局面でチームに貢献できなければ務まらなくなったという話とも繋がります。これは別の意味でCBにも当てはまる議論です。レジスタに守備の局面での貢献が要求されるように、CBにも攻撃の局面でビルドアップの起点となって、正確なパスを正しいタイミングで正しい方向に出す、あるいは目の前にスペースがあればドリブルで持ち上がって第1プレッシャーラインを越え、中盤に数的優位を作り出すといった仕事が求められるようになりました。ビルドアップで機能するクオリティを持たないCBは、守備の局面でストッパーとしてよほど優秀で明確な違いを作り出せるというのでない限り、両方をそこそこ無難にこなせるCBよりも出場機会を得るのが難しくなっていると思います」


片野
「最終ラインを低く設定してボールを相手に委ね、堅守速攻に徹するというゲームモデルであれば、テクニックのない純粋なストッパーでもチームの中で機能し不可欠な存在になり得るのでしょうが……」


バルディ
「それは今や、残留を唯一の目的にするような下位チームにしか当てはまらない話です。CL出場権を争うようなレベルのチームは、いずれにしても大半の試合でボールを持ち主導権を握って戦うことを強いられるわけですから。そうなると、最終ラインからのビルドアップでいかに効果的に敵陣までボールを運び、ポゼッションを確立できるかが大きな鍵になる」


片野
「その観点から言うと、CBはもちろんですが、GKにもビルドアップに参加して機能できるテクニックが要求されるようになってきていますよね。それができれば後方で数的優位が確実にできるわけで」


バルディ
「先日(10月17日)のマンチェスター・シティ対ナポリを見ていて、グアルディオラがビルドアップにおいてGKのエデルソンに要求し実現している仕事のレベルの高さに驚かされました。シティは11人全員で攻撃をビルドアップしています。ナポリは、シティの3トップに対して4バックで数的優位を保ちたいので、ビルドアップに対してプレスに出てくるのは中盤から前の6人です。その6人に対してシティは、前線に3人を残した7人プラスGKの8人で攻撃を組み立てることになる。8対6の数的優位に立ち、しかも全員がどう動けばマークを外すことができ、どう動けばパスコースを作れるかを熟知し、お互いの動きを理解している。守備側の6人がこの8人によるビルドアップを食い止め、前線の3人にボールを届けられないようにするのは極めて困難です。ほとんど不可能に近い。そこで決定的な役割を果たしているのは、MF並みのテクニックと精度、そして的確な読みでボールを動かし、時にはパス1本でナポリの第1プレッシャーラインの背後にボールを送り込むGKエデルソンでした。CB、そしてGKという、ピッチ上で最もスペシャリスト度が高いポジションにすら、攻守両局面で機能することが要求される。それが現在のサッカーです」

「ポジション」と「機能」の分離

レジスタという言葉は現在、
『機能』と『ポジション』が混在して使われている


片野
「かつて『司令塔』と言われたのは背番号10をつけた攻撃的MFでした。プラティニやジーコ、マラドーナの時代です。それが90年代から00年代になると中盤でプレーするレジスタが『司令塔』になった。トップ下としてキャリアをスタートし、アンカーのポジションで世界最高のレジスタに登り詰めたピルロはその象徴と言えるでしょう。それが今はさらに後退して、レナートが言うようにCB、そしてGKが『司令塔』の機能を担う時代に入りつつある」


バルディ
「シティのようなゲームモデルを採用するチームにとっては、すでにそうなっています。レジスタという言葉は現在、攻撃を組み立てる演出家という『機能』を指すためにも、また中盤の中央で攻撃を組み立てる役割を担う『ポジション』を指すためにも使われています。それは、以前はその2つが事実上一致していたからです。しかし現在は、レジスタの機能を担うのは必ずしもセントラルMFではなくなってきました。CBの場合もあればSBの場合も、時にはGKの場合すらある。後方から攻撃をビルドアップして敵陣でポゼッションを確立し、主導権を握って戦おうというチームにとっては、レジスタとして機能できる能力を備えたプレーヤーは、あらゆるポジションにおいて重要な存在となります。

 例えばナポリのCBクリバリとアルビオルがビルドアップにおいて果たしている仕事は、他のあらゆるチームで中盤のレジスタが果たしているそれに相当するレベルにあります。そのナポリと戦ったシティは、CB2人に加えて左SBに入ったデルフ、そしてGKのエデルソンまでがレジスタとして機能していた。ナポリの極めてよく組織されたハイプレスをかわして攻撃を組み立て、一方的に自陣に押し込めた最初の30分は圧巻でした」


片野
「この試合で[4-3-3]のアンカー、すなわち本来レジスタの機能を強く備えたMFが置かれるポジションでプレーしていたのは、シティがフェルナンジーニョ、そしてナポリもジョルジーニョではなくより守備的でフィジカル能力の高いディアワラでした。レジスタが入るべきポジションにそれほどレジスタ的ではないプレーヤーが入り、レジスタの機能はむしろ1列後ろのCBが、シティはさらにSBやGKまでが担っている。この2チームはビルドアップとポゼッションを軸に据えた攻撃のクオリティに関しては現在のヨーロッパで最高峰と言っていいと思いますが、そのどちらもがレジスタとして傑出した能力を備えたプレーヤーを中盤センターに置かず、レジスタの機能を1列後ろに、というよりは最終ラインも含めたチーム全体に分散しているというのは、非常に興味深い事実だと言えそうです」


バルディ
「後方からのビルドアップにおいては、最終ラインの2人あるいは3人からパスを引き出し、そのままワンタッチ、最大でもツータッチで後ろに戻すことで敵の第1プレッシャーラインを動かしてスペースを作り出し、最終ラインの誰かがいい形で前を向いて第1プレッシャーラインの背後にパスを送り込む、あるいは自らボールを持ち上がる状況を作り出すための壁パスのターゲットとしての機能が最も大きいと思います。

 第1プレッシャーラインの背後で前を向き、第2プレッシャーライン、すなわち敵中盤ラインの背後に縦パスを送り込む仕事(これが本来中盤のレジスタが果たしていた役割)は、必ずしもアンカーが担うわけではなく、むしろボールを持ち上がったCBや、敵MFのマークを外してフリーになりCBからのパスを引き出したインサイドMFが担うケースが多い。ナポリならハムシク、シティならデ・ブルイネダビド・シルバがそうです。

 そしていったん前線(敵2ライン間)にボールが入ったら、その背後でサポートのポジションに入り、攻撃が行き詰まった時には戻しのパスの受け皿になってサイドチェンジする。さっき出た話で言うと、グアルディオラは後方からのビルドアップで最終ラインに数的優位を作ろうとする時、アンカーを落とすのではなく一方のSBを絞らせるようになりました。これは、最終ラインの3人に、攻撃のビルドアップとネガティブトランジション時のカウンター対応の両方を一定以上のレベルで要求しているからでしょう」


片野
「それを今トリノも試しているというのがさっきの話でした」


バルディ
「実際うちの選手たちも、その方が守備に関しては安心できると言っています。ただ、それもチームがそれぞれのポジションにどんな選手を擁しているかによります。例えばグアルディオラにしても、バルセロナではブスケッツをピケとプジョルの間に落としていました。それは、彼が守備の局面でも信頼できるプレーヤーだったからです」


片野
「メカニズムありきではなくプレーヤーありき、ということですね。とはいえレジスタという機能にフォーカスすると、中盤から最終ラインへと『司令塔』の位置が後退してきており、中盤センターには前線に難易度の高い縦パスを送り込めるテクニカルなスペシャリストよりも、攻守両局面を高いレベルでこなせるオールラウンダーを起用するようになってきているという傾向はありますよね」

「時間」を奪われたMF

今や2ライン間(バイタルエリア)はもちろん
敵中盤ラインの手前ですらプレッシャーが大きい


バルディ
「今や2ライン間(バイタルエリア)はもちろん敵中盤ラインの手前ですらプレッシャーは大きく、時間とスペースは非常に限られています。ポゼッションでチーム全体をコンパクトなまま押し上げていくようなチームであればなおさらです。そこでは必然的に少ないタッチ数でシンプルにプレーしなければならない。パス1本で敵守備ラインを破るのではなく、シンプルなショートパスを何本か繋いで相手を動かすことで陣形を崩し、その背後にパスを通すギャップやスペースを作り出す。局面を一気に進める15m、20mの難しいパスを出す必要はないのです」


片野
「ナポリで言うと、ディアワラはまさにそのシンプルに繋ぐタイプですよね。長いパスはほとんど蹴らず、ワンタッチ、ツータッチのショートパスだけでリズム良くボールを動かしていく」


バルディ
「そのパスの精度は100%に近い。というのもシンプルで短い、難易度の低いパスだからです。ただ、それがミスなくできるのは、常に周囲の状況を把握し次に正しい体の向きを作ってパスを受けているからです。その意味では、テクニックよりもむしろ読みと状況判断の方が重要性が高い。それは攻撃の組み立てにおいてだけでなく、その過程でボールを失った直後に相手のカウンターを食い止める時にも当てはまります。

 攻撃だけでなく守備の局面においても大きな貢献を果たせるディアワラやフェルナンジーニョのようなプレーヤーをアンカーのポジションに置くもう1つの理由はそこにあります。スペースが小さくプレッシャーが大きいということは、ポゼッションの確立が難しくトランジションの頻度が高くなるということでもあります。どちらのチームも陣形が整っていないニュートラルでカオティックな状況が頻繁に起こる。それに対応できる守備力を備えたMFがいなければ、あっという間にカウンターを許してしまう」


片野
「その代わり、局面を前に進めるパスは1列前から下りてきてポゼッションに絡むハムシクやデ・ブルイネが担うというわけですね」


バルディ
「ええ。D.シルバやデ・ブルイネは、少し前ならばサイドに張ってフリーでパスを受け、そこから1対1の突破を仕掛けるために使われていました。しかし、彼らのようなタレントをそれだけのためにボールから遠いところに置いておくのはもったいない。むしろトラフィックの多い中央のゾーンやハーフスペースでより多くボールに触れる機会を作り、局面を前に進める質の高いプレーでチームに貢献してもらおうという狙いでしょう。トリノでもトップ下のリャイッチにそうした仕事を期待しています」


片野
「シティやナポリは3セントラルMFの中盤で、インサイドMFにはより攻撃的なMF、アンカーにはレジスタ機能だけでなく守備でも貢献できるオールラウンダーを置いているというのがここまでの話でした。[4-2-3-1]や[3-4-2-1]のように2セントラルMFの中盤を採用しているチームでも、その一角にレジスタを置かず守備力のあるオールラウンダーを2枚並べるケースが目に付きます。例えばチェルシーのバカヨコとカンテがそうです。こうした2セントラルMFの組み合わせとゲームモデルとの関係はどう説明すればいいでしょう?」


バルディ
「コンテのサッカーはシティやナポリと比べるとよりフィジカルでインテンシティが高いし、中央よりもサイドのチェーンを使ってボールを前に運び、ポゼッションを確立するよりも一気に攻め切ろうとする意識が強い。中盤にバカヨコ、カンテという攻守のバランスを保証できるアグレッシブでフィジカルなMFを並べることで、2列目のアザールやペドロの負担を軽減できるという側面があります。とりわけトランジション時には、中盤の2人が最も大きな仕事量を担っています」


片野
「では、チェルシーでレジスタの機能を担うのは誰でしょう?」


バルディ
アスピリクエタ、ダビド・ルイス、リュディガーという最終ラインの3人ですね。彼らから直接2ライン間にボールが送り込まれることも少なくない。バカヨコとカンテは、最終ラインにとってはビルドアップをサポートする壁パスのターゲットとして、前線にとっては前が詰まった時に戻してサイドを変えるための受け皿として機能しているという格好です。難易度の高いパスは必要ないし、重要なのはむしろ状況を的確に読み取って正しいポジションを取りシンプルにボールを動かすこと、そしてネガティブトランジション時に防波堤となることです。

 テクニックが一定レベル以上に達していれば、むしろこのポジションで違いを作り出すのは読みや判断の速さと正確さの方です。テクニックはそこそこでも、常に状況を素早く読み取り敵の先手を取って的確に動くプレーヤーの方が、高いテクニックを備えているけれど読みが遅く対応が後手に回るプレーヤーよりもずっと計算できますからね」


片野
「さらに言えば、4バックのチームの場合は外のレーンに位置するSBがレジスタの機能を担うケースもありますよね。例えばセントラルMFやインサイドMFがタイトにマークされていて中央に出しどころがない場合とか」


バルディ
「相手のシステムとの噛み合わせによって生じるケースが多いですね。例えば中盤をロンボ(ひし形)に組んだ[4-3-1-2]の相手に対しては、中盤センターが数的均衡あるいは数的不利に置かれる場合がほとんどであり、最終ラインからのパスをフリーで受けられるのはSBだけ、ということになります。そのSBが的確に状況を判断して局面を前に進めるパスを出せなければ、ビルドアップはそこで行き詰まってしまう。そう考えると、SBにもライン際を上下動するスピードと運動量、縦のドリブル突破力やクロスの技術だけでなく、正しいタイミングでシンプルなパスを繋ぐ技術と戦術センスをある一定のレベル以上で備えていることが求められてきます」


片野
「それだけレジスタの機能が分散してきているということですね」


バルディ
「かつて、システムが固定的でなおかつポジションごとにタスクが分業化されていた時代は、中盤センターに陣取るMFにレジスタの機能が集約されていました。今よりもプレーがずっとスローでインテンシティが低く、時間もスペースもたっぷり与えられていたので、その仕事に優れていればそれで良かった。しかし現代サッカーにおいてはどのポジションでプレーしていても、攻撃と守備の双方において組織の中で機能し貢献することが要求されます。特に、ピッチ中央のゾーンで攻守両局面に関与するセントラルMFは、オールラウンドな能力を備えていることが必須になりました。もちろんその中でも個性や特徴の違い、得手不得手や向き不向きはあります。それを目指すゲームモデルの中でどのように生かし引き出すか、そのためにどのポジションに起用してどういうタスクを課すかが重要なのです」


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Photos: Getty Images

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ボランチレジスタレナート・バルディ片野道郎

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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